犯罪組織『────』
「な、なあ、知世くん…落ち着いてくれないか?」
「ガルルルルルルル!!!」
「……」
ボク達は今、お義父さんの車に乗っています。
紫から情報を聞き出すとともに、ボクたち姉妹についての話もするとのことです。
スバルと奏ちゃんはというと、病院でぐっすり寝ています。
え、ボクはって?
ボクは……
「えーっと…その…お義父さん。お姉ちゃん、こうなるとしばらくは──」
「ガルルルルルルルルル!!!」
「……」
板挟みにされています。
後部座席。3人が座れるスペース。
そこにボク達は座っていた。
助手席は空いているというのに、なぜ3人(ボク、お姉ちゃん、紫ちゃん)座っているのか。
***
「アタシは卯月と一緒がいい!アンタは助手席でひとり孤独に外でも眺めてなっ!べ〜」
「やだ。」
「じゃあ、ボクが前に──」
「「やだ!!」」
***
「はぁ……」
押し潰されそうで苦しいです……
「あーっ!アンタのせいで卯月ため息ついちゃったじゃん!」
「うるさいからでしょ。」
「なにをーっ!?」
「うーるーさーいーーー!!!」
─ビクッ
ボクの声が車の中に響き渡る。
2人は一瞬にして口を閉じた。
お義父さんは突然の大声でもビクともせず運転を続けていた。バックミラー越しに、こうなると分かっていたかのような顔をしている。
そして……
「2人とも、少しは仲良くしてよ。それが無理なら人様に迷惑かけないようにケンカして!」
「神美 二日に言って。」
「その名前で呼ぶなってのっ!アタシは、あ・さ・ひ・ち・せ!」
「お姉ちゃん!」
「はい……」
お姉ちゃんのシナシナと力が抜けて、しょぼんと俯く。
「フッ。」
「紫ちゃん!」
─ビクッ
なんで私が? と、瞳を大きく開く紫ちゃん。
「確かに、大体お姉ちゃんが悪い。でも、火に油を注ぐような真似事しないの。いい?」
「……」
─コクン
紫ちゃんもシナシナとはいかないが、無表情ながらしょぼんと、お姉ちゃんのように俯いた。
車内に平和が訪れる。
「みんな仲良くな……」
「お義父さんの言うとおり!」
「そ、そうだな……。ちなみに卯月くん、お義父さんはまだやめような……?」
ボクを見てお義父さんはぎこちなく笑った。
……何か気になることでもあったのだろうか?
△△△
「……」
青く澄んだ空と広く清らかな部屋の白。
外が暑いからこそより感じられる中の冷気。
乾いた蝉に入り混じる外の子供の声。
俺は今、清夏病院にいる。
「……なあ…おい。」
そして、もう一人……
ベッドに横たわっている。
「そんなに気負うな。……ルナ。」
ルナは仰向けになって、静かに涙を流していた。
右手の甲が額の上に乗っていて、涙を隠しているように見える。
どのぐらい経ったのだろうか?
ルナは俺が起きる前からずっと泣いている様子だった。
そんな様子じゃ、流石に声をかけざるをえない。
「……問題ない、ほうっておいてくれ。」
ルナの声は驚くほど落ち着いていた。
その冷静な声と隠れる涙。
あの涙こそが本当の気持ちだと感じた。
「『問題ない』…か。」
「……」
しばらくの沈黙が、蝉の声をうるさくさせる。
「奏はなんて言ってた?」
「……『気にしなくていいよ』って……」
「じゃあ、いいじゃねぇか。」
「よくない。」
食い気味にルナは答えた。
大きくも、小さくもない。
少し張り詰めた声。
……我慢する声。
「よく…ない。」
ルナの感情は声からわかるほど、決壊寸前だった。
「ワタシは、奏にケガを負わせてしまった。きっと痛かったハズだ。怖かったハズだ。……あの時…アイツにこだわらなかったら、ワタシがもっと上手くタチマワれたら……。ワタシが…弱いから……奏を──」
「ルナ。」
「っ……」
「奏だって、覚悟していたんだろ?後悔するのはいいが、頼られている自分を責めるな。変えたくたって過去は変わらない。それを一番理解してるのはお前だろ?」
ルナはしばらく黙りこくった。
俺はルナの顔を見ないことにした。
彼女の過去はよく知らない。でもきっと、経験してきたはずだ。
その強さを俺は知っている。
「……そうだな。そうだった。」
噛み締めるようにして、ルナは喋った。
涙は止まらない。
でも、目つきは変わっている。
キリッとした瞳で天井を見ている。
「なあ、スバル。」
ルナはぼそっと名前を呼んだ。
その声には含みがあった。
「なんかするのか?」
