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夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


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第23話 気づかないふり

「今日、泣いた?」


夫のその一言に、


私は息を止めた。


リビングの灯りが、


やけに明るく感じる。


「……泣いてないよ」


私は靴を脱ぎながら、


できるだけ普通に答えた。


でも夫は何も言わない。


ただ静かに、


私を見ている。


昔からそうだった。


この人は、


私が隠したい時ほど気づく。


「ご飯、温める」


私は逃げるようにキッチンへ向かった。


冷蔵庫を開ける。


味噌汁を温める。


いつもの動き。


いつもの生活。


それなのに、


胸の奥だけが落ち着かない。


背後で椅子の音がした。


夫がキッチンまで来る。


「仕事、大変?」


私は少しだけ手を止めた。


「普通だよ」


また、


同じ言葉。


最近ずっと、


私はそればかり言っている。


夫は苦笑した。


「最近の“普通”って、全然普通じゃないよな」


胸が小さく揺れる。


私は振り返れない。


鍋の湯気を見つめたまま、


小さく言う。


「……そんなことない」


すると夫が静かに聞いた。


「前の会社の人?」


私は一瞬で動けなくなる。


空気が止まった。


夫は続ける。


「今日、電話出た時の声」


「なんか昔みたいだった」


私はゆっくり目を閉じる。


隠せていると思っていた。


でも、


少しずつ漏れている。


昔の自分が。


「……会った」


やっとそれだけ言う。


夫は黙って聞いていた。


責めない。


怒らない。


だから逆に苦しい。


「昔、一緒に働いてた人」


夫が小さく頷く。


私は続けようとして、


言葉が止まる。


どこまで話せばいいのか分からなかった。


昔、


どれだけ壊れていたのか。


どれだけ仕事しか見えていなかったのか。


夫は全部知らない。


私は知られたくなかった。


今の穏やかな生活まで、


壊れてしまいそうで。


「……また、仕事増えそう?」


静かな声。


私は答えられない。


本当はもう分かっていた。


会社が少しずつ、


私を必要としていること。


そして自分も、


そこから離れられなくなっていること。


沈黙が続く。


やがて夫が小さく笑った。


「別に反対してるわけじゃないよ」


私は顔を上げる。


夫は少し困ったように笑っていた。


「ただ」


そこで言葉が止まる。


私は待った。


すると夫は、


静かに言った。


「最近のお前、遠く感じる時ある」


胸が強く締めつけられる。


私は何も言えなかった。


夫はそれ以上何も言わず、


「先食べてる」


そう言ってリビングへ戻っていく。


私はその背中を見つめたまま、


動けなかった。


遠くなっているのは、


自分でも分かっていた。


家にいるのに、


頭のどこかでは仕事を考えている。


昔みたいに。


私はゆっくりスマホを見る。


会社の通知がまた増えていた。


その画面を見つめたまま、


私はしばらく動けなかった。

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