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夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


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第34話 切らない理由

会議が終わったのは、


予定より一時間以上遅れてからだった。


参加者が疲れた顔で資料をまとめていく。


張っていた空気が、


少しずつほどけていくのが分かった。


私は椅子にもたれ、


ようやく息を吐く。


その時だった。


「珍しいですね」


佐伯が資料を閉じながら言う。


私は顔を上げた。


「何が」


「あなたが、あそこまで頭下げるの」


私は苦笑する。


昔の私は、


謝るくらいなら嫌われる方を選んでいた。


必要なら切る。


守るために捨てる。


それが仕事だと思っていた。


でも今回は違う。


「……同じこと、したくなかったから」


小さく呟く。


佐伯は何も言わない。


ただ、


少しだけ私を見る目が変わった。


その時、


会議室のドアがノックされた。


若い社員が顔を出す。


「すみません、フェリクスの常務が——」


言い終わる前に、


本人が入ってきた。


さっきまでとは違い、


今度は資料を抱えている。


付箋だらけだった。


ちゃんと読んだんだ。


私は少しだけ驚く。


常務は私の前まで来ると、


資料を机に置いた。


「確認したいことがあります」


低い声。


でも、


さっきより棘が少なかった。


常務はページを開く。


「この導線変更、本当に客流れ変わると思ってますか」


私は図面を見る。


そしてペンを取った。


「今の配置だと、人がここで止まるんです」


図面の中央を指でなぞる。


「だから奥の店舗まで流れない」


私は線を書き足した。


「でもイベントスペースを削って通路を広げれば、人が抜ける」


「フェリクスの新ブランドなら、この位置で目に入る」


会議室の隅で、


若手社員が小さく「なるほど……」と呟いた。


常務は黙ったまま図面を見ている。


私は続ける。


「前回は、守れませんでした」


ペンを置く。


「でも今回は、生き残らせたいと思ってます」


静かな沈黙。


空調の音だけが響く。


やがて常務が小さく息を吐いた。


「……本当に厄介ですね、あなたは」


私は眉を寄せる。


すると常務は少し笑った。


「切った相手に、また期待させる」


胸が少し痛む。


返事はできなかった。


常務は資料を閉じる。


そして帰る前に、


ふと足を止めた。


「そういえば」


私は顔を上げる。


常務は振り返らないまま言った。


「昔、あなたが倒れたあと」


心臓が止まりそうになる。


「社内で、ずっと噂になってましたよ」


会議室の空気が静かに止まる。


私は動けなかった。


常務の声だけが落ちる。


「“あの人を壊したのは誰だったのか”って」


ドアが閉まる。


誰もすぐには口を開けなかった。


私は指先が冷えていくのを感じる。


後ろで、


佐伯がゆっくり顔を上げた。


「……どういう意味ですか」


私は答えられなかった。

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