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夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


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第24話 戻れなくなる前に

夜。


リビングの灯りだけが静かに部屋を照らしていた。


夫はもう寝室へ行っている。


私は一人、


ソファに座ったまま動けなかった。


スマホの画面には、


会社の通知が並んでいる。


『先方への修正案、確認お願いします』


『明日の会議資料です』


『部長が相談したいそうです』


私は目を閉じる。


——まただ。


昔もこうだった。


気づけば仕事が頭から離れなくなる。


家に帰っても、


心だけ会社に残っている。


私はスマホを伏せた。


その時だった。


寝室のドアが少し開く。


夫が顔を出した。


「まだ寝ないの?」


私は無理に笑う。


「もう寝る」


でも夫はすぐには戻らなかった。


少し迷うように立ったまま、


静かに聞く。


「……最近、ちゃんと寝れてる?」


胸が小さく揺れる。


私は目を逸らした。


昔、


壊れる前の私は、


ほとんど眠れていなかった。


夫はそれを知らない。


でも今、


同じ空気を感じているのかもしれない。


「大丈夫だよ」


私は笑った。


でも夫は笑わない。


「大丈夫って言う時のお前、全然大丈夫じゃない」


空気が静かに止まる。


私は言葉を失った。


夫はゆっくりリビングへ入ってくる。


そして、


テーブルの上のスマホを見る。


画面には会社のメール。


次々届く通知。


夫は少し黙ってから、


静かに聞いた。


「……そこまでしないとダメ?」


私はすぐ答えられない。


本当は、


私じゃなくてもいい。


でも、


気づいてしまう。


問題点も、


間違いも、


崩れる流れも。


見えてしまうと、


放っておけない。


「少し手伝ってるだけ」


やっとそう言う。


すると夫は苦しそうに笑った。


「その言い方、前も聞いた」


胸が強く締めつけられる。


私は顔を上げる。


夫は怒っていなかった。


責めてもいない。


ただ、


怖がっていた。


「また無理するんじゃないかって」


小さな声だった。


私は何も言えない。


昔、


私は突然壊れた。


ある日急に会社へ行けなくなった。


食事もできなくなって、


眠れなくなって、


笑えなくなった。


その時、


一番近くで支えていたのは夫だった。


だからこの人だけは、


私が壊れる怖さを知っている。


「……もう大丈夫」


私は小さく言う。


でも、


自分でもその言葉を信じきれなかった。


夫はしばらく黙っていた。


やがて、


静かに言う。


「俺はさ」


私は顔を上げる。


夫は少しだけ笑った。


「別に、お前が仕事するの嫌じゃない」


その言葉に、


胸が揺れる。


「ただ」


夫の声が少しだけ掠れる。


「また、お前がいなくなる気がする」


その瞬間、


私は何も言えなくなった。


“いなくなる”。


それは、


家を出ていくって意味じゃない。


心が遠くなること。


仕事しか見えなくなること。


昔の私に戻ること。


夫はそれを、


ずっと怖がっていたんだ。

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