【日常】羽田スバル浮気疑惑大事件
7月20日。
……ボクの生涯、二度と忘れられないであろう大事件はこの日に起きた。
(元々忘れられない体質だけど)
これから、その事件……
羽田スバル浮気疑惑大事件について話したいと思う。
***
それは、いつも通りキッチンで最高の朝食を作っている時だった。
「え、ああ。問題ないぞ?」
2階で、スバルがお義父さんと電話している。
それを盗み聞きではないが、少し耳を傾けていたボク。
それと同時に、持ってる知識全てを注ぎ込んだ、黄金の卵焼きを作っていたボク。
(よし、いい感じかも…!どれどれ一口……)
そこで、ボクは衝撃的な言葉を聞いてしまった。
「だーかーらー、大丈夫だって言ってんだろ?16ナメんな!」
(へ…?)
ポトンと、箸でつまんだ卵焼きが落ちる。
「だから余計なおせっかいは────」
そこで、ボクの思考は黄金のなんかではなく、16と言う数字に囚われた。
震える指、汗ばむ襟。
卵焼きだけじゃない、箸も落としていた。
(ボク……スバルの誕生日知らない………………!?)
なんたる失策であることか!
神美 卯月は悲しんだ。
─ジュ〜〜
「あ、卵焼きっ!」
気づけばソレは卵焼きと呼んでは卵焼きに失礼な、未知の反物質に成り代わっていた。
皮肉なことに、ボクが落としてしまったものが唯一卵焼きと呼べるものだった。
「卯月?」
─ビクッ
すると背後から、すでに誕生日を終えた同い年兼命の恩人兼恋人が立っていた。
「あ、も、問題ないよ!あは…あはあはは……」
身体でスバルの視線から卵焼きを隠す。
「卵焼き…落ちてるぞ?」
「あ、うん、ボクのミス!気にしないで顔洗ってきなよ!」
不思議そうに見られたが、分かったと言って洗面台に向かうスバル。
(もう朝食とか関係ない……!)
こうしてボクは……
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「……卯月。」
「はい……」
「体調悪いのか?」
反物質を食卓に出した。
「い、いやぁ……加減ミスっちゃって……」
「そうか……いただきます。」
「え、大丈夫なの?」
「なにが?」
「〜〜っ!」
流れるように手を合わせて反物質に箸を伸ばしたスバル。ボクは、ボクの失敗を責めたり、文句の一つも言わず食べる姿に感動を覚えていた。
「ねぇ本当に大丈夫…?」
「あ、ああ…全然。」
眉がピクピクしていたけど。
(ねえ、スバル。こんなに気遣ってくれるなんて、ボクすっごく嬉しいよ。でもねスバル。
誕生日聞くの更に気まずくなっちゃったよ?
スバルは今不味い料理を味わってると思うけど、ボクはソレ以上に不味い状況なんだよ?)
ボクは悟った。
もう勝機はない、と。
なのでボクは……
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「作戦会議を…しよう。」
作戦会議を開いた。
それは午前11時のことだった。
スバルはというと、1時間前に出かけていた。
その時は、どうせお義父さんとの話だろうと、ボクは深く聞かずにバイバイと手を振った。
いや、深く聞くほどの余裕がなかったのだ。
ボクはこれをチャンスだと思って、連絡をした。
「……ごめん、なんの?」
お姉ちゃん、奏ちゃんをスバルの家へ来させるために。
両肘をダイニングテーブルに乗っけるボク。
キラリと光るメガネに、背の高い年老いた助手が欲しかったが……
そんなことはどうでもいい!
「何って……お姉ちゃん。ほら…忘れてることない?」
「え〜?うーん……」
腕を組んで、深く考え込むお姉ちゃん。
「卯月の事で忘れた事なんかないもんなぁ……あ。」
その時、ピカッとお姉ちゃんの頭上に何かが光った気がした。
「一緒に籍いれるって話ね。」
何を言っているのだろうこの人は。
「……奏ちゃんはどう?」
「えー、忘れてる事なんか……」
奏ちゃんは左腕のギプスを撫でながら考え込む。
ルナちゃんの驚異的回復力によって早めに退院できたものの、どうやら完治するにはもう少し日数が必要のようだった。
「あ。」
その時、ピカッと奏ちゃんの頭上に何かが光った気がした。
「昆虫食……」
「ひっ」
もうだめかもしれない。
ボクは頭を抱えた。
「スバル……もう16だって……」
「「っ!?」」
2人はイチャつくのをやめて、ボクに視線を送った。
2人とも分かりやすい顔をしていた。
「「そうなの?」」
「うん。」
しばらく、この家は静寂に包まれた。
「どうしよっか。」
「どうしようね。」
「どうしよう……」
チクタクと残酷に時計の秒針が動いていった事を今でも覚えている。
会議は踊らずも進んではいなかった。
─ピーン!
