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夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


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第26話 昔の自分

会議室のドアを開けた瞬間、


空気が変わるのが分かった。


部長。


後輩たち。


そして佐伯。


全員の視線が、


一瞬こちらへ向く。


私は小さく息を飲み、


静かに席へ座った。


「では始めます」


部長が資料を開く。


でも空気は重かった。


今回の案件は、


もう普通の修正では済まない段階まで来ている。


誰もがそれを理解していた。


「先方の条件ですが……」


社員が説明を始める。


私は黙って聞いていた。


でも数分後、


違和感が生まれる。


説明と資料が噛み合っていない。


話がズレている。


私は視線を落とした。


——ダメだ。


このままだとまた崩れる。


昔と同じ感覚だった。


問題が、


勝手に見えてしまう。


「……違います」


気づけば口を開いていた。


会議室が静かになる。


私は資料を指で押さえる。


「先方が欲しいのは補償じゃない」


全員の視線が集まる。


私は続けた。


「“ちゃんと向き合う気があるか”を見てます」


部長が真剣な顔になる。


佐伯は何も言わず、


こちらを見ていた。


私は小さく息を吐く。


止まれなかった。


「今ここで条件だけ調整しても、多分意味ないです」


「また同じことになる」


後輩が緊張した顔でメモを取る。


私は説明しながら、


胸の奥が冷えていくのを感じていた。


戻ってる。


頭が、


昔みたいに回っていく。


空気を読む。


人の感情を読む。


会話の裏まで見えてしまう。


昔、


私はこの感覚で仕事をしていた。


そして最後には、


壊れた。


「……なら、どうすればいいと思いますか」


部長が低く聞く。


私は一瞬だけ黙った。


その時だった。


「もうやめといた方がいいですよ」


佐伯が静かに言った。


空気が止まる。


私は顔を上げる。


佐伯は椅子にもたれたまま、


真っ直ぐこちらを見ていた。


「その顔」


低い声。


「完全に昔に戻ってます」


胸が強く揺れる。


誰も意味が分からないまま、


会議室だけが静まり返る。


私は視線を逸らした。


「……違う」


小さく否定する。


でも佐伯は目を逸らさない。


「昔のあなたも、最初はそう言ってた」


私は言葉を失う。


昔。


誰より仕事ができた頃。


誰より先に異変に気づけた頃。


そして、


誰にも頼れなくなった頃。


「私は——」


言いかけた瞬間。


スマホが震えた。


画面を見る。


夫からだった。


『今日、帰り遅い?』


その一文を見た瞬間、


胸の奥が痛くなる。


私はしばらく返信できなかった。


すると隣で、


佐伯が小さく目を伏せる。


まるで、


全部分かっているみたいに。


私はスマホを握りしめたまま、


静かに息を止めた。


今の私は、


どこへ向かっているんだろう。

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