いつもある敷金礼金不要の部屋
その日はイスに座っているとき、急な眠気が襲いかかってきて意識が途切れた。どのくらい寝ていたのかは覚えていないが、気が付いたらPCに届いていたメールだ。
内容は送信者が最近体験した奇妙な出来事なのだそうだ。
事故物件というモノがある、今は瑕疵物件などと呼ばれていたりもするが、とにかく何かあった物件のことだ。問題はそんな物件を避けたとして、それが安全と言い切れないことだ。
新居を探すときに不動産屋に綺麗な物件を頼んだ。事故物件のような事件が起きたとかそういうレベルではなく、部屋が清潔に保たれていて、日当たりが良く風通しがいい物件のことだ。
用件と多めの予算を言うと、担当が奥に引っ込んでいき、しばらくして一つの資料を持って帰ってきた。
もってきた物件内容は理想的なもので、更に築浅だ。これを見ない理由がないので、釣り物件でないことを期待してそこを内見させてくれと言った。後日、そこを見に行ったときのこと。
そのマンションの一室は非常に綺麗な物件だった。ベランダには日が差し込んでいて、壁は真っ白で汚れもない、フローリングには傷らしいモノも無いと、綺麗そのもののような物件だった。
即決出来るか尋ねると、出来ますと二つ返事が返ってきた。それから契約をしたのだが、そこで驚いたのは敷金がゼロだということだ。確かに大手ではそれを売りにしているところもあるが、普通の不動産屋であの好条件の物件に敷金無しと言うのはあり得ないと思った。
ただ、告知義務は無いので事故物件ではなかったのは確かだし、偶々好条件を引いたのだろうとホクホクで契約して引っ越しの準備を始めた。
一人暮らしの楽なところで、荷物を軽くまとめて段ボールに入れ、業者に持っていってもらう。自分は後からあの部屋に行くと荷物は運び込まれていた。
最後に過不足無いかチェックし、引っ越しは無事終わった。
ただ、問題は初日の晩から始まった。引越祝いにと友人を呼んだのだが、誰も来てくれなかったので仕方なく一人でビールを飲んでいた。そんな時、カタカタッと音がした。周りに何か倒れたものでもあるのかと思ったのだが何も無い。
おかしいなと思ったところで飲んでいた缶が空いたので、酔っているのかと思いそこで飲みは切り上げた。
それからベッドに入って寝たのだが、布団を変えたわけでもないのになんだか寝心地が悪い。場所が変ったせいだろうと思い我慢して寝たのだが、その晩金縛りに遭った。
真っ暗な部屋で顔も動かせず目だけをキョロキョロさせると、天井に何か靄のようなものが浮いていた。そこからは計り知れないような悪意を感じるのだが、指一つ動かせない。
困り果てていると、次第にその靄は下に落ちてきて、自分に覆い被さるようになったところで意識が落ちた。
目が覚めると朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。カーテンを開けると日の出が見えたのだが、普段なら綺麗だと思えるそんな光景に感動の一つもない。
それからその部屋で本を読んだり映画を見たり、スマホでゲームをやったりもしたのだが、中には名作と呼ばれているものも呼んだはずなのに、コメディから悲劇まで、どんな作品を見ても読んでも全く心が動かされなくなった。
そして毎日黒い靄が天井から自分に向けて降りてくる。次第に無感情に日々を過ごすようになっていった。料理にはうるさいはずだったのだが、ついには毎食開けてそのまま食べられる適当なもので済ませるようになった。
決定的だったのは職場の同僚が結婚式を開いたのだが、どうしても笑顔になれなかった。出席したのだが、作り笑いでさえ上手く浮かべられない。
それが部屋のせいではないかと思い、いよいよ引っ越すこととなった。不動産屋に連絡をすると次の物件を紹介され、そちらは普通に敷金礼金を払う物件だったが、そちらに引っ越すと普通に人の心のようなものが蘇ってきた。
するとあの物件に出てきた靄の異様さが恐ろしくなったのだが、事故物件ではなかったのかといろいろな手段で検索したり調べたりしたのだがそんな情報は出てこなかった。
ただ、たまにあの不動産屋の前を通ると、敷金礼金不要で常にあの部屋は目立つところに見えるようになっていた。たまに入居者はいるのか、見なくなることはあったが、それも長期間ではなく、長くても数ヶ月で掲示が復活していた。
あの物件は事故物件ではないのだろうが、だからといって何も無いってことはないんだなと一つの勉強代になったなと思わされた。
とまあそんな内容だった。その物件に物騒な情報は一切無かったが、ネットでもそこは空き物件になっているのが確認出来た。きっと何かはあるのだろうが、明かさなければならない事情ではないなら言わないのだろう。安いだけで選ぶと何が起きるか分からないなと思わされた。




