長く短い祭り(1)
「スバル、お祭り楽しかったね!」
「……ああ。」
「えっと、お姉ちゃん大丈夫かな?景品返す時、ちょっと顔色悪かったし。心配だなぁ…あはは……」
「……ああ。」
「あーっもう!スバルも心配だよっ!」
静かな夜道にスバルとボクは歩いている。
本当はまだ祭りで遊んでいる時間だが、お姉ちゃんの具合が悪いとのことで明日もあるしひとまず引き上げることにした。
その後、スバルは帰りたくなかったのかどうか知らないけど、あれからずっと怖い顔をしていた。
「……ああ。」
そしてずっとこの調子だった。
「はぁ……」
カランコロンと夜に響く下駄の音は互いを追いかけるように鳴っている。
しばらくして、家が見えてくるとやっとスバルの口がまともに動き始めた。
「卯月、覚えてるか?池月病院での事。」
「あ、お義父さんに逃げられちゃった事?」
「……?あ、ああ。」
逃げられちゃった事。それは、
池月病院で、スバルとお義父さんが話している所を覗き見ていたら、ボクの存在に気づいたのかすぐどっかへ行ってしまった事だ。
「そんでよ、父さんによるとあの研究施設、どうやらアタリのようでな。人狼についてよく記載されている情報が山程あったんだ。しかし、気になるものもあってな、『人狼についての報告書』の他に『別の報告書』なるものがあったらしいんだ。」
「『別の報告書』?」
「ああ。それは人狼の製作によって生まれた副産物について書かれていた。」
謎の威圧感が辺りを包み始める。
「それは、特殊な能力を持ってるみたいでな、確認されているのは被験体数百人に及ぶ中でたったの2体だけだと。しかもそれは組織のトップにいるって話だ。」
スバルから鳴る下駄の音がピタリと止まった。
あと数歩で家の前なのに一体……
「トップってことは、それほど権力もあるってことだ標的を確保するために大勢を動かせる程のな。……だろ?ストーカーども!」
「えっ!?」
突然周りの屋根から、黒い何かが大勢、ゾロゾロと立ち上がった。
△△△
「知世!」
閉ざされた玄関を開き、知世がいるはずの部屋に駆け込む。
そうして、たどり着いた部屋には、夏と思えないような冷たい空気が全体に満ちていた。
床を照らす月光は揺れ、ベランダにいる真っ黒の人影が揺れる月光の中でも、ブレることなくじっと佇んでいた。
カーテンと同時に紫色のマフラーが靡いている。
気を失ったであろう知世を抱えて……
「……紫…なんでここにいるの…?」
紫は顔をこちらに向ける。
今まで見たことない程の真っ黒な瞳でこちらを見つめている。
「来たんだ。奏。」
「そりゃあ来るよ!ねぇ、何してるの?なんでここにいるの?」
「神美 二日を連れて行くために来た。それだけだよ。」
気持ちが悪かった。
信じたくなかった。
あの祭りの時、紫は私を呼び出す約束をした。
最初は思った、もう死んでいるって話だって。
でも、紫に用事があると言われて別れた時から、ずっと頭の中で違和感が反響していた。
そして約束を果たすために外出した時、走っていくにつれて分かってしまったんだ。
あの時、私はちゃんと聴こえていたんだ。
紫の声の本質を……
──嘘をついている声を。
ただ、信じたくなかった。
信じたくなかったのに……
「紫は……組織の人間なの……?」
「──そうだよ。」
「っ……」
キーンと耳鳴りが聞こえてきた。
グラッと地面が揺れる感覚がした。
紫は身体ごと正面に向ける。
抱き上げられた知世は瞳を閉じて空を見上げていた。
「私は組織に所属している者。とある任務を受けて貴方達をずっと監視していた。でも、一つ訂正させて。」
紫は再び月へと身体を向けて、軽い身のこなしでベランダの柵に飛び乗った。
「私は『人間』じゃない。……いや、人間だった『死体』、みたいなものだから。……じゃあね。」
「まって!」
倒れている棚や、割れた写真立てを踏んでしまわないように走って、ベランダを見下ろす。
紫は屋根から屋根へと蝶のように軽々飛び移っていた。
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「待ってよ!紫!」
「……」
「ねぇってば!」
同じように屋根から屋根へと飛び移るが、紫が速くて追いつけない。
ダメだ、埒が明かない。
……こうなったら。
「ごめんだけど眠ってもらうよ!」
笛を構え、深呼吸をする。
皆を眠らせるとても強力な曲。
その場に立ち止まって、運指に集中する。
しかし、それを見た紫は一直線にボクのところへ向かってきた。
紫の出すスピード、向ける瞳から友好的なものでないと分かってしまう。
「っ!」
「おとなしくしてよ。」
紫が近づいてきた瞬間、右脚の筋肉が動く音がした。
予備動作だ。
これは、蹴り!
