夏祭り(2)
俺の名前は、八明 アケオ。36歳。
とある町の夏祭りで、玉投げの屋台を開いている。
この祭りに参加してはや25年。
そのお陰で、ライバルや仲間が増えていった。
俺の人生は実に充実していると言っても過言ではない。
ふむふむ、はやり今年も家族連れや学生達が多い。
ならば、今回も黒字になりそうだ。
「お姉ちゃん、そんなに気を落とさなくても……」
「いっっっや!気なんか落としてないね!!!」
「逆上だな。」
「うっさい!!」
おやおや、これはまた眩しく輝いている3人方だ。
先ほども言ったように俺は20年、この祭りに参加している。
ベテランの俺から見るに、これは釣れる。
おっと、言い方が良くなかった。
これは、遊んでくれる。
「なんか投げたい気分だぜコンチクショォぉ………」
「お、お姉ちゃんってば……」
「お、そこの美人さん!玉投げやっとくかい?気分晴れるぜ?」
「ほぉーん??」
──食いついたッ!
年に一度の祭りというものは不思議だ。
気分が高まり、非日常を感じさせてくれる。
これで最後かも。楽しまなきゃ損だ。
そうして財布は自然に空いていく。
学生なら特に……だ。
親父の背中を見てきたあの5年間。
今でも思い出す。
***
「おやじー!なにやってんだ?」
「おー、アケオ。一等を重くしてんだ。」
***
「Hey!おやっさん!ルールは?」
「ちょっ、お姉ちゃん!」
黄色の可愛いお嬢ちゃんが腕を捲って肩を鳴らしている。
「机の上にある三玉を使って、動き回るボトルたちに当てて、落とす。そして落としたボトルの色によって景品がもらえる。一回五百円!時間は45秒!ちなみに玉は時間内でなら何発も投げられるからな。」
「のったぁ!!」
「お姉ちゃん!?」
バンッと机に、五百円玉が置かれた。
黄色いお嬢ちゃんは獣の眼光で俺の景品達を見回していた。ほう、狙いはやはり一等のエアガンか。
「用意はいいかい?」
「てやんでぇい!」
さて、お嬢ちゃんの怒りというもの、見せてもらおうか。
「よぉい…スタァーーット!!」
─ピッ
「おっりゃあああああああああ!!」
タイマーとボタンを押し、三段のレーンに乗っているボトル達が動き始めた瞬間、黄色いお嬢ちゃんに握られたボールが綺麗な弧を描いた。
野球少年顔負けのフォームを決め、投げられたボールの勢いは、プロすらバッドを放り投げギャラリーに逃げる程の勢い……ではなく、笑ってしまうような可愛らしいものだった。
しかし、それはここに来ることを知っていたようにスライドするボトルの中心へと飛んでいく。
フォームは良い、偏差も完璧。
だが……
─バチンッ
「なっ!?」
その程度じゃあ倒れねぇ。
「っ、まだまだぁ!!」
時間内は投げ放題だからな。
何度も当てて落とすって戦法だろう。
だが結果は見ての通り。
弾かれ転がり、俺が拾って嬢ちゃんに渡す。
そんなもんだ。
もちろん、最大限の速さで渡しているさ。
直接、そんなズルをするわけがない。
しかし……やけに当てるなぁ…この嬢ちゃん。
どんな投げ方でも、勢いでも、すべて中心に当てている。
まるでボールが吸い寄せられていくようだ。
─ピピピッ、ピピピッ……
「どぉじでだよぉ゙ぉ゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!」
「いや〜、実に惜しかったね、お嬢ちゃん!」
嬢ちゃんはガクッと膝から崩れ落ち、両手を地面に着けた。
「ウソだぞんなこどっ!!」
ボドボドと何かが崩れた音がした。
「まあまあ、お姉ちゃん……そういうときもあるんだよ?」
これが現実ってやつさ。
「あのーすみません。俺にもやらせてください!」
さっきのお嬢ちゃんと青色のお嬢ちゃんの後ろで観察していた甚平のあんちゃんが、五百円玉片手に寄ってきた。
ほう、お嬢ちゃん達にカッコイイとこ見せてやりたいって節だな?
「もちろんいいぜぇ!」
だが、あんちゃんよ現実は甘くないぞ?
「じゃあ、ボクたち射的行ってくるね!」
「おーう。」
そう言って、青色のお嬢ちゃんが崩れ落ちている黄色のお嬢ちゃんを引きずって、うちの真ん前にある屋台へと向かっていった。
ふむ…アテオの屋台か。
これはまた可哀想に。
「いつでもいいですよ!」
「あいよぉ!」
ボールの構えから見るに……このあんちゃん、経験者だな?
ふっ…さっきの発言は撤回しよう。
このあんちゃんは『本気』だ。
マジと書いて『本気』だ。
全く景品に目線がいかないことから、楽しみに来ているタイプか、それとも……
「全部。いただきますよ!」
血気盛んなタイプ!