と、どこかで誰かが今度こそ、この状況を打開する超絶大名案が閃いた音が聞こえた。
「やるよ。」
口を開いたのは……お姉ちゃんだった。
「「なにを?」」
「誕生アフター日パーティー……!」
こうして、ボク達は誕生アフター日パーティーを開くこととなった。
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「ふぅ……疲れたよ〜……」
「あはは、お疲れ様、卯月。」
ボクは、四季ノ大通りにある有名イタリアンなファミレスにいた。休日だからか親子連れがいっぱいだった。
目の前では、奏ちゃんがりんごジュースを飲んでいた。
「知世もうすぐ来るって。」
「はーい……」
誕生アフター日パーティーを開くため、ボク達は、買い物に出ていた。
風船、飾りつけ、調理器具とちょっとした食材。
……そしてプレゼント。
お姉ちゃんは言っていた。
『いい?大前提として、誕生日を祝い遅れた時点でアウトなんだよ。でもね、何も言わないより遅れてでも祝うのが真の友情でしょ?これはただの誕生日パーティーじゃない。ごめんなさいの意味を含めたパーティーなの……!』
だと。
「ごめんなさいの意味を含めたパーティー…か。」
「あはは、知世らしいよね。」
「うん。……ふふっ、ボクもこれしか思いつかないや。」
黄昏れるようにして、奏ちゃんの真後ろにある景色を眺めた。奏ちゃんもボクの顔を見たあと、不思議そうに窓の外を眺める。
チュルチュルとストローを辿って吸われるジュースの色が真珠のように輝いていた。
相変わらず四季ノ大通りは元気に満ち溢れていた。
親を案内する小さな子ども。
胸を張って、目的地に向かおうとする一人の学生。
木陰に待ち合わせをする仲睦まじいカップル。
紫のマフラーを巻いた女の子と一緒に歩く赤い瞳……の……………
「え」
スバル。
「ぶぉっふ、げほっげほっ……ふぁ!?」
笑い合っていた。
スバルが笑顔で話して、女の子がそれを聞いて、ほくそ笑む。
そんな感じ。
「む、紫……?あの子何してるの……!?」
「…………だよ。」
─ビクッ
奏ちゃんから聞くと、その時のボクは、ダンとテーブルにおでこをぶつけた後、ブツブツと何かを唱えていたらしい。
まるで死体が呪詛を唱えていると。
実際に…その表現は合っていた気がする。
「えーっと…その……む、紫って実はスバルと仲悪いんだよね!もしかしたらのもしかしたらで──」
「見間違いだと……?」
「ひっ」
死体がギロリと奏ちゃんを見たらしい。
「……す。」
そうして、またおでこをテーブルにぶつけた。
「あ…あの……卯月さん……」
「紫ちゃん……を……」
「『紫を』……?」
「よぉーっす!お姉ちゃんただいまもど──」
「(ぴー)して(ぴー)しながら(ぴーぴーぴーぴーぴーぴー)────」
「ひぃいいいい!!」「卯月!?!?」
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「ひっく……ひっく……」
「なるほどね……スバル君が浮気……」
「うん……」
ボクは途中からやってきたお姉ちゃんに泣きついていた。ぎゅっとお姉ちゃんの袖を握って、また泣き出してしまわないようにこらえる。
「ハハ、どうせボクなんて自己肯定感の低くて、暗くて、泣き虫で、成り行きで付き合っただけの都合のいい女だよね……」
「卯月。買ったばっかの包丁から手を離そっか。」
お姉ちゃんは、よしよしとボクの頭を撫でながら、包丁が入っている箱をスッと自然に取り上げた。
「やはりアタシの予感が当たってしまったか。」
「ね、ねぇ、2人共……まだ決まったわけじゃないよ?」
向かい側の奏ちゃんが声をかけた。
焦りなのだろうか。あれからりんごジュースが減っていなかった。
「でも、そんなの──」
「卯月。」
「っ……」
「分からないから確かめに行くんだよ!」
