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怪談集「暗中」  作者: にとろ


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その家に来ない両親は……

 何かと新しいガジェットが発売されるPC界隈だが、その時は新しいキーボードを待っていた。そこそこお高いヤツで、結構なスペックをしたモノだったのでしばらくかかるだろうと思っていた。そんなキーボードがようやく玄関チャイムに出たときに受け取れた。


 なんの偶然だろうか、まるでそのキーボードで記録して欲しいかのように箱を受け取ってPCに繋いでいる間にメールが届く音がした。


 開いてみると都市部に住んでいるのだが、移住を考えている人からのメールだった。


 どうにも私が住んでいる家はおかしいと思う。借家に住み始めてからそこそこ安く借りられたと思った家が何かおかしくて仕方ない。


 怪談があればしょっちゅう家族の誰かが転げ落ちるし、真っ平らなフローリングの床で躓いてころぶ事も珍しくない。ころんでから足下を見ても出っ張りも引っかかりも見あたらない。


 おかしいなと思いながら生活を続けるのだが、買っていた缶ビールから炭酸が抜けていたり、未開封のミネラルウォーターが濁ったりする。


 生活には何とか不自由しないのだが、このままでは誰かが致命的な怪我や病気をするのではと不安になる。そこで実家に引っ込むことを提案したのだが、露骨に妻が嫌がった。気持ちは分かるのだが娘が怪我をしたら手遅れだぞと言う言葉が喉から出かかった。


 それを飲み込んで怪談に強力なテープで手すりを貼り付け、廊下は慎重に歩くように貼り紙までした。多少は退去の齋に文句を言われても仕方ないと思うのだが、背に腹はかえられないということで、穴を開けない程度に色々と取り付けた。


 しかしそれでも転ぶときは転んでいた。何故かその時に限って手すりを掴まないのだ。手すりを掴まないときに限って運悪くころんでしまう。


 時には電話が鳴ってきたので急いで駆け足で取りに行ったときにころぶこともある。


 相変わらず気の抜けたビールを飲む羽目になることもあるし、水を飲もうと思ったら妙な臭いがしたことも一度や二度では無い。


 この家はおかしい、何度もそう思ったのだがどうしても妻がここに住み続けるのだという。困り果てたまま年末になったのだが、その時に現金書留が届いた。それは実家からのもので、娘へのお年玉ということだった。


 それの封を開けると娘宛てに万札が数枚入っていたのだが、一緒に一枚のお札もは行っていた。それと一緒に、『これを北の方に貼りなさい』と書かれていた。


 妻に見つかると面倒だと思い、娘にお年玉で買物をさせてあげるように頼んで家から出てもらった後、北の方の部屋の、カラーボックスの裏、そこにこっそりとお札を貼り付けた。


 年始に両親は来なかったものの、それからピタリと怪我をしなくなった。怪談は必ず手すりを持って降りるし、タイミング悪く電話がかかってくることもないのだそうだ。


 毎日の晩酌が美味しくなったし、水に苦労することもなくなった。


 ただ、今も両親は孫に会わせろと一度も言ってこない。妻の手前それに文句を言ったことはないが、来ないのかと社交辞令で聞くと『そんなとこ行けるわけないわあ』とやや震えた声で言われるのが気になっている。


 そんな内容が書かれていた。これはきっと新しいキーボドが来たときに狙ったように届いたので記録に残しておくことにした。

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