では、見せてもらおうか……
「よぉい……よぉい…スタァーーット!!」
─ピッ
あんちゃんの腕ま──
─パァン!
その瞬間、頬に熱い風を感じるとともに、どこからか破裂音が響いた。
ものすごく速くて見えない何かが、俺の横を通過し、何かと直撃したのだ。
気づけばあんちゃんは、すでにボールを投げていた。
その体勢だった。
恐る恐る、ボトルが立つレーンへ顔を向けると…
「よし、まず一等!」
──ボトルが壁に埋まっていた。
中心に食い込んでいたボールはポロっと、その場から落ち、俺の足元へと転がってきた。
「もう一発!!」
平気な顔してあんちゃんはもう一発を投げ始めた。
あ、いや違う…投げていた。
「うっしゃっ!」
掛け声とともに後ろを振り向けば、また違うボトルが壁に埋まっていた。
状況が理解できず、瞬きをした直後……
鋭く熱い風と共に新しいボトルが埋まっていた。
「店主さん、ボール!」
「あ…ああ……」
転がり落ちていた三つのボールを拾ってあんちゃんに渡す。
「残り30秒……!」
あんちゃんの赤い瞳はメラメラと燃えていた。
「お、お嬢さん…!?!?」
意識も景品も何もかもとんでいきそうな時、向こうの屋台から聞き覚えのある声が聞こえた。
アテオの方からだ。
「ふぅー…………」
そこには先程の黄色のお嬢ちゃんがおもちゃの銃を構えていた。
全くブレのない銃口が大きな景品へと向けられている。
─パン!
─バキッ!
その瞬間、鉄が折れるような音を立てながら、大きな景品が後ろに吹っ飛んだ。
「な、なぜっ!?」
アテオの開いた口がふさがらない。
俺もだった。
おかしい…アテオの景品には鉄の棒が埋まっているっつうのに。
「お姉ちゃんすごい!!コルクの弾じゃないみたい!」
「へっへっへ!」
「お、お嬢さん……ほ、ほら…景品だよ……」
「うっしゃー!」
多くの景品が黄色のお嬢ちゃんに渡される。
アケオの屋台に景品はもうほとんど残っていなかった。いや、1個しかなかった。
カモノハシのぬいぐるみが、何もない棚にポツンと座って前を見ていた。つぶらな瞳は目の前にいるスナイパーをじっと見ている。
アケオの腕は震えていた。目に焼きついてしまうほど印象深く……
「ボクもやりたいです!」
「あ……ああ……もちろんいいさ……」
黄色のお嬢ちゃんに代わって、次は青色のお嬢ちゃんに銃が渡った。
「ねぇねぇ、卯月。」
「ん?」
「ごにょごにょごにょ……」
2人は小さく相談したあと、コルクを銃口に詰め、肘を机に着け、真っ直ぐ銃口をカモノハシに向けた。
このオーラ…この雰囲気……
「う、うそ……だろっ!?」
アケオが一歩下がって小さく呟いた。
俺は一瞬幻覚かと思った。
しかし、幻覚にしては妙にリアルで納得せざるおえない『圧』を感じた。
お、同じ構えだ…!
ほぼ同一人物!
黄色のお嬢ちゃんと全くっ!
「ふぅー…………」
カモノハシの黒い瞳には人影が映っていた。
─パン!
仲間を打ち消していったあの悪魔のようなスナイパーの人影が……
─バキ!
「やったぁ!えへへ!」
アケオが膝から崩れ落ちた。
「あの、店主さん。タイマーなってますよ?」
気づけば、あんちゃんが不思議そうに俺を見つめていた。
鳴っているタイマー、転がり落ちているボール…
壁に埋まる全ボトル達。
俺は膝から崩れ落ちた。
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「ありがとうございましたー!」
「おっ、アンタもなかなか取ったねぇ〜」
「お姉ちゃんすごかったんだよ!」
眩しく輝いている三人組は景品を両手いっぱい抱えて去っていった。
通った後には虚無がただただそこにあった。
「母ちゃん……俺、真面目にやるよ。」
△△△
「いや〜、大漁大漁!」
お姉ちゃんの両手に抱えられた景品たちがゆらゆらとその場から逃げ出そうとしていた。
「お姉ちゃん、そんなに動くと落としちゃうよ?」
「袋もらっていけばよかったな。」
隣りにいるスバルも同じく、両手いっぱい景品を抱えていた。
「じゃあ、戻る?」
「いや、いいよ。袋は違うところでももらえるだろうし。」
カモノハシのぬいぐるみをギュッと抱き締める。
丸くて柔らかい身体に心地よさを覚える。
……かわいい。
「あ、みんなやっほー!」
すると突然、目の前に奏ちゃんがやってきた。
金魚が泳いでいる袋を片手にウキウキと歩いてくる。
「うぅ、奏ぇ〜!」
「ちょっ、ストーップ!そんな大荷物で突進してこないでよ!潰れちゃうって!」
「あ、ごめん。」
2人はニッコリと笑い合っていた。
相変わらず仲の良い2人を見ると幸せな気持ちになっちゃうな。
「スバル君、これよろしくね。」
お姉ちゃんはそう言って景品たちをスバルの景品の上へさらに乗せた。
「は、お前!」
圧倒的絶妙なバランスで積まれている景品は一つの山のようだった。
「んじゃ!奏と遊んでくるからよろしく〜」
「知世!おい!ちせぇーーーー!!」
もうそこに2人はいなかった。
「……ちょっと持つよ?」
「半分は?」
△△△
「ね、ねぇ、知世…どこ行くの?」
「いいからいいから!」
奏の手を引いて、目的の場所へと走る。
いつの間にか日は暮れていて、人も自然と多くなっていた。
「山の方……?」
走っていく中、静かに奏がそう呟いていた。
「…正解!」
###
「わ〜っ!いい眺め!」
奏は柵に手を置いて、まばゆく光る祭りを見下ろしていた。
ここは祭りから少し離れた場所。
山の中にポツンとある、柵とベンチ。
下見に行った時、偶然見つけた最高の穴場!
