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夫に「ただの主婦」と言われた私、実は誰かの人生を変えていた  作者: すみれ


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第17話 会いたくなかった人


「……久しぶりですね」


低い声だった。


私は動けないまま、


目の前の男を見る。


変わっていない。


少し疲れた目も、


人を見透かすような視線も。


忘れたかったのに、


体は覚えていた。


「……どうしてここに」


やっとそれだけ言う。


男は小さく笑った。


「それ、こっちの台詞です」


私は視線を逸らす。


会いたくなかった。


この人だけは。


彼の名前は——佐伯。


昔、


同じプロジェクトで何度も衝突した相手。


そして、


私が会社を辞める直前まで、


一番近くで壊れていく私を見ていた人だった。


「戻ったんですね」


佐伯が静かに言う。


私はすぐに否定する。


「違う。ただのパート」


でも佐伯は少しも信じていない顔だった。


「あなたが“ただのパート”で終わるわけないでしょう」


胸の奥がざわつく。


私は言葉を失う。


昔もこの人は、


いつもこうだった。


私が隠したい部分まで見抜いてくる。


「……もう昔とは違うの」


私は低く言う。


「今は普通に暮らしたいだけ」


佐伯はしばらく黙っていた。


やがて、


静かに口を開く。


「普通、ね」


その言い方に、


少しだけ棘が混じる。


私は眉を寄せた。


すると佐伯は小さく息を吐いた。


「じゃあ、なんでまた仕事に戻ったんですか」


言葉が止まる。


私は答えられない。


本当は、


自分でも分からないから。


少しだけ働くつもりだった。


社会と繋がる程度に。


でも気づけば、


また昔みたいに、


問題を放っておけなくなっている。


「……別に」


私は誤魔化すように言う。


「家にずっといるのも暇だったから」


佐伯は苦笑した。


その顔を見た瞬間、


胸の奥が少し痛む。


昔も、


私が無理に笑う時、


この人だけは気づいていた。


「また壊れるつもりですか」


その一言で、


空気が止まる。


私は顔を上げる。


佐伯は真っ直ぐこちらを見ていた。


責める目じゃない。


でも、


逃がさない目だった。


私は小さく息を飲む。


昔、


私は止まれなかった。


期待されるたびに、


もっと頑張らなきゃと思った。


眠れなくなっても、


食べられなくなっても、


働き続けた。


そして最後には、


何も感じなくなった。


——あの頃。


毎日、


佐伯だけが言っていた。


「休め」


「もうやめろ」


「これ以上は危ない」


でも私は、


一度も止まらなかった。


「……もう、あんなふうにはならない」


私は目を逸らしたまま言う。


すると佐伯は静かに返した。


「もう、なり始めてますよ」


胸が強く揺れる。


私は反射的に否定しそうになる。


でも、


言葉が出なかった。


今日。


頼られた時、


少し嬉しかった。


必要とされた瞬間、


心が動いた。


その感覚が、


何より怖かった。


「……帰る」


私はそれだけ言って歩き出す。


佐伯は追いかけてこなかった。


ただ、


背中に静かな声が落ちる。


「今のあなた、多分もう止まれませんよ」


私は足を止められなかった。


そのまま駅へ向かう。


でも、


胸の奥だけがずっと騒いでいた。

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