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君の瞳に恋してない  作者: バカノ餅
右肩の蝶
59/62

メメント・モリ

「ごめんだけど、説明の時間はない。今はここから逃げないと!」


 クルミは歩み、ベッドにいる私の腕をつかむ。


 何がなんだか分からなかった。

 ジリリとうるさく鳴り響く鐘の音。

 必死な顔をするクルミ。


「……うん。」


 私は足を地面につけた。立ち上がってクルミを見る。

 クルミの必死さに私の心の奥底から何かが込み上げてきた。


 逃げるんだ、と。


『No.150。お外へ出るよ。』


「っ……」

「……紫?」


 でも…逃げた先は?

 その後は一体どうなる?

 私はどうすればいいのだろうか?


 緊迫した状況の中で、私の足は止まった。


 私の世界はこの部屋の中。

 外の世界は冷たい廊下。


 その先を私は知らない。説明してもらえない。


 いくらクルミがいるからって、もっと怖い目に会うかも知れない。


 じゃあ…私は……


「なにをすれば……」


()()()()()()!」

 

「っ!」


 クルミの声が聞こえた。


「いい?これから紫は幸せになるの!」


「しあわせ……?」


 クルミは私に視線を合わせて、肩を掴んだ。

 身体が強く揺さぶられる。


「何をしたっていい!ご飯食べたり、外で遊んだり、家でゴロゴロしたり、なんなら花火を観ることだってできる!」


「花火……」


「逃げた先は、冷たい廊下の外は、全部()()()が保護する!だからひとまず私の言うことに従って!」


 初めてだった。

 こんなに強く話すクルミは。

 でも、安心できた。


 この人は、こんな私をこんなに大切にしてくれるなんて……


「さ、早く!」

「……っ、うん!」


 ─バンッ!!


 視界が赤かった。

 キーンと耳鳴りが鳴った。


 ……私は気づいた。


 私の世界は()と同じだって。

 ()()()()()()()()()()()()


「おい、貴様……何をしている。」


 焦げた匂いと鉄の匂いがツンと鼻を刺す。

 妙に温かくドロっとした感触が手を包む。


「くる…み……?」


「っ…大丈夫だよ〜……左肩がやられただけだから。」


 繋いでくれたクルミの手は、クルミの左肩をぎゅっと押さえ始めた。


「何をしているかも把握せずに、ソレ撃っちゃうのよくないよ?」


 クルミは立ち上がると同時に背中を向けた。

 クルミの視線の先には、黒い何かを片手で構える黒服の姿があった。


「あーー、貴方でしたか〜……そう言えばこの時間にも来るんでしたよね〜」


 いつも見せるあのおかしな態度が、今回だけ全くの別物に見えた。


 あははと笑うクルミに、男は黒い何かを向けながら一歩一歩近づいてくる。


「この事故は貴様が関わっているな?いち使い捨ての飼育員にこのような真似できるはずがない。貴様、一体なにも──」


 ─バキッ!…グググ……


「しーっ……メ!ですよ〜……」


 とても衝撃的な光景だった。

 危険な男がクルミに手の届く距離まで詰め寄った瞬間、黒い何かをはたき落として、背後に回り首を絞め落としたのだ。


 男はまるで気づいていないようだった。

 何も知らないまま気絶した。


「……あ、こっちは大丈夫。そっちは?」


 突然クルミは片耳を押さえて誰かと話し始めた。

 はたき落とした黒い何かを拾った後、気絶した男の私物を漁る。


「もうすぐそっち行くから。」


 いつもとは違う低い声のトーンだった。

 そして、クルミは立ち上がり、いつもの雰囲気で微笑みかけた。


「そんじゃ、行こっか!」


 目眩がしそうだった。


 私に見せる顔と大人に見せる顔の違いに、ひどく混乱した。


 でも……


「……うん。」


 あの笑顔で自然と安心できた。



 ###



「はぁ…はぁ…はぁ…!」

「大丈夫?やっぱ、抱っこして──」

「いらない。」


 私とクルミは、爆発音の鳴る方へ向かう大人に見つからないよう、ただ上へ上へと階段を駆け上がっていた。


「足冷たくない?休憩する?」


 ちょくちょくクルミはそんなことを聞いてくる。

 別に裸足は慣れているし、休憩なんてしている場合じゃないぐらい分かっていた。


 

 ###

 


 そうして、なんとか私たちは階段を登りきり、踊り場というところで突っ立っていた。

 ここは、他の階とは違かった。


「こっから廊下走るよ。大丈夫?」

 

 目の前には、ただ暗い空間が広がっている。

 先が見えない廊下。

 人気のなくて、吸い込まれてしまいそうな……


「っ……」


「怖いなら抱っこ──」

「いらない。」


 そんな会話が真っ暗な空間で反響する。

 あははと笑うクルミはぎゅっと、穴の空いた肩を押さえた。


「イタいんでしょ。」


「こんなんで痛い痛い嘆くほど、私は甘タレじゃないよ〜?」


「みぐるしい。」


「うぐぅ……」


「……でも……その…ありがとう。」

「〜〜っ!」


 クルミの瞳が広がっていく。

 その直後、勢いよく私に抱きついてきた。


「?」

「うぅ〜いい子だなぁ……」


 まるで痛みを忘れているかのように、強く私を抱きしめていた。

 変にキズを触ったらいけないと、私は手を背中に回すのをやめる。


 ずっと…こうしていたかった。


「あ、そろそろいかないとね。」


「うん。」


 一呼吸入れたあと、クルミと手を繋ぎ、一緒に闇へと足を踏み入れ──

「ああ、ここにいましたか。」


 ─ダンッ!カカカカ!


