長く短い祭り(3)
「うっ……うう……」
スバルの最後の一撃により、バタリと黒服の男が倒れる。
動きやすそうな黒いパーカーとズボン。
顔は布製のマスクで隠されており、まるで忍者を現代風にアレンジしたような姿だった。
数えて15人。みんな同じ姿だ。
「よし、こんなもんか。」
「意外と大したことなかったね。」
そのまま闇討ちすればよかったのではと思ってしまう。
「お前日に日に強くなってるよな。」
「へっへっへ〜、柔道って奥深いんだよね〜。」
「動画見てるだけだろ……?」
スバルはその場にしゃがみ込み、さっき倒された"忍者"さんの胸ぐらを掴んで、鋭い眼光を向けた。
"忍者"さんは白目を剥いている。
「返事〜……はできないか……」
「スバル…やりすぎだよ……?」
「敵に泡吹かせた人に言われたくありません。」
「あれは……スバルが敵の情報引き出すために手加減してくれてるはずだから、ボクの方はいっかなぁ〜って……」
「うっ…まあ、結局は敵に手加減できなかった俺が悪わな……」
スバルはそれでもどうにか、と"忍者"さんに往復ビンタや、揺さぶりやらを試していた。
しかし、反応がない。
「はぁ…仕方ない…卯月は先に着替えてくれ。増援が来るかも知れない。浴衣じゃ戦いにくいだろ?」
「うん、わかった。」
「さーてと、父さんには悪いが、先に敵の情報もらっちまうかな!」
ナハハと高笑いを上げながら"忍者"さんのマスクを剥がそうとするスバルを背に、家の鍵を開けようとする。
「っ…」
「……?スバル?」
急に黙り込んだのが気になって振り返ってみると、スバルが赤い瞳を大きく広げていた。
見て取れる表情の変化。
ボクの声に気づいていないようで、しばらく静止していた。
「スバル!」
「え?ああ、どうした?」
「知り合い?」
「いや、違う……話したことは…ない……」
その言葉はボクに対しての返事ではなく、まるで独り言のように感じてしまった。
直後、「悪い」とスバルは立ち上がって、お義父さんに連絡を送り始める。
まさに、その時だった。
──鋭い突風がボクらを襲った。
道路からじゃない。
家の向かいにある屋根から。
スバルもこの風を不思議に思って、屋根を見上げた。
だが、そこには何もない。
もう過ぎ去ってしまったのだから。
「卯月、今の風変じゃなかったか?」
「っ……」
スバルは背中を向けていたから見えなかった。
でも、ボクは見えてしまった。
実際に見たのに信じたくない光景。
「……ルナちゃんと紫ちゃんが戦ってた…」
「なに!?お、おい、どこだ、どこにいった?」
スバルの顔と声色に焦りが見える。
何か知っているのだろうか。
「方向的に──」
「『おーい、もしもーし!聞いてるのか!』」
突然、スバルのスマホから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
△△△
黒と銀が交差していく小さな夜。
時刻は午後10時を超えている。
"銀色の弾丸"と"紫色の蝶"は依然として格闘を繰り広げていた。
「……っ…けほっ…容赦ないね。」
「言っただろう?本気だと。」
しかし、格闘と言うにはあまりにもの差があった。
いとも容易く貫かれる蝶の胸。
血を吐くも無表情を保つ紫にルナは嫌悪感をより一層覚える。
「いつになったら死ぬ?」
「もう何十回は死んでるよ。」
何度も貫かれ、何度も潰され、何度も裂かれ、何度も抉られ……
紫に向けられる攻撃一つひとつが必殺級だった。
そのまま反撃をしようとも、触らせてくれない。
任務の関係上、知世に危害を加えることができず脅しを使えない。
なので取れる行動はただ一つ。後退だった。
しかし、自ら下がるのではなく、押されるようにして下がっていく紫。
それに乗じて、攻撃の手を緩めないルナ。
胸を貫かれているこの状況も、またその一つだった。
(まだ…タりない。)
ルナは赤く染まった右手を抜き、瞬時に治り塞がった鳩尾に左手の掌底をめり込ませる。
その勢いで、再び紫は真後ろへ飛ばされてしまった。
速度に合わせるよう、ルナも飛び出す。
何とか着地した無抵抗の紫の頭を掴んで、ルナはもう一発打撃を加えた。
そして軽く飛ばされる。
また立ち上がる。
そんな過酷な状況でも、紫は無表情でルナを見つめていた。余裕と言わんばかりの瞳がルナの苛立ちをさらに強くさせる。
「はぁ…はぁ…ちっ……」
「消耗してるね。」
ルナは分かっていた。
この戦いは長期戦になることを。
いくら攻撃してもただ自分だけが消耗することを。
それでも繰り出される拳。
理性でわかっていても、本能が殺せと命令してくる。
全ては奏の為。奏に触れた虫を痛めつける為。
ルナは暴走していると言っても過言ではなかった。
ルナの拳が再び紫の胸へと飛んでくる。
何十回かは繰り返したこの攻撃。
だが、今回の攻撃は必殺とは言えない威力だった。
とは言っても強力であることには変わりなく、また飛ばされていく。
紫の飛ばされた先にもう屋根はない。
そこにあるのは……
(っ…川……)
─ザバーン!