「もうスデに、わかっているのだろう?」
「ヘヘッ…そうだな。」
俺と同じ気持ち。
それよりももっと強い……
「リベンジ。手伝うぜ。」
「……感謝する。」
***
「そんじゃ、始めようか。」
殺風景で、少し小さい白い部屋。
あの時の取調室。
記憶に新しくも、いつまでたっても慣れなそうな空間にボク達はいた。
ボク達姉妹と紫ちゃんは向かい合って座る。
お義父さんはと言うと、側に立ってボク達を見ていた。
目の前にある机の上に、1つのファイルが乗っている。
「えっと、すみません、これは…?」
「開いてみるといい。」
お姉ちゃんの問いに対して、お義父さんはどうぞとファイルに視線を送った。
ファイルを手に取り、ページをめくるお姉ちゃん。
「ねえ、卯月これ……!」
「っ…うん。」
ボク達が見ているファイル。
その正体は、神美家放火事件についてまとめられているものだった。
レポート書のようなものが、何枚も挟まれている。
製作者名は全て同じ……羽田 剣竜……
「卯月くんは覚えていないと聞いているが……知世くん、君はどうだ?」
「……覚えてます。でも、燃えた原因とか事故なのか人為なのかとかはよく知りません……」
「そうか。」
「でも、まだ話してない情報があるんです。」
お姉ちゃんは急にボクの手を握った。
ごめんと謝罪して、安心させるようにボクの手を強く包む。
「その……朝日家っていう家族の話です。」
……朝日家。
その瞬間、ボクの脳裏に虐げられてきた記憶が蘇った。
ぐるぐるとボクの頭の中で駆け巡る、言い表せられない吐き気がボクを襲う。
「うっ……」
思わず口を手で覆ってしまう。
「卯月…ごめん、ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって……」
ぎゅっと、お姉ちゃんはボクを抱きしめた。
しばらくすると、お姉ちゃんの体温がボクの身体を包んでいく。
「はぁ……はぁ……お姉ちゃん……大丈夫だよ。必要な事なら、ボク耐えるから……」
固く手を握って、抱擁をやめるように促す。
そして、お姉ちゃんに微笑みかける。
覚悟はできている。
ボクのことを見て、抱擁をやめたお姉ちゃんは、しばらく黙り込んだあと、本当のことを喋ってくれた。
ボクの知っている朝日家は偽物だということ。
本物の朝日家は神美家と仲が良かったということ。
家はお姉ちゃんが朝日家にいた時に燃えたということ。
お姉ちゃんは朝日家に匿われてたということ。
何年後かに朝日家が襲撃されたということ。
その後に、ボクが生きているとわかったということ。
そしてもうすでに、奏ちゃんに話していたということ。
「そっか……そうだったんだ……」
「そんなしょんぼりしないで〜?今のアタシは幸せだからね。よしよ〜し。」
温かい手のひらがボクの頭を撫でる。
懐かしい気持ちがボクの胸の奥で広がった。
「……なるほどな……ちゃんと偽物だった訳だ。ありがとう、確信できたよ。」
「え、身元分からなかったんですか?」
お姉ちゃんはボクの頭を撫でながら、困惑の声をお義父さんに投げかける。
「いや、女と子供の身元はわかったんだが、"殺し屋"の情報だけなくてな。
問いただしてみても、ヤツは自分を朝日 晃だとずっと主張するだけなんだ。
朝日という家族がいるのはデータにもあるんだが、全く確認が取れなくて曖昧だったんだよ。まるで、"殺し屋"と朝日に関するもの全て、意図的に隠されているようでな。少し困っていたところだ。」
少しの間、お姉ちゃんは黙る。
「……あの、今偽物の晃はどうなっているんですか?」
「……精神科にいる。」
「え!?」
お義父さんはそう返した。
予想外の回答に思わず声が出てしまった。
「さっきも言ったように、"殺し屋"は自分を朝日 晃だと主張している。それはもう熱心にな。」
そんな…『熱心に』って……
「アレは記憶を刷り込まれている。多分、卯月くんに対して施した記憶操作に部類するものだろう。」
ドクンと、心臓が冷たく跳ねた。
「これは俺の推測だが……放火事件の最中、卯月くんはきっと偽朝日家に助け出されたんだと思う。
子供なら誰だってパニックになる状況。顔と声が似ている別人が朝日家だと名乗ったら、信じてしまうだろうしな。
そして、その時に……卯月くんは記憶を失った……いや、奪われた。」
あの放火事件……
その時に記憶が奪われた……?
