夏祭り(1)
「白花ちゃん!」「カナっち!」「かなちゃん!」
カラッとした暑さが辺りを包むこの教室。
蝉が鳴き始め、涼しい風が髪を撫でる。
そんな中、蝉の声をかき消すようにして、三人組が同じタイミング同じ声量で私の名前を呼んできた。
彩歌さんと夏海さんは顔を近づけ、輝く瞳をしている。
「ど、どしたの……」
「明後日すっよ!」
「うんうん!やっと来たよねこの時期が。」
いつも叱り叱られる関係である夏海さんと彩歌さん。
そんな2人が珍しく分かり合っていた。
「楽奈さん、いったい何なの?」
「ひゃ、ひゃっい! 」
隣でもじもじと私を見ていた楽奈さんに話しかけるが、ビクッと肩を弾ませカタカタと震わせてしまった。
いや…なんで?
「もー、楽奈に代わって言うけど──」
「季節祭りがあるんすよ!!」
ぐいっと彩歌さんが顔を寄せてきた。
「そ、そっか、そういえばそうだったね。」
「で、なんすよ…」
深刻な顔をした彩歌さんは手を顎に当て、探偵が推理しているかのようにその場を徘徊し始める。
そして、一周した瞬間……
「ズバリ!カナっちと──」
「一緒に回りたいってこと!!」
「なっ!?」
夏海さんはさっきの仕返しをするようにして、彩歌さんの肩を掴み、体重をかけた。
それに対して彩歌さんは、うげっ、と嫌な顔をしている。
「そっかぁ…あはは、ごめんね、実は一緒に回りたい人がいるんだ。」
「うっ……し、仕方ないよね…回りたい人居て当然なんやし…」
楽奈さんが頬をかいて笑っていた。
「そーなんすかぁ……まあ、どーせすれ違うだろうし問題ないっすよね!」
「あはは…ごめんねみんな……」
###
「やっほー!」
「……うん。」
このやりとりも何度目だろう。
木陰に座る紫へ挨拶。
生活の一部になってるな。
「……よかったの?」
木の上に座る紫は足を組んで私を見下ろした。
「なにが?」
「……知世。」
紫は首を傾げる。
「あ、あぁ……ちょっと涙目になってたけど…なんとか許してもらえたよ。」
「ふーん。」
そのまま歩いて、街がよく見下ろせるところで日の光を大きく浴びる。
今日も絶好の笛吹き日和だ!!
「私も行きたい。」
「へ?」
日の光から木陰へと視線が動いてしまう。
そこには木から飛び降りた紫がいた。
「祭り。」
紫はパーカーのポケットに手を入れてゆっくり歩いてきた。
紫から日の光が浮かび上がってくる。
「べ、別に問題ないけど?」
「じゃあ、何時どこ集合?」
相変わらず顔と顔の距離が近い紫はいつも以上に興味がありそうな瞳で私を見てきた。
だが無表情である。
「ど・こ???」
「え、えっとぉ……」
###
7月14日、午後3時。
よく晴れた空に。
よく輝いている桜花川。
そう、私は今例の河川敷にいる。
「ふふっ、全員そろったね!」
夜の海のような藍と雲一つない快晴の青を調和させた浴衣が揺れ動く。
卯月はいつにも増して上機嫌だった。
「やらかすなよ……?」
黒く涼し気な甚平を着るスバルもいつにも増して警戒していた。
「卯月……かわいい……」
気づけば卯月の周りで、明るく鮮やかな黄色い花模様が動き回っていた。
パシャパシャとスマホのシャッターを押している。
「知世、危ないよ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ!死ななければ何でもいいの!」
「何言ってるの……?」
「あ、奏、その場でじっとしてて!」
そう言われるとレンズをこちらに向けてきて…
─パシャ
「くぅ〜〜、やっぱアタシ天才か?ファンションデザイナーの道もアリだな……!」
知世はニヤニヤと画面をじっと見て自画自賛していた。
多分、私が着ている浴衣のことだろう。
今私も浴衣を着ている。
夏祭りに浴衣で行くという憧れを知世に話した結果、知世はじっくりジロジロ浴衣を選んでくれたのだ。
白をベースとした浴衣に桃色の花が咲いていて、結構気に入っている。
周りを見渡して、みんなを見てみる。
浴衣、甚平、浴衣──
「早く行こ。」
──パーカー。
「ガルルルルルル!(なんでアンタがいんのよ!)」
ずっと息を潜め、眺めていた紫が口を開いた。
それに呼応して威嚇が始まる。
「知世…ちゃんと言ったでしょ?紫来るって……」
「ガルルルルルル!(知ってるよそんなの!)」
「し、心配って……」
「すげぇな、会話できるんだあれ。」
「奏ちゃん、声で読み取れるからね。」
これからやっていけるのだろうか…?
