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君の瞳に恋してない  作者: バカノ餅
第五章『群青日和』
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わたし何処へやら(1)

「……っ!?」


 目を覚ますとそこは牢獄の中だった。

 冷え切ったコンクリートの壁。

 周辺にあるのは2段ベッドと、トイレと、小さな机。

 今にも切れてしまいそうな明るくない天井の照明。


 部屋の中は変に綺麗だった。


 汚れも、ヒビも、異臭も、欠損も、何もない。

 まるで、今日造られたばかりかのようだ。


 ボクはさっきまで、外の様子を見ていたはずだ。

 スバル達の戦いを…… 

 でも、次の瞬間には、この部屋の隅にいた。


 先には固く閉じられた黒い鉄の扉。

 大人の目線に合わせた小さな窓があって、それは鏡のように部屋を映している。

 きっと、マジックミラーのようなものだろう。


 さらに扉の中央辺りには、子犬が通り抜けられる窓もあった。こっちから開くことはできないようだ。

 

 ……誰もいない。


「ここは……?」

 

 立ち上がって、冷たい扉に触れる。

 耳を澄ますが、外の音は何も聞こえない。


 ……寒い。


 この部屋には、暖房のようなものがない。

 換気扇はあるが、逆にそこから冷気が漏れている気がする。


「あのー! 誰かー! 誰かいますかー!」


 扉の前で声を張り上げる。

 しばらく待つも、帰ってくるのは静寂だけだった。


「……っ。」


 寒さが心を蝕む。

 ギュッと胸を押さえる。


 スバル……お姉ちゃん……奏ちゃん……ルナちゃん……


 不安を払うように、踵を返す。

 一度どうしてこうなったのか考えてみる。


「えっ……」


 でも……そんなことを考えるなんてできなくなってしまった。


 ボクが目覚めた場所。

 部屋の角。


 そこに……男の子が座っていた。


「ゆ、ゆっ……ゆゆ、ゆうっ……れい……?」


 ヒヤリと背筋が凍って、後退りしてしまう。

 やがて、背中が扉にくっついてしまった。


 ふと、扉にある小さなマジックミラーの窓を一瞥する。

 

 ボクは驚愕した。


「ボク……写って……ない?」


 身体ごとミラーに向けて、なんとか写ろうと試行錯誤する。手を振ったり、ミラーを擦ったり。


 でも、ミラーが反射するのは、この冷たい空間と……


 ──男の子だけ。


「……ボクが……幽霊ってこと……?」


 手は透けていないし、感覚もある。

 地面は足に付いてるし、呼吸だってしている。


 ……深呼吸をする。

 

 男の子は俯いていた。

 黒髪で黒い瞳。痩せ細った身体を見ると胸が痛くなる。

 ……ボクはこの子を知っている。

 見たことがある。


 きっとこの子は、藍(あおい)。


 ボク達を襲撃してきたあの男の子だ。


〈正解。……まあ、正確に言うと、藍って名付けられる前の藍だけどね。〉


 突然、声が聞こえた。

 脳内からとか、後ろからとかじゃない。

 この部屋全ての壁から声が発せられてるような。

 そんな不思議な感覚。

 

「ミズさん!?」


 辺りを見回すが誰もいない。

 再び、男の子……『藍(あおい)くん』を見つめる。


「……一体、どういう……?」


〈これは、藍の記憶。〉


「っ!?」


 横から声が聞こえた。

 壁全体からでなく、本当にそこにいる声。


 視線をそこへ向けると、藍色のモヤがベッドの上に座っていた。

 足を閉じて、手を太ももの上に置いている。

 とても清楚かつ上品だった。


「ミズさん……?」


 ミズさんは何も言わず微笑んで、トントン、と右隣に座るようボクに促した。


「し、失礼します……」


 ミズさんは何も言わなくなった。

 気まずい空気が漂っている。


「あの……!」


 我慢できずミズさんに疑問を投げかけようと目を見るが……

 ミズさんは、ボクよりも彼を見ていた。

 多分、ずっとだ。

 温もりを感じる瞳だった。


「……あの…?」


〈ごめんね。〉


 ミズさんはそう言った。

 誰に向けてかは、判断がつかない。

 でも、きっと……


 ─ブー


 突然、扉から短いブザー音が鳴った。

 続けてガタンと大きな音を立てた後、扉がスライドして開いていった。


 影が伸びていた。

 それは2人。

 

「入れ。」


 ペタペタと、音を立てて、影が伸びていく。

 扉から現れたのは、少し背の高い痩せ細った女性の人だった。

 彼と違って、両腕に通された腕輪があり、腕輪同士くっついている。


 女性の人は急かされるようにして部屋に入っていく。


 その最中、チラリと扉から銃口が見えた。

 ピストルじゃない。アサルトライフルだ。

 きっと、武装した大人によって、彼女はここへ連れてこられたのだろう。


 やがて扉が閉まり、ガタンとまた大きな音を立てた。


 誰も何も喋らない。

 女性の人は黒く長い髪をしていて、最低限、整えられているようだった。

 彼と同じように、真っ白の入院着を着ていた。


 ─ガクッ


 しばらくすると、女性の人が膝から崩れ落ちた。

 反射的にボクはその人の元へ駆け寄る。


「大丈夫ですか!」


 心に従うまま、肩に触れて、語りかけようとするが……


「え……?」

 