「しゃがんで!」

「っ…」


 クルミの声によって私はしゃがむ。

 それと同時にキンッと、軽い鉄が壁にめり込む音がした。


 暗くてよく見えない。

 見えるとしたら……白い服?


「白衣……?いや、まずここに人なんか……」


「ええ、いません。皆、下の階へと降りていきました。貴方の……いえ、()()()()のせいで……ですけどね。」


 はくい? の男の両手から鈍く黒い光が見えた。


「何者ですか?貴方達は。」

「まず先にそっちから名乗るべきじゃない?」

 

 暗闇に向かってクルミは話しかける。

 しかし、暗闇からの返事はなかった。


 ここで止まってはいけない。

 クルミと私もそう分かっていた。


 なんとか強引に走ろうとしても……


 ─ダンッ!カカカ!


「っ!?」


「行かせませんよ?」


「あーもう……」


 不規則に曲がる何かのせいで、クルミと私の行く先を阻んでいた。

 クルミの声から焦りが見えてくる。


「時間がないようですね?」


「はは、君がいなければ余裕あったんだけどね。」


 ─ダンッ!カカカ!

 ─ダンッダンッ

 

 焦げた匂いと、大きい音とともに現れる光。

 それが何度も何度も繰り返されていく。


「わかってる!お願いもう少し待って……!」

 

 私はそこから動けずにいた。

 初めて見るクルミの余裕のなさ。

 感じる命の危機。


 身体がうまく動かない。


 何もできない……



 ─パシュ…


「うっ……」


 何がが肉を穿く音がした。

 怯んだのを待っていたかのように、クルミの身体に何かが何度も直撃していく。


 クルミが膝から崩れ落ちる。

 赤い血液が私の手を包む。


「くる……み……!」


「はぁ…はぁ…ごめん……しくじっちゃったぁ……」


「フフフ……終わりです。まったく…これほど捌かれるとは、貴方が初めてですよ?」


 男はゆっくりと歩んでくる。

 醜い笑みを浮かべ、私たちを見下ろしていた。

 

 ……ギラリと光るナイフを手に持って。


「紫…にげて……」


 逃げる……そうだ、逃げるんだ……


 『No.150。お外へ出るよ。』


 逃げないと……


 『怖いなぁ……』


 にげ…ない……と……


 『肉塊になったんだっけ?』


 にげ……な……きゃ……




 『幸せになるの!』




 …っ!


「さて……まず、五体を切り離してから情報を──」

「やめて。」


「……ほう?」


 ナイフからクルミを遮るようにして身体を大きく広げる。


 心臓が跳ねている。

 ……あの時のようだった。

 小さな窓しか見えないあの時のような。


 でも…違う……

 今は、違う……!


「やるなら……私にして!」

 

「……被験体。そこをどきなさい。」

「イヤだ。」

「どけ。」

「イヤだ!」

 

「…紫……」


 男を睨む。

 身体は震えている。

 今にも吐きそうだった。


 でも、初めてだった。


 こんな私が、クルミのように動くだなんて。

 こんな私が、こんな行動をとれるだなんて。


「そうですか。」


 男はしゃがみ込み、私に視線を合わせ始めた。

 ニコっと笑って首をかしげる。

 男は、先ほどとは違う柔らかい声で──


「では、死んでください。」


「え?」




 


 ─ザク




 

 

 熱い。


 身体が熱い。


 誰かが叫んでる。


 視界が…ボヤけてくる……


 痛い……痛い……



 ()()


 

 

「紫ー!!!」


 死ぬ。死ぬんだ私。

 身体に力が入らない。


「さて、次です。」


 ナイフが抜かれた。

 血が…流れ出ていく……


 寒い…さむい……


 『幸せになるの!』


 しあわせ……


 『花火っていうの。』


 はな…び……


 わたし……わたし…………



 『これから君のこと、紫って呼んでいい?』



 ──死にたくない。



「ッ!?なぜ!」

 

「あ……え……?どう…して……?…むらさき……?」


 身体が軽かった。

 意識がハッキリとしている。


 呼吸も、感触も正常だ。


 その時、本能的に…というのだろうか。

 手のひらが男の身体に吸い寄せられた。


 ペタペタと右手を伸ばしながら歩く私。


 男とクルミはただそれを見ていた。

 2人共、違う瞳をしていた。


「ねえ。」


 手のひらが、男の横腹に接触した。


「……ッ!貴方もしや、この実験の──」

「死んで。」


 ─ザク

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