長く短い祭り(2)
「…すごいね。威圧感?」
「どうでもいい。来るのか?来ないのか?」
心臓の跳ねる音が聴こえる。
一つはワタシ、もう一つは主……
最後に、ムラサキ。
まったく…何が『死んでいる』だ。奏なら心臓の音ぐらい聴けるだろうに。
まあ、それほど盲目的だったってことか。
「来ないのか。」
「……」
だが、それももう関係ない。
「なら……ワタシから行かせてもらう。」
─ダッ!
そうして、"銀色の弾丸"は、"紫色の蝶"めがけ一直線に飛んでいった。
蝶が瞬きを終える前にはもう、弾丸は目の前へと接近していた。
(…速い。)
紫は距離を取ろうと一歩下がるが……
ブレーキをかけるように、そして逃さないように……
ルナが、紫の右足をガッと強く踏んだ。
あのスピードからの踏み込みによって、少し丸みを帯びているはずの足の甲は、肉と骨がつぶれる音と同時に、平坦なものへと成り果ててしまった。
紫の瞳が広がる。
彼女は、知世を抱える左手にぐっと力を入れ、潰れた足を捨てる覚悟で身体を後ろへ下げようとする。
──しかし、離れられない。
ぐっと握られたルナの右拳は、鋭く、速く、真っ直ぐに、顔面へと打ち込まれた。
「っ…」
紙一重で顔を傾けた紫。
「甘い。」
虚空を穿いた拳は開き、5本の刃がキラリと月光を反射した。
その刃は紫の首めがけ降ろされていく。
紫は危険を感じ取って、爪を横目で確認するが……
その爪は既に、肩を掻っ切っていた。
──鮮やかな赤が爪の軌道をなぞっていく。
紫は赤色に染まった肩を押さえ、その場に跪く。
ルナは爪に付着した血を払って、紫を見下ろした。
踏まれている『足だった物』のせいで、距離を取ることも、その場から逃れることもできない。
「どうしたムシケラ。片手じゃ戦えないのか?ワタシは片手でジュウブンだぞ。」
「……」
「……沈黙か。そうだったな、オマエはムクチな人間だと聞いている。花の蜜は美味かったか?」
「……甘かったよ。胸焼けする程にね。」
前髪の掛かった黒い瞳がじっとルナを見上げる。
その瞬間、ルナの身体から鳥肌が立つ感覚を覚えた。
ルナは素早く後ろに下がる。
手応えはあった。状況から見ても自分は有利だ。
有利なはずなのに、『経験』という第六感が、近づくのは危険だと言っている。
今、解った。
「どうしたの?離れるんだ。」
──こんなので終わる敵じゃない。
ルナはそう、考えた。
「選ばせてやる。このままコウサンして何もせず主を返すか、それともここで斬りキザまれて肉片になるか。まあ、主を取り返せるのならどっちでもいいがな。」
「何もせず……か。」
「ワタシは、正直に言うとオマエがキライだ。純粋な奏の心を汚したオマエが。あの奏に…あんなことを言わせるオマエが。」
『できれば、紫を傷つけないでほしいけど……
本当に…やられそうになったら……』
「どれだけ辛かったのだろうな。」
「……ねえ、貴方はお説教をしに来たの?」
そう言うと、紫は肩から手を離し立ち上がった。
「っ!?」
紫は、一歩、また一歩と近づいてくる。
今まで何事もなかったかのように。
──外傷のない身体で。
「20分。」
そう言ってピタッと動きを止める。
お互い手を伸ばせば触れられる距離だった。
「これが貴方のタイムリミット。」
両者の瞳が、より鋭利になる。
「なぜ…それを知っている?」
「ずっと見てたから。」
─バキッ!
