第37話 社長
会議室の空気が張りつめる。
若手社員は、
まだ息が整っていなかった。
「社長、自分で来てます」
私は一瞬だけ目を閉じる。
最悪だった。
フェリクスの社長は、
現場へほとんど顔を出さない人間だ。
その人が直接来る。
つまり、
本気で降りるかどうかを決めに来た。
佐伯が低く聞く。
「今どこに」
「応接室です」
私はスマホを見る。
通話はまだ切れていなかった。
『面白くなってきたな』
上司の声。
私は無言で通話を切る。
今はそれどころじゃない。
「行きます」
バッグを掴む。
でも歩き出した瞬間、
佐伯が私の腕を軽く掴んだ。
「顔」
私は振り返る。
佐伯は少し眉を寄せていた。
「昔みたいになってます」
胸がざわつく。
私は何も返せなかった。
応接室の前まで来る。
中から低い声が聞こえていた。
怒鳴ってはいない。
でも逆に怖かった。
若手社員が緊張した顔でドアを開ける。
「失礼します」
部屋へ入った瞬間、
私は足を止めた。
フェリクス社長が座っていた。
白髪混じりの髪。
鋭い目。
そして、
昔と変わらない圧。
社長は私を見る。
数秒、
沈黙。
やがて低い声が落ちる。
「久しぶりですね」
私は頭を下げた。
「……ご無沙汰しています」
社長は笑わない。
机の上には、
SNSの画面を印刷した紙が並んでいた。
工事遅延。
撤退予想。
炎上寸前の記事。
「ずいぶん騒がれてますね」
社長が紙を指で叩く。
私は静かに答える。
「対応します」
すると社長がこちらを見る。
「対応?」
低い声。
「あなた方の情報管理でこうなったんでしょう」
部屋の空気が重くなる。
部長が慌てて口を開く。
「も、申し訳——」
「私はあなたに聞いてません」
社長は視線を外さない。
私は真正面から受け止める。
逃げたら終わる。
そう分かっていた。
社長がゆっくり背もたれに寄りかかる。
「正直に言います」
静かな声。
「私は、あなたを信用していません」
胸が少し痛む。
当然だった。
昔、
切ったのは私だ。
社長は続ける。
「あなたは会社を救った」
「でもその時、うちは沈んだ」
部屋が静かになる。
私は何も言い返せない。
すると社長は机の資料を閉じた。
「それでも常務は、あなたの案を推している」
私は少し驚く。
社長は小さく息を吐いた。
「だから聞きます」
その目がまっすぐ私を見る。
「今回は、本当に最後まで守る気がありますか」
私は息を止める。
簡単に「あります」と言える空気じゃなかった。
でも、
ここで逃げたら、
また同じになる。
私はゆっくり口を開いた。
「あります」
社長は黙ったまま聞いている。
私は続けた。
「今回は、“切る”前提で考えてません」
「残したまま立て直します」
数秒の沈黙。
その時だった。
社長のスマホが震える。
画面を見た瞬間、
社長の表情が変わった。
嫌な沈黙。
そして社長が低く呟く。
「……もう記事が出たか」
私は固まる。
社長はスマホを机へ置いた。
そこには、
ネットニュースの見出しが映っていた。
『大型商業施設、開業延期か』
そしてその下に、
もっと最悪の文字があった。
『過去に過労問題を起こした女性社員が再登板』




