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怪談集「暗中」  作者: にとろ


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建物では何も起きていない

 そのメールに気が付いたのは送信からそこそこ経ってからだった。運が良いのか返信を求めるものではなかったので気が付いたときには一安心した。


 内容は何ともおかしな事が最近続いているというものだった。おおよそ以下のような内容だ。


 我ながらなかなか良い物件を見つけたと思っていた。当時は交際していた相手がいたので、女を連れ込んでも何も言われない物件であることは必須事項だった。


 その物件は鉄筋コンクリートで、見栄えもいい部屋だったのだが、よく残っていたなと不思議だった。


 ただ、契約するときに不動産屋に念のため瑕疵物件でないかは確かめておいた。別に住むだけなら瑕疵物件でも問題無いのだが、彼女を連れ込むのにそう言った心理的なハードルがあると関係に関わってしまう。そこで一応は説明だけでなく、ネットでその物件について調べた。


 そうして問題無い物件だろうと判断して契約をした。その時に敷金不要と言われたのは不思議だったが、引っ越してすぐにその理由を知ることになる。


 内見の時は小綺麗な部屋だったので問題無いと思っていたのだが、入居してから妙に部屋が湿っぽい。水漏れでもしているのかと不安になって一通り見たのだが異常は無い。


 ただ、引っ越してすぐにポツポツと壁紙にカビが生えてきた。そこまで目立つものではないのだが、気分の良いものではないし、彼女を連れ込んだときに雰囲気が壊れる。何より退去費用にクロスの張り替え代金を請求されてはかなわない。


 管理会社に連絡をして、水漏れがないか確かめてくれと言ったのだが、部屋番号を言ったときに『ああ、その部屋なら水漏れのチェックは厳しくしているので問題無いです。退去費用は請求しませんので安心してください』と言われた。


 流石にこれはおかしいと思い始めたのだが、決定的なことがあったわけではない。我慢して住んでいたのだが、当時の彼女を呼んだときに部屋に入ると体調を崩して帰ると言われてしまった。その時に『この部屋……早く出て行った方が良いよ』と言われたのは困ってしまった。


 どうしたものかと思っていたのだが、破格の条件だっただけに引っ越したくはない。困ったなと思いながら暮らしていたのだが、寒くなってきた日、洗面台でお湯を使って顔を洗っていた。


 洗顔料を落として顔を拭き、前の鏡を見るとこの物件を出る決心が付いた。鏡には曇りの上から指で書いたように『デテイッテ』と跡が残っていた。


 これはどう考えてもおかしいと思い不動産屋を問い詰めたのだが、向こうも何度も同じ話をしていたのだろう、そこは事故物件では無いと言うことと、事件が起きたことは無いと言われたのだが、何か思うところはあるのか、予算が多少あるなら他の物件も紹介出来ますよと言われた。


 悩んだ末に他の物件に引っ越した。安アパートだったがあの部屋より掃き分よく過ごせた、ただ、退去の時に立ち会ってもらったのだが各所にカビが生えてジメジメしていることには一切何も触れられなかった。


 あの部屋に何があったのかは分からないが、彼女が『良かった、引っ越さないなら別れようかと思ってたの』と言われたので引っ越して正解だと思った。


 最後に何も起きていない部屋なのにおかしな現象が起きることはあるんですねと書かれていた。


 返信を求められてはいなかったのだが、気になってメールに記載されていた具体的な建物を調べると、どうやらバブル期に墓地を潰してその上に建てられた建物だと判明した。マンションで何かがあったわけではないので告知義務など無いが、建てられた時代のことを考えるときちんとお墓から仏さんを移動させたとは思えない。


 ただ、もう引っ越してしまった彼を不用意に心配させるだけになるので、メールの返信はしていない。

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