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君の瞳に恋してない  作者: バカノ餅
第五章『群青日和』
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戦略は皆無

「『私達の世界』……?」


 ボクはモヤに聞き返した。


 白い世界。

 ボクと目の前にいるモヤ以外、色はない。


 モヤの中に、うっすらと綺麗な女性の笑顔が見えた。


「そう、ここは、

 ──私(・)と(・)ア(・)オ(・)イ(・)の世界。」


「ア、アオイ……??」


 ……さらに解らなくなってしまった。

 ボクの精神世界的なものかと予想していたが、まったく知らない人物の名前を出されてしまったのだ。


「ふふふっ……藍(あい)って書いて、『あおい』っていうの。」


 モヤ……いや、女性の人が空中に文字を書いた。

 それはハッキリと浮かび上がる。


 藍(あい)色の煙が、『藍(あおい)』という名前を形成しながら浮いているのだ。


 藍(あおい)という人物について思考を巡らせる。

 その瞬間──


「あっち。」


 女性の人がボクに振り返るよう促した。

 ボクから視線を外して、後ろにいる何かを見つめている。


 その目から優しい温もりを感じた。


 ボクはその視線の先を辿ってみる。

 女性の人が立っている海とは真反対の方向。

 真っ白な砂浜だった。


 そこにぽつんと、小さな男の子が座っていた。


 膝を抱いて、俯いている。

 色があった。それは、黒い髪の毛。


「え、あの子……」

 

 一目見て判った。


 ──あの男の子だ。


 ボクを襲い、気絶させた、青い瞳の男の子。

 大人のように落ち着いていて、余裕の表情を崩さなかったあの男の子。


 でも……様子がおかしい。


 じっと地面を見つめる瞳は、どこか儚く、悲しそうだ。髪の色だって瞳の色だって違う。

 ボクの知っている男の子……じゃないのだろうか?

 

「……あの子が藍(あおい)。ここは、あの子の心の中なの。」


 言葉が、波の音に混ざっていく。

 その波を受けて、ボクは少し疑問に思った。

 ボクは後ろにいる女性の人へ視線を変える。


「その、貴方って……」


 しばらくして、女性の人が首を振った。


「私は、そんな大したものじゃないよ。」


 女性の人は答える。

 そして、申し訳なさそうに笑った。


「じゃあ……なんて呼べば……?」


「うーん、そうだね……今は、ミズって呼んでくれると嬉しいな。」


 ミズさんは、手を後ろに組んで優しく微笑んだ。

 纏っている水の勢いは弱まり、より一層、モヤから人の輪郭が見えてくる。


「私、知ってるよ。」


 白い海の上。

 藍色が一歩、一歩と、海を染め上げてボクに近づく。

 足跡は波に飲まれ白に還っていく。


「『知ってる』って……?」


「外(・)の(・)状(・)況(・)。」


 やがて藍色はボクを横切る。

 ボクより背が高いミズさんの目線はじっと前方を……藍(あおい)という男の子を……見つめていた。


「っ!」


 ──『外の状況』。

 その言葉によって、ボクの脳裏にみんなが映った。

 ……そうだ。ここは精神世界であって、解決も何もしていない。


 ボクは今どうなっているんだろう?

 みんなは今何をしているんだろう?


 重い疑問がボクの胸にぶら下がる。


「知りたい?」


 俯くボクに、ミズさんは語りかけてくれた。

 

「……っ…はい。」


「ふふ、こっち。」




 △△△




「はぁ…はぁ…はぁ……!」

「………ちっ。」


 小さな人狼を睨む、"復讐の鬼"と"銀色の弾丸"。

 お互い一定の距離を保ち、探り合っていた。


 水の柱を背に、スバルとルナは呼吸を整え背中を合わせる。

 豪雨は弱まることなく、残酷に身体を突き刺す。


「アハハ! すごく手ごわいね、おにいさん達。」

 

 小さな人狼は無邪気な笑顔を見せた。


「……ヘヘッ、クソガキが……殺意抑えきれてねぇぞ。」

「そっか。じゃあ、僕もまだまだってことかな?」


 人狼の両手が地面に着く。

 水溜りに手のひらを乗せ、支配する。


「ルナ、卯月のこと頼めるか?」

「ああ。」


 ルナは振り向き、水の柱を見上げた。

 スバルはじっと人狼を睨む。


 そうして、ルナが跳び上がろうとその場に屈んだ、


 ──その瞬間。


「くっ!」


 ─シュッ!