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「目標、相手と一緒に歩行中。あの紫がスバルを見てほくそ笑んでいるであります。」
キラリと黄色い双眼鏡が光る。
ボク達は歩道橋にいた。
紫ちゃんと一緒に歩くスバルを見下ろして。
「奏ちゃん…何か聞こえる?」
「うーん……うるさくてあまり聞こえなかったけど、『花屋に行く』ってのは聞こえたよ。」
「…花屋……」
ボク達とスバル達を隔てる車と蝉の音。
太陽の熱い光が、ボクの肌をジリジリと焼く。
「んじゃ、移動するけど気をつけてね。スバル君、カン鋭いから。」
「「うん。」」
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「花屋…だね。」
「花屋だ。」
「スバルスバルスバルスバルスバルスバル」
少し人のいない外れた場所にある廃れた花屋。
黒ずんだ看板だけが、唯一、花屋と連想させる物だった。
光の中にいた2人はじっと、暗い店の中を見つめていた。
そして、それを眺める日陰のボク達。
何十メートルも離れたところで、双眼鏡を使い回していた。
「『お花屋チェリーブロッサム』?……なんか夜の街にありそうな……」
「あ、またどっか行くみたい。」
「スバルスバルスバルスバルスバルスバル」
「ねえ、知世。この子大丈夫なの?顔色悪いしなんかブツブツうるさいし。」
「……卯月……アタシにはわかるよその気持ち。」
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「スバル……スバル……スバル……」
キラキラと光を乱反射する桜花川。
四季ノ大通りが見える河川敷で、2人が川を眺めていた。
ここは思い入れのある場所だ。
いつもの河川敷ほどではないけど、ここに関しての記憶はとても鮮明に覚えている。
「はっ…はっ…はっ……」
「うわぁ……ここ卯月が昔デート場所にしようと……」
「2人ともちょっと静かにしてて。」
ちなみにボク達はというと、スバル達から数十メートル離れた大通り側の斜面で、草に溶け込むようにうつ伏せになりながら、2人をじっと監視していた。
「妹よ、双眼鏡……使うか?」
「はっ…はっ…はっ……」
「やめておいたほうがいいと思うよ。」
「……そうだね。ごめん。」
きっと双眼鏡を手にしていたらもう土に還っていたところだろう。
こんな状況でも、奏ちゃんは辛抱強く聞き耳を立ててくれていた。ボクは依然過呼吸気味で、お姉ちゃんは察したかのようにスバル達を観察している。
しばらくして一瞬、奏ちゃんの表情が緩んだ気がした。
「かなで……ちゃん?」
「ん、どうしたの?」
暗い顔をするボクに対して、奏ちゃんはニコッと笑ってくれる。
当時は安心させるためだと思っていたが……
今、振り返ってみると別の理由がある事にボクは気づいた。
「行くみたいだよ。これが最後だって。」
「りょーかーい。」
「はっ…はっ…はっ…はっ…」
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ボク達は歩いた。
何度も見つからないように、物陰に隠れて後を追った。
そして、それも最後になる。
ボク達は行き着いた。
この町の象徴で、ボクの一番お気に入りの場所。
「あっ…あっ……あっ……」
四色山の中腹。
ボクがスバルに告白した場所だった。
木の上によじ登って、開けた場所に座る2人を観察するボク達。
2人の先に、町が広がっていた。
風が吹く。
容赦なくボクにも吹く。
ヒヤリと身体に冷たい感覚が走った。
人はこれを涼しいと言うが、当時のボクにはそう思えなかった。
「どうだった?」
声が聞こえる。
すぐ近くの木の上にいるんだ。
聞こえるのは当たり前だ。
「……ありがとう。」
ああ、蝉たちの爆音にかき消されることなく、2人の会話が聞こえてしまうなんて…と。
そうボクは嘆いた。
「いいんだ。」
(ああ…いやだ。)
「そう?」
(いやだよ……)