 すり抜けてしまった。


 ボクの手が女性の人の肩に埋まっている。

 感覚はないし、女性の人の反応もない。


〈言ったでしょ? これは記憶。私達じゃ、干渉できない世界なの。〉


 放心状態だったボクにミズさんは語りかけてくれた。

 振り向いて、ミズさんを見つめる。


 ミズさんは哀しそうに笑っていた。


 ぴたりと、雫が地面に弾けた音が響く。

 それは、何度も何度も静かに響いた。

 気になって女性の人へと視線を変える。


「っ……」


 ──泣いていた。


 表情を変えずに、薄い黒の瞳から涙が溢れていく。

 言葉をかけたいが……きっと、届かない。

 そんなのは分かっている。


 でも……


「そ、その……! きっ──」

「なんで……ないてるの?」


 ボクの言葉はかき消された。

 弱々しく今にも崩れそうな男の子の声に。


「…………っ。」


 女性の人は顔を上げた。

 動かなかった口元が、きゅっと歪む。


 彼も顔を上げていた。

 不思議そうに、女性の人を見ている。


「なんで……? ないても……いみないじゃん……」

「…………」


 女性の人はさらに涙を流す。

 彼の不思議そうな顔はやがて困惑へと変化した。


「……なかないでよ…………」


「…………!」


 女性の人の、瞳が大きく広がった。

 口元はさらに歪んでいく。


「おねがいだから……なかないでよ…………」


 彼は今にも泣きそうだった。

 確かにその声は震えていた。


「……っ……っ……」


 女性の人は何度も何度も頷いていた。

 胸を両手で押さえて、丸まっていた。


 もらった言葉を逃がしてしまわないように、ぎゅっと固く手を握って。


 ──手錠は解除されていた。

 

〈ねぇ、神美ちゃん。お願いがあるの。〉


 下がって佇んでいるボクにミズさんは言った。

 依然として、ベッドに座っているミズさんに視線を向ける。


〈わけも分からない世界に呼んでおいて、こんな図々しいお願い聞いてくれるなんて思ってないけどさ……〉


 ミズさんと目が合う。


〈藍を助けて欲しい。〉


 ミズさんはとても真剣にボクを見ていた。

 胸を押さえて、手を固く握って。


 ……まるで、彼女のように。


 ボクは気づく。

 あの女性の人が……ミズさんなんだって。



 ###



「っ!」


 瞬きをした瞬間、ボクは椅子に座っていた。

 机を挟んだ先には、ミズさんがいた。

 同じく椅子に座っている。

 向かい側にあるベッドを見て。


「……」

「……」


 ベッドには彼と女性の人……『昔のミズさん』が座っていた。

 足のつかない彼と、足をつけて上品かつ清楚に座る彼女。

 お互いに目を合わせようとせず、自分の足元を見ている。


「ねえ。」


 沈黙を破ったのは、彼だった。


「……!」


 彼女は、静かに驚いた顔をして、彼を見つめた。

 あの時のように、彼は、不思議そうに彼女を見つめている。


「なんで……ここにきたの……?」

「…………」


 彼女はぎゅっとベッドのシーツを握る。

 悔しそうに目線を落とす。


「…………わか…………らない………」


 溢すように彼女は答えた。

 声も見た目からして、当時の彼女はボクと同じぐらいの年だろう。

 いつからここにいたのか、どうしてここにいるのか。

 それは分からないけど、でも……一人の被害者なんだ。


 こんなの……誰だって不安になる。

 怖くなる。泣きたくなる。


「…………そっか。」


 彼はブラブラ足を揺らすのをやめて、膝を腕で覆った。体育座りをして身体を丸める。

 彼の指先は震えていた。


「寒い……の?」

「…………」


 ベッドの毛布は薄いように見える。

 それでもないよりかはマシと思ったのか、彼女は彼に毛布をかけた。


「……!」


 丁寧に、優しく、温かく。

 細い腕は、彼の頭を優しく撫でた。


「…………」

「……!」


 彼は目を見開くも、抵抗せず、ただ静かに視線を落とす。

 弱々しい力で、毛布の端を掴んだ。

 しばらくして、彼は何か思い出したかのように顔を上げた。


「さむい……でしょ?」


 彼は手を伸ばした。

 その手には、毛布の端があった。


「……っ…」


 彼女の瞳に微かな光が宿る。

 毛布の端を掴む。

 ぐっと、2人の距離が狭まっていく。

 冷たい身体同士が、温かさを求めるため……

 薄い一枚の毛布を2人で共有して。


「……お名前……なんて言うの……?」


 ぼそっと彼女は、そう言った。

 狭く静かな世界では十分に聞こえる。


「No.337……そっちは?」

「っ……」


 慣れたように番号を伝える彼を見て、彼女の呼吸が一瞬止まった。

 痛そうに、胸を押さえる。

 

 ……ボクも……そうだった。


「…………わたしは……」


 視線を落とし、自分の手のひらを見る。

 その手のひらは小刻みに震えていた。


「わたしは…………わたしの名前は……青峰香(あおみね かおり)……って……いうの。」


「…………かお…り。」


 ぎこちなく名前を伝えた香さん。

 それに、彼は瞳を大きくしていた。

 

 ……番号じゃない、と。


 きっと、それに驚いていたんだ。


「いい……なぁ。」

「っ!」


 ──笑った。


 暗く寂しそうだった男の子が、笑った。

 震えている。引きつっている。

 

 それでも十分だった。


 この空間には、十分過ぎるほどだった。


「お名前……つけてあげよっか……?」


「っ……! いい……の?」


「うん。」


 彼の瞳に光が宿る。


「えっと……じゃ、じゃあ、君の……お名前は──」


 ─ブー

 

 静かな世界に扉のブザー音が鳴った。

 続けてガタンと大きな音が立つ。

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