大きな水しぶきが銀色の光を反射していく。
透明な水に『赤』が混じっていく。
川に落ちた紫の生死を確認しようと、ルナは屋根から河川敷へと降り立ち、ゆっくりと近づき始めた。
「はぁ……はぁ……どうだ、ムシケラ…死んだか?」
「けほっ…けほっ……ねえ、人質いるって知らないの?誰が彼女を守ってるか分からなくなるんだけど。」
落下時、紫は自分を下敷きにさせて知世を衝撃から守っていた。
紫は知世に怪我がないか確認した後、再び抱え、川から上がる。
しかし、その先にはルナがいた。
「オボれさせたほうがいいか?」
「ねえ、聞いてる?」
お互い一定の距離を保って睨み始めた。
「ああ、聞いている。ムシケラ、オマエは主を傷つけることはできない。いや、傷つけてはいけないのだろう?ならば主が死にそうな時、オマエはヒツゼンテキに主を守る行動に出るはずだ。」
「ふーん…狼なりに考察したってこと?」
「ふん、ワタシの見る限りコウサツはダイセイカイってことだな。」
「そ。で、だとしたら?早く取り返してみてよ。」
「もちろんそのつもりだ。もう一度、オマエの心臓を──」
─ドクン。
「うぐっ……」
突然、ルナはその場に跪いた。
激しい痛みが渦巻く胸を抑え、身体に何が起きているのか考える。
「ああ、そっか。もうすぐ時間か。」
紫はゆっくり歩み始め、ルナを見下ろした。
「言ったでしょ?貴方にはタイムリミットがある。」
「っ…まだ…まだだ……」
「そう、『まだだ。』『奏の代わりにワタシが戦う。』『代わらなければ問題ない。』そんな感じであってる?」
「はぁ……?」
「知ってるはずでしょ。奏に戻った時の身体の負担。」
ルナの胸を抑える手に力が入る。
「ちょっと頑丈になって、狼の身体能力がプラスされたとしても、結局人間の身体には変わりない。貴方が奏に代わった瞬間、今までのダメージと激しい筋肉痛が一斉に彼女を襲う。いや、今までの動きを見るにそれ以上かもね。」
紫はしゃがんで、ルナの右肩を掴んだ。
知世を降ろし、左手でルナの頬にそっと触れる。
冷たい感触に鳥肌が立つ。
「さっきの変に力が入ってなかった打撃も、その心臓の痛みも、きっと人狼化が解けてきた証拠だよ。奏の身体で長く本気出したの初めてなんでしょ?それになんだかとっても眠そう。」
「そんな…こと……」
「ある。」
ぐっとルナの顎を指で持ち上げた。
真っ黒な瞳に消えそうな銀が吸い込まれそうになる。
「貴方達は私と相性が悪いの。私を殺そうだなんていう自我を出したから負けるんだよ?さっさと取り返すことだけに集中していればよかったのに。」
ぐっと、肩をつかむ力が強くなった。
「私のカウンターは『ストック』できる。……まだ残ってるの。死なない程度の攻撃が2つ。」
─バキッ
「うぅっ…ぐっ……!!」
突然、重い衝撃が右鎖骨を粉砕した。
強く踏まれる重い感覚。
「どう覚えてる?これは貴方が私の足を踏み潰した時の衝撃だよ。」
一度ルナが繰り出した規格外の衝撃に人狼化が解け始めた身体が耐えられるはずもなく、奏の鎖骨は粉砕されたのだ。
鋭い痛みが右肩から全身に走る。
「次はあの中途半端な打撃。ねえ、あの一撃でどのぐらい骨が砕かれたか分かる?ねえ、どこに打って欲しい?」
そう言って、紫は力の入らないルナの右掌に指を絡めた。
ルナは動けない。
少しでも動いたら心臓が破裂しそうだったからだ。
それでも残された左手で紫の左首筋を突き刺した。
真っ赤な血があふれ、指は深く入り込んでいく。
意識が途切れる前に、右手を解放させ、首を切断しようと企んだのだ。
しかし、紫の右手の力は弱まるどころかさらに強くなっていく。
そして紫はガッと突き刺している左腕を掴んだ。
「鬱陶しいから左腕ね。」
─バキッ!