その直後、薄っすらとだが、燃えている家と偽朝日家と手を繋いで暗闇を歩く風景が浮かび上がった。
……これだ。
──あの夢だ。
忘れられない夢。
ボクの拠り所だった夢。
あの夢が……あの記憶だったんだ……
「これは放火事件。人為的に起こされたもの。犯罪組織が理由もなく個の家に放火をするだなんてあり得ない。
今までの組織の動きを見るにだが、卯月くん。」
鋭い赤い視線が、ボクをじっと刺した。
「……君、親玉に会っているんじゃないか?」
「ボクが……親玉に……?」
■■■
「うっ……!」
「卯月!?」
う■■
「いたい……いたいっ……」
「卯月、しっかりして!」
「くっ……俺だ、医療スタッフを──」
「まって、私に任せて。」
うず■
「ぐ…あぁ……だれ…だれっ……!」
うず──────
「神美 卯月!」
─バチッ
「っ!?」
一瞬、脳に謎の衝撃が走った。
「ねえ、神美 卯月。私が見える?」
気づけば、紫ちゃんが両手でボクの頭を掴んでいた。
ボクは見上げて、黒い瞳をじっと見つめる。
「ここには私達しかいない。知らない声に耳を貸さなくてもいい。」
紫ちゃんの声が、自然と頭の中に入ってくる。
なぜか、何も考えられない。
紫ちゃんの声しか響かない。
「ねえ、声の性別はわかる?」
「男の…人……だった。」
「年齢は?」
「50代……後半……」
「そう、ありがとう。」
ぱっと、両手が頭から離れる。
その瞬間、ボンヤリと止まっていた思考が、せき止められていた水のように勢いよくボクの頭の中に流れてきた。
「紫、アンタ今何を……」
「私の能力を応用しただけ。神美 卯月みたいなこと、私にも起こる時あるから。」
そう言った無表情の紫ちゃんは、自分の席に座って何事もなかったかのように頬杖をする。
「ねえ、羽田 剣竜。」
「……ん?どうした?」
紫ちゃんは、小さな汗を垂らして壁に寄りかかっていたお義父さんの名前を素っ気なく呼んだ。
「聞きたいんだけど。」
「え、あ、ああ……」
突然、謎の鋭い視線を送られ、お義父さんは困惑する。
許可を出された紫ちゃんは、お義父さんの瞳を見て口を動かした。
「羽田 胡桃って……何者?」
「っ……」
お義父さんの瞳が大きく広がる。
「何処で聞いた?」
いつも通りのお義父さんの声から一瞬、困惑がチラリと見えた気がした。
「人体実験を受けている時、クルミに育てられた。」
「その話……是非とも聞きたいな。」
「いいよ。でも、また今度。」
「……焦らすのか?」
「違う。貴方は何も知らないって顔をしてるから、今ここで話す必要はない。」
「へぇ…?」
とても入り込めそうにはなかった。
感じたことのない緊張感がこの部屋を支配する。
スバルのお母さんについて、ボクは何も知らない。
スバルに詳しく聞く機会すらなかし、スバル自ら詳しく話そうとする素振りもなかった。
それなのに……なんで、紫ちゃんは……?
「はぁ……その場合、私が話すことはたった一つだけだよ。」
突然、重苦しい空気がボクにのしかかる。
お姉ちゃんも、お義父さんも、そう感じている様子だった。
──しんと、部屋は静まり返った。
「犯罪組織『オオカミ』。私はそこに所属しているの。6人しかいない『幹部』って立ち位置でね。
ああ、ちなみに気をつけたほうがいいよ。
近いうち、同僚がそっちに接触してくるから。」




