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怪談集「暗中」  作者: にとろ


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剥がさないでください

 その日は昼飯を食べていたときのことだ。スマホに通知が届いた。見ればタイトルが最近起きた奇妙な出来事についてだった。一応確認しておこうとその晩読むことにしたが、難しい内容だった。


 俺は都会に出てきて驚いたのが、驚くほど人が多いのに、近所付き合いが希薄なことだった。始めは都会の人間は冷たいんだと思っていたのだが、町を通っていれば普通に挨拶をしている人もいる。


 色々経験した結果、自分だけがやたら冷遇されているようだと気づいた。いや、正確に言うと今住んでいるアパートの住人が冷遇されているようだった。


 ただ、不動産を借りるときに告知もされなかったし、一つの部屋だけならともかく、建物全体が忌み嫌われているのはなんだか意味が分からない。


 なかなかに生活がしんどかったのだが、ここでは町内会への勧誘がなかった。ゴミは普通に捨てていたのだが、ゴミ置き場の当番に頼まれたこともなかった。一回少し遅めにゴミ出しをしたとき、同じころにゴミ捨てに来ていた方がこちらを見るなりギョッとしてゴミを放り投げて去って行った。


 ここまであのアパートが嫌われているのは何故なのかと思いながらそこに帰って行った。


 何も特別なことは無い普通のアパートのはずなのだが、どうしてこんな目に遭わなければならないのかと思い部屋を探してみた。きっと何か原因になるようなものがあるはずだと当たりを付けて探っていった。


 するとキッチンのシンクの下、そこに一枚のお札が貼られているのを見つけた。普段開けない場所だったから気にしていなかったのだが、そんなものを見つけてしまったのでとりあえず剥がしてゴミに捨ててしまった。


 その結果、ゴミは処分されたのか普通に回収されていった。これで平和になるだろうと思いながら安心して生活していたのだが、ある日、キッチンの掃除をしようとシンクの下を開けたのだが、その時にギョッとした。新しいお札が貼られているのだ。


 いや、問題はお札が貼られていることよりも、その横におそらく油性ペンか何かで『剥がさないでください』と直書きされていたことだ。


 誰がこれを書いたのかは分からない。だが、この部屋に入る権利を持った人間が、わざわざ物件の価値が下がるのを覚悟の上でこんな事を書いたのだと思うと怖くなる。


 そっとそこを閉め、洗剤は全て取り出してしまいそこにものをしまうことをやめた。それ以来異常は起きていないのだが、どうにも気味が悪くて仕方ない。


 ただ、このアパートは東京にしては破格の安さで借りられたので出ていく気にはなれなかった。


 こんな事があったのだが出て行った方が良いのか?


 最後にそう書かれていた。しばし悩んでから文面に異常な部分が感じられなかったことと、実は本文に書かれていた家賃が相場と遠くかけ離れていたことから『あなたが問題無いと感じられているなら良いのではないでしょうか』と返信しておいた。


 返信は来なかったが、返事がないのは良い便りとも言うし、東京で大きなニュースになる事件も報道されなかったので問題無いのだろうと思っている。彼の住んでいるアパートで何が起きたかは調べようが無かった。

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