「ぐっ…うぅっ……」
もう少しで首を落とせそうな瞬間、知っている衝撃が腕を襲う。左腕の橈骨と尺骨が真っ二つに折れ、指肉だけが手と身体をなんとか繋いでいた。
肉に掛かる負担の大きさが、痛みとしてジリジリとルナを蝕む。
指はまだ紫の首に刺さったままで、紫の異常な治癒能力によって指と首が癒着していた。
それはまるで指を掴まれているようで、肉の耐久だけでは到底抜けそうになかった。
「そのまま引っ張ったら奏の腕が千切れちゃうね。」
「ワタ…シは……まだ……まだ…オマエをっ…」
「もうやめたほうがいいよ。狩りのプロなんでしょ?引き際を覚えないと。でないと、死ぬ威力の衝撃が奏の右手を粉々にしちゃうよ?……ねえ、それでもいいの?」
身体は動かせず、左腕が折れ、右掌が人質として握られる。
ほんの少し手を伸ばせば、知世に触れられるのに、紫がそれをさせてはくれない。
その時だった。
ルナの耳と尻尾から水蒸気のようなものがシューッとゆっくり上ってきた。
耳と尻尾の感覚は徐々に無くなっていく。
「っ…なぜっ……!」
「もう限界みたいだね。」
そして追い打ちかのように、ルナの頭に声が響き始めた。一番守るべき存在の声だった。
〈ルナ……?ね、ねぇ…今どんな状況なの…?〉
ルナは震えた。
酷使してボロボロになってしまった身体と、知世を取り返せず挙句の果てに生殺与奪の権まで握られてしまったという事実を奏が知ってしまったらどうなってしまうのだろう。
ルナは分かっていた。
だから、恐怖した。
〈ルナ…代わって。〉
奏に自分のツケを払わせてしまうことになるのだと。
痛みとは無縁の存在であってほしい奏に、最大の苦痛を与えてしまうことになるのを。
やがて耳と尻尾は消え去り、残された銀色の瞳だけが今はルナであると証明していた。
「ダメだ!代わるなっ!」
脳内で会話するほどの余裕は、ルナにはもうない。
ルナは俯き、懇願するように叫んだ。
「ああ、起きたんだ。」
紫はルナの右掌を持ち上げ、視界に入れさせた。
「早く代わってあげなよ。」
「ダメだっ…!」
〈ルナ、お願いだから!〉
「ダメだっ……!」
「代わらないと、奏の指が吹き飛んじゃうよ?」
「ダメなんだよ……!」
〈覚悟はできてる、だから私に任せてよ!〉
安心させるように発せられる自身に溢れた温かい声と、脅すように発せられる淡々とした冷たい声が、ルナの心を潰し始める。
「このままでは…奏が……奏に痛みが……ワタシは……まだ……意識を…落とすわけには……」
身も心も限界だった。
ただ、できることは耐えること。
しかしそれももう……ルナには……
「いたよ!…スバル!!」
─ザシュッ
突如、小さな追い風が吹いた。
紫は仰け反り、右掌の拘束が緩む。
草は揺れ、川の水が揺らぐ。
ルナは見上げた。
銀色の長い光が、目に入る。
それは深く、紫の額に突き刺さっていた。
「かた…な……?」
「ルナちゃん、もう大丈夫!」
「ヘヘッ、助けに来たぜ!」
赤と青の原色が、ルナの視界を彩った。