「あっぶ!」
「……」
なんとか身体をそらして避けるも、体勢を立て直す隙は与えてもらえず、別の攻撃がとんできた。
知世を片手で抱えながら打撃と蹴りが絶え間なく続く。
ずっと無表情で、私を見つめて。
「お願いだから話をっ!」
「いやだ。」
ずっとこの繰り返しだった。
反撃しようとも、そんなのできるわけがない。
する隙がないし、大の友達にそんなことできない……
─バキッ!
「ぐっ…うっ……」
揺れる思考と共に震える身体へ紫のフックが横腹に深く食い込んだ。
殴り飛ばされて、屋根から地面へ転がり落ちてしまう。
屋根の上から、紫が知世を抱えて見下ろしていた。
その瞳に揺らぎはない。
激痛が身体を走って思うように動けない……
でも……
「距離は…離れたよね……!」
笛を口に寄せ、特定のトーンホールを塞ぎ、
〜〜♪
息をゆっくり吐いてやる。
笛の音は夜の街を包み、人々を夢の世界に誘う。
それが普通だ。それが能力。
……その…はずなのに……
「へぇ、効かないんだね。」
何事もないように紫は私を見つめていて、なんなら楽しんでいるように座り始めた。
なん……で……だよ……
だって、笛だよ……?
先生は言っていた、この笛は地球上に存在し音を感じ取れる生物全てに効くって。
それなのに効かないなんておかしい。
人間なら尚更だ。
……でも、先生は笛が効かなかった体質だって言っていた。でもでも、その体質は普通はあり得ないことで、多分生まれついての才能だとそう教えてくれた。
分からない……どっちだ?
先生みたいな体質?
それとも……
「くっ……」
「もうやめるの?」
なんとか立ち上がって、紫を見上げる。
それに対して足を組んで、見下ろす紫。
いつも知っている立ち位置なのに、今回は意味が違って見える。
「はぁ、そんなもんか。大したことなかったね。」
「……っ」
そんなことはないと否定したい気持ちと効かなかった事実が胸を重く沈ませる。
紫らしい、棘のある言葉。
嘘かホントか見分けがつかない。
「じゃあね。」
「まって……よ!」
残っている力を振り絞り、塀から屋根へと飛び移る。
「逃さないっ…!知世を返して!」
紫が去る方向へ私は今立っていた。
風は相変わらず、盛り上がりを見せている。
「今のでわかったでしょ?奏には何も出来ない。」
「……私には…だよね。」
「へぇ?」
悔しいけど、今の私じゃ何も出来ない。
だから、任せるよ。
私の身体は気にしないで。
知世を取り返すことを第一に考えて。
できれば、紫を傷つけないでほしいけど……
本当に…やられそうになったら……
ごめん、わがまま聞いてくれる?
──ルナ。
△△△
「ああ…ここは姉に任せろ。奏。」
「……来たね。原初の人狼。」
奏の意識は深いところに沈んでいった。
尻尾も耳もある。
痛みは襲ってくるが、そんなものビビタルモノだ。
身体の調子はゼッコウチョウというものだろう。
状況は夜、屋根の上、目の前には主とそれを抱えるヒョウテキ。
「ムラサキと言ったな。」
「……」
ムラサキはワタシを睨みじっと構えを取った。
「奏から聞いていた。初めて出会った日のこと、それからの毎日のこと、そして祭りのこともだ。ショウジキ、祭りというものを遊んでみたかったが、ワタシは出るべきではないと分かってな。だって……」
月から伸びるワタシの影が、ムラサキを覆う。
「奏に留まるムシケラを喰い殺してしまうかもしれないからな。」