「なっ、ルナ!」


 水の柱から蟀谷めがけて一本の棘が突き出た。

 間一髪でルナは避けるが、頬に小さな痛みが走る。


「モンダイない! あの青いのを頼む!」


「……ああ!」


 スバルはルナから意識を逸らさせようと、小さな人狼に近接戦を仕掛けた。

 

 一方ルナは、くるりと横に回転し、街灯を背にする。

 溜め込むことをせず、即座に跳び上がったルナ。

 それを追うように、柱の下から上へと順番に無数の棘が伸びていった。

 ルナは卯月が拘束されている高さまで到達する。

 卯月を縛る水の鎖に右手を伸ばす。

 鎖を掴み、左手の爪で切ろうとした瞬間、ルナは棘が足のすぐまで接近していることに気づいた。

 

 1秒にも満たない時間で、ソレはルナの爪先を突き刺す。


 スバルの攻撃を避ける小さな人狼。

 彼の口が一瞬、釣り上がる。


 ──それはルナも同じだった。


 ぐっと鎖を下げるように力を加えたルナ。

 それによって、身体がさらに上へと上昇していく。

 棘と足の距離が離れていく。

 

 バツ印を作るように交差している水の鎖。

 ルナは鎖を手放し、両手の爪を構え……


 ─シャッ!

 

 卯月を傷つけないように、水を切り裂いた。

 切り離された鎖は水に変化する。

 ルナは成功の喜びと同時に拍子抜けした。

 そこまで固くないのだ。


 しかし……

 

(……っ……サイセイが早い。)

 

 棘が生えていない柱の面を蹴り、距離を取るルナ。

 一度、体勢を整えそのまま着地しようとする。


 刹那。


 それを待ち望んでいたかのように、地面から大きな棘がルナの胴体めがけ生えてきた。

 完全無防備なルナ。

 ルナの額から水滴が浮かび上がる。


 握る拳。落ち着いた呼吸。


 浮遊感に身を任せて棘を睨むルナに……

 

「よっと!」

「っ!」


 スバルは横槍を入れた。

 直撃するギリギリの瞬間、スバルがルナを横から救出したのだ。


 着地し、水しぶきを上げるスバル。


「大丈夫か?」

「あ……す、すまん。」


 ルナを腕から下ろして、スバルは前を見た。

 自分の手のひらを見つめるルナ。


「ルナ、どうだった?」


 スバルの言葉によってルナは顔を上げた。


「……クサリは柔らかいが、サイセイが早い。そして、水の柱がコンナンだ。あの棘はハンソクだ。最初は行けたが2度目はアヤシイな。」


「へぇ?」


 隣に立つスバルは、ルナの顔を一瞥したあと頬を緩めた。

 ルナはそれを疑問に思う。


「なぜだ。」

「ヘヘッ、楽しそうだなって。」

「……っ!」


 再び、ルナは手のひら見た。

 震える爪の伸びた指。

 その手のひらには熱があった。


 ぐっと逃がさないように握りしめる。

 

「ふふ……」


 ニヤリと笑うルナ。

 その銀色の瞳には熱が宿っていた。


「いつか見ていた映画の中みたいだからな。」


「ヘヘッ、それはアツいな。」


 小さな人狼は再び地面に手を付けた。

 瞬間、地面の水たまりが、一気に硬直する。


「なあ、ルナ。その映画の結末はどうだった?」


「もちろん、ハッピーエンドだ。」

 


 ──スバルとルナは別々の方向に駆け出す。

 


 スバルは右、ルナは左。

 それに対するように、人狼は……

 

「おいおい……!」「っ……」


 辺りの水溜りを持(・)ち(・)上(・)げ(・)た(・)。


 スバルとルナの頭上は、水の網に覆われた。

 リンパ管とリンパ節のように、細い水の線とそれを繋ぐ、丸い大きな水の塊が所々にある。

 

 網はこの新宿三丁目交差点全体を覆っていた。


 小さな人狼は左手を高く空に向け、手のひら全面から太い水の柱を網へと伸ばしていた。


(糸から……変わった……?)