「ああ。」
(もう……ボク……)
「母さんの事、これでよく知れたんならな。」
「え。…………っ!」
ぐっと口を手で覆った。
思わず声が出てしまったのだ。
声を出さなかったが、隣にいるお姉ちゃんも驚いていた。口が閉じていない。
それに対して、奏ちゃんは知っていたかのようにケロッとしていた。
「ねぇ、ここはなに?」
「ここは、父さんと母さんの思い出の場所だ。」
「ふーん。」
体育座りをして、マフラーを靡かせる紫ちゃん。
それに対して、スバルは大きく仰向けになった。
「母さんはここに来ると毎回テンション高くてな。キャンプに行った時なんか、俺と父さんにくっつきながら写真を全方位全角度外内カメラ全て使って撮ってたぐらいだぜ。そんなもんで、毎回写真フォルダがパンパンなもんだから、父さんに『スマホ貸して』ってよくねだってたな。」
「クルミらしいね。」
「……で、どうなんだよ。お前の知ってる母さんは。」
「何も変わらない。性格は、貴方の知ってるまんま。うるさくて、くっついて、温かくて、眩しい……」
ヘヘッ、とスバルが笑った後、スバルは、ゆっくりと立ち上がった。
「お前めっちゃ好きなんだな。」
「…………そんなこと……貴方が気にする必要はない。」
「へいへい、そうですか。」
そうして、2人の間に小さな沈黙が現れた。
「ね?卯月、確かめないと分かんなかったでしょ?」
「……うん……うん!」
「よかったねぇ……」
奏ちゃんが元気に笑って、よしよしとお姉ちゃんが頭を撫でてくれた。
自然と風が心地よく感じた。
「本当は迷ってたんだ。ここにお前を連れて行くかどうか。」
スバルは空に描かれる飛行機雲を見ていた。
声からは晴れ晴れとした気持ちがこもっている。
「なんで?」
「ここは父さんと母さんの思い出の場所だけど、実は、俺と卯月の思い出の場所でもあるんだ。」
(っ……!)
「卯月はきっとここが好きだ。きっと、2人だけの場所だと思っている。卯月は、ここが父さんと母さんの思い出の場所だなんて知らないからな。
父さんと母さんは関係ない、俺と卯月だけの場所。誰も知らないような、秘密の場所。
ヘヘッ、卯月がこんな状況見たら怒るだろうな。」
「……興味ない。」
「しってる。」
「だから、興味ある人に話して。」
そう言って、紫ちゃんは立ち上がり何も言わずこの場を去った。
スバルの方へ振り返ろうともせず……
ただ一瞬、ボク達がいる方に顔を向けて。
「(うげ、バレてんじゃんか!)」
「(あはは、もしかして、最初から分かってたのかな。)」
「…………」
ぎゅっと、胸を押さえる。
「お姉ちゃん、鞄持ってて。」
「え、ちょっ!」
否応なしに、ボクは貴重品の入っている鞄を押し付けた。ざざっと滑るように木から降りる。
ザッと草を踏む音を立てて。
「え、卯月!?」
スバルは驚いていた。
それはそうだ。だって急に木の上から人が現れるんだもん。
「スバル。」
「えっと……どうした?」
スバルは少し焦っていた。
誤解されまいと必死に話す内容を考えていた。
でも…大丈夫。
「スバル!」
「うわっ!?」
ボクは抱きついた。
それはもう、スバルがバランスを崩してしまうほど。
一緒に倒れてしまうほど。
瞳がよく見えた。赤く、輝いていた。
「スバル。」
ボクの影が、スバルの顔を覆う。
ボクにはスバルしか見えなかった。
スバルだってそうだった。
「スバル……」
「ど、どうした?」
7月20日。
それはボクがスバルの誕生日を遅れてでも祝おうとした日。
「にゃにぃ!?」
「え、卯月!?」
何もないはずだけど、大事になった夏の日。
その日、ボクはスバルに────
「う、卯月、おま……!え……!?」
「スバル。」
「っ!」
もう一つのプレゼントを贈った。
「誕生日おめでとうスバル。結構、遅れちゃったけど!ふふっ!」
***
そう、これは、生涯、二度と忘れられないであろう大事件の話。
これが、羽田スバル浮気疑惑大事件の全貌だったのだ!