多分、昔のカップルがこの祭りを見るために作った、専用の展望台とかだろう。
だって、ベンチの端っこに、知らない2人の名前を相合傘したマーク刻まれてるし。
「ねぇ、奏。アイツはいないの?」
「アイツ……あ、紫のこと?」
景色を見ていた奏はベンチに腰掛けるアタシを見つめる。
ちょっとした沈黙の後、奏はアタシの隣に座った。
「気になるの?」
「いや、別に。」
少し落ち着いた奏の声。
奏は、空をじっと見上げている。
アタシもそうする。
「ルナはどう?今起きてるの?」
「うん。すっごく元気。でも、代わらなくていいって言ってる。」
「ふーん…こういうの好きそうなのに。」
星はキラキラとアタシ達を見ていた。
よく知っている冷たい風と笑う木の葉が、この特別な夜に馴染んで聴こえる。
「知世ってば、最近ストーカーまでするようになったもんね〜。ストーカー嫌いのあの知世が。」
「うっ…だ、だってぇ……」
「あはは!問題ないよ!……私だってやってた時期あったし。」
その言葉に、奏と出会った時のことを思い出す。
「ああ、あったね。『一曲どうですか』って。」
「あはは、知世、声マネヘタ〜!」
「うるさいなぁー。」
いつの間にか自然の音は聞こえなくなっていて、アタシ達の声だけが辺りに響いていた。
「ふふっ、しっかし、最終的には笛使ってアタシを探すぐらいなんだから、結構キモいって思っちゃったよ?」
「グハッ……」
「ねぇ、アタシが四季ノ大通りで買い物した後すぐ追いかけて来たのって奏でしょ?」
「ああ、あったね。どうやって話しかけようか考えてた時、間違えて缶倒しちゃったんだ。そうしたら知世が爆速で逃げちゃって。」
「んで、アンタが先回りして、アタシの逃げた先に立っていたってことか。」
「裏路地に気をつけてって必死に言われた時、結構申し訳なかったな……」
「なーんだ、そんじゃあさ、アタシの家を観てたのってアンタだったんだね!」
「…………え?なにそれ?」
「え?」
じっと奏が私を見つめた。
不思議そうにこっちを見て。
辺りは恐ろしいほど静寂に包まれていた。
「私、知世の家なんか元々知らなかったよ?だから君に会うために、女子高生が寄ってくる笛を吹いたんだよ?」
「……え…?じゃ、じゃあ、さ…あの人影は……」
誰なの?
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ベランダを空けて、風を部屋に呼び込む。
黄色い浴衣がくたびれたようにベッドに倒れていた。
「ふぅ〜つっかれたー」
部屋着に着替えた後、ベッドに座り込んで、奏が持っていた泳ぐ金魚をじっと見つめる。
暗い家に月明かりが差し込んでいる。
『私、紫に呼ばれてるからごめん!』
そう言って奏は着替えてどっか行ってしまった。ひどく焦った様子で行くもんだから何も言えなかったなぁ。
『……私は!知世が…知世が一番大切なんだぁ!だ、だ……だい……大…大好きなんだぁ!!!』
……ふふっ、でも、大丈夫…大丈夫。
あの子ならちゃんと帰ってきてくれる……
「ふふっ、奏ったら、あんな申し訳そ──」
「奏が、どうかしたの?」
薄暗い部屋の中。
ベランダに人影がポツリと立っていた。
その影はアタシを覆う。
「え……?」
居るはずのない人間が、月を背負ってそこに立っていた。
カーテンからチラリと見える紫色のマフラーは、冷たく風を呼んでいる。
真っ黒な瞳は、アタシをじっと…見つめていた。
「むら……さき……?」