 スバルは観察する。

 以前から、知世と同じように、スバルは指先から伸びている謎の糸に違和感を持っていた。


「ねぇ、おにいさん達。これ、避けられる?」


 青い瞳が光った。

 大胆不敵に笑う人狼。


 ゾッと2組の体温が下がった。


「まさかっ!」

「マズイ、来るぞスバル!」


 2組が感じ取った、無数の脅威。

 ルナの声と同時に、ソレは降(・)っ(・)て(・)き(・)た(・)。


「アハハハハ!!」


 小さな人狼の笑い声と共に響き渡る、棘(・)の(・)雨(・)音(・)。

 スバルとルナの頭上から降ってくるその棘たちは無差別に、地面を突き刺していく。


 紙一重で避け、砕き、捌いていく2組。


 人狼に接近しようとする2組だが、接近すればするほど雨(・)足(・)は強くなる一方。

 無理に手を出そうとすることは自殺行為にも等しかった。


 棘が刺さっては、留まることなく水になり、また新しい棘が降ってくる。

 

 丸く大きな水の塊を使って棘を生成しているようだった。

 

 普段であれば水の塊がどんどん小さくなり、やがて消えてしまうはずだが、無限とも感じられる量の水が空から供給されてしまうせいで、終わりという終わりが見えない絶望的な状況が形成されてしまったのだ。


「うっ……」「くっ……」


 完璧に避けられるはずもなく、被弾してしまう2組。


 致命傷ではなく、肩をかすめる程度の傷。

 しかし、それは限界が近いことを表していた。


 やがて2組は同時に足を止めてしまった。

 膝をつき、腕と太ももの出血を抑える。


 その様子を見た人狼は棘の放出を止める。


「すごいね。ここまで生き残れた人達、初めて見たよ。」


「そりゃあ……どうも……」

「……あまり……喜べないがな。」


 小さな人狼は歩むこともせず、ただ遠くで、膝をついている2組を見下していた。


「それじゃ、これが最後だよ。バイバイ。」


 ニコッと人狼は笑った。

 それは別れを告げる様に。


 2組は気づく。


 頭上の水の網に小さな棘が無数に生えていることを。

 ソレが徐々に高度を下げていることを。

 ソレは左手と連動していることを。

 高度を下げると共に、腕も下げていることを。


 そうして、人狼は左手を…………



 ─ダンッ!!



「……え?」


 スバルとルナに、雨が降り注いだ。

 雲からではなく、中途半端な高度からの雨。

 

「ただの……水……?」


 スバルは呟く。

 棘つきの網として降ってくるソレは、ただの液体へと姿を変えた。


 突然の事で2組は困惑していた。


「一体なにが……」


 それは……人狼にだって同じことであった。


「──簡単だよ。」


「「っ!?」」


 聞き覚えのある声。

 それは、近くの建物からだった。


「そこかっ!」


 水の鋭い棘が、その建物に突き刺さる。

 人狼はニヤリと笑う。


「アンタの繋(・)が(・)り(・)を絶っただけ。」


 しかし、声が止むことはなく。

 それは真反対の建物から聞こえてきた。


「チッ……」


「繋がり……?」「…………む??? なんのことだ。」


 四方八方から順番に聞こえる声。

 豪雨にも関わらず聞こえてくる声。

 それは、知世の声だった。


「……っ……どこにいる!」


 少年は声を荒げる。辺りを見渡す。

 建物を無差別に攻撃する。

 

「一体どうやって!!」


「それも簡単だよ。」

 


 ─ダンッ!!



 その瞬間、青に包まれた冷たい世界に……


 『赤』が飛び散った。

 それは人狼の右太ももから流れていく。


 水溜りと混ざる血液。

 人狼は膝をついた。

 俯く人狼。自分の顔が映る赤い水溜り。

 それは、顔だけではなく、一筋の光を反射していた。


「はぁ……はぁ……っ……ああ、ハハハ……」


 人狼の後方。ビルの屋上。

 彼は確信した。

 

「狙撃……か。」


 屋上に立つ、知世と公安達を確認して。


「ふふっ……せいか〜い。」

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