紫がそう言い終えた刹那、右肩に強く重い衝撃が走った。鋭い痛みと共に骨が砕けるのを感じる。
軽く吹き飛ばされるも、屋上からは落ちない。
ルナは手応えを感じていた。
骨を砕き、肉を割いた。
砕けた骨が神経に刺さってすらもいた。
そう…感じていたが……
「ちっ…またか。」
紫は表情一つも変えずに、力が入っていないはずの腕を確認するよう動かしていた。
本当に何もなかったかのように。
「……人狼化。人の細胞だけでなく、普段表に出てこない狼の細胞を活性化させ、プラスとして狼の身体能力を得ること。が、その身体能力は混ぜれた人間と狼の相性、性格によって、差が生まれてくる。」
飛ばされた距離を埋めるように堂々と、ルナへ近づく。
「よく知っているんだな。」
「うん。知ってる。だって……」
何かを感じ取ったルナは、拒絶するように紫の心臓へ拳を放った。
その拳は直撃する。
心臓部ではなく……手のひらへと。
「私も、受けたから。」
手のひらは止めた衝撃で砕けていた。
しかし、その砕けたはずの手のひらが、ぐっとルナの拳を握り始める。
その刹那。
──ルナの拳に衝撃が走った。
「くっ…!」
とても知っている衝撃だった。
とても馴染み深く、いつも側にいた力。
「ワタシの……!?」
少したじろぐルナ。
待っていたかのように、紫は迷いなくルナの拳をそのまま引いてみせた。
お互い、恋人が抱擁をするような距離まで身体が近づく。
紫は拳を離し、背中へ腕を回す。そして、抱くような形でルナの脇腹に手のひらをくっつけた。
「なにしてるっ!」
突然の行動、突然の距離で、戸惑い離れろと抵抗するルナ。そして一発、紫の腹に打撃を与えた。
紫は血を吐くも、顔色変えず、ルナを睨み返す。
「人狼。こんな言葉知ってる?」
「はぁ!?」
「目には目を。」
ルナは確信した。
彼女の能力を。彼女の戦略を。
自分が今から受ける攻撃を。
─ドン!
……と、脇腹からとても重く鋭い衝撃が加わった。
ルナの瞳にありえないという困惑が映る。
何度も砕き、破壊した身体の部位。
血を吐き、動けないはずの痛み。
普通は、もう戦闘不能なのだ。
だが、彼女は止まらなかった。
──もう治っているから。
「『ありえない。』そうだね。誰だってそう。でも、それが真実。」
ルナの口から血が滴り落ちる。
「見ての通り、私は『治るのが早い』そして、そのまま『受けた攻撃を放つ』事ができる。」
「人…なのか……?」
「違う。私はもう人じゃない。私みたいな『何か』はいつもこう呼ばれる。」
紫の手のひらに力が込められる。
「突然変異体。『人狼実験の副産物』ってね。」
ルナは焦りを覚えた。
このままでは奏の身体が持たなくなると。
急いで離れようと、肩を掴んで押し出そうとする。
「もう分かってるんだね。私を攻撃してはいけないって。……じゃあ、もう一つ教えてあげる。この力はストックできるんだよ。」
ハッと瞳を広げ、紫の手のひらを切断しようとする。
だが、遅かった。
5発の小さな斬撃がルナの…いや、奏の身体に刻まれる。
「ああっ…!」
「どう?自分の攻撃で奏が傷つく感覚は。」
お望み通りに、と紫は手のひらを脇腹から離し、ルナを後ろへ突き放した。
「キサマっ!」
ルナは脇腹を押さえ、出血をとめる。
銀色の瞳は月よりも暗く、蝶を捉える。
「もう無駄だよ。諦めたほうが良い。私の力…ああ、カウンターって言ったほうが分かりやすいかな。これ、右手だけじゃないんだ。」
そう言って、知世を強く抱いた。
ぐぐぐっと知世の身体を支える手のひらに力が入る。
「脅しか?」
「分かるでしょ。」
紫はゆっくり前へと歩き出した。
動けずに俯くルナを横目に、紫は目的の場所へと。
紫はルナの横を通過した後、次の屋根へ飛び移ろうとした。
「まだだ。」
静寂に包まれる夜の世界に、重く声がのしかかる。
紫は視線を後ろへ向ける。
「まだ、終わっていない。」
銀の眼光が紫を突き刺す。
風が髪を靡かせる。
「……そう。で、どうするの?」
「気づいたんだ。オマエは主を殺せないってな。殺す気ならもうスデに殺っているはずだ。」
「…だから?ギリギリまで痛めつけることだって──」
「いや、できない。」
「は?」
"銀色の弾丸"は指を鳴らし、"紫色の蝶"と向き合った。
脱力をして、構えを取る。
「これからの打撃は、人が死ぬサイダイカリョクでいくからな。」
瞳は月光を反射していた。
「ほら、さっさと逃げ回れよムシケラ。
──ホンキで行くぞ?第2ラウンドってやつだ。」