###
「………」
「〜♪」
四色山の麓にある小さな神社。
いつもこの町はそこで『季節祭り』が行われる。
そして、夏の場合は夏祭りと一緒に開催するとのことなので、春、秋、冬と比べるとボリュームがあるのだ。
そのボリュームの多さは夜が一番感じられる。
それは先生と行ってみた時に分かった。
そして、私は今、紫と一緒に屋台を回っている。
たこ焼きやトルネードポテトの匂い、冷凍みかんとかき氷の冷気が屋台を通過していくごとに感じれる。
「よかったの?」
「ん?何が?」
冷たく前を見る紫が私に問いかけた。
いつもと変わらない服装を見て、特別なお祭りがただの日常のように感じられてしまう。
「ああ、大丈夫だよ。紫の頼みなんだし、これで帰るわけじゃないから。」
「…そ。」
なぜ私は紫と一緒に回っているかというと、紫がこの場所をよく知りたいから案内してほしいと頼んできたからだ。みんなと一緒に、とも提案してみたが、相変わらず断られるだけだった。
「多いね。人。」
「あはは、そうだね。紫って人混み苦手そう。」
「うん。」
「……」
「……」
人の話し声や油が飛ぶ音、誰かが走って、屋台のおもちゃが鳴って……
騒がしくも活気に溢れている夏の中で、私たちは黙ったり話したりを繰り返している。
「私も人混みキライなんだ。」
「……意外。」
今まで前を見ていた紫がこっちを見る。
気のせいか瞳がいつもより開いて見える。
「そう?」
コクンと紫が頷く。
「……私ってさ、耳いいんだよね。だから好きな人、大事な人の声がよく聴こえるの。でも、人が多いとさ、その大事な音を聴き逃しちゃいそうでイヤなんだよね。」
あははと冗談めいた笑いをする私。
でも、そんな私の話しを紫は真剣な表情で聴いていた。
「……そ。」
そう言って紫は前を見る。
「ねぇ、奏。」
「ん?」
「……祭りが終わってみんな帰った時。さっき集合した場所に来てほしい。」
紫は拳を握っていた。
瞳は暗く下を見ている。
「……うん。分かった。」
多分…あの時の話だ。
紫がもう……
──ダッ
「どけっ!」
「っ!」「うわぁ!?」
突然、マスクを着け、帽子を深くかぶった男が人混みから飛び出してきた。
そして、私と紫は男にぶつかられてお互いバランスを崩し倒れてしまう。
「いてて……もー、なんなの?」
「……」
逃げていった男の方へ視線を向けるがもう人混みに溶け込んでいた。
その場から立ち上がって、向こうの方を見て尻もちをついている紫に手を伸ばす。
「……いい。」
私の手に気づいた紫は、そう言って自ら立ち上がりパッパと服の埃を払った。
そして紫の手のひらにどこか小さな違和感を感じてしまった。
「……っ!手のひらケガしてない!?」
「してない。」
「いや、してたでしょ!血見えてたもん!ほら早く見せ──」
「通してください!!」
突然、あの男が飛び出してきた方向から必死に叫ぶ女子高生の声が聞こえた。
聞き覚えのある声に視線が吸い寄せられる。
「あ、あれ?白花ちゃん?」
「え?夏海さん!?」
青いメッシュがゆらりと揺れている。
青い花の髪飾りと大人びた蒼の花火模様は焦るようにして私のもとに駆けてきた。
「ねぇ!さっき男の人がこっちに逃げてこなかった?」
夏海さんが必死に私の肩を掴む。
「う、うん……そのまま向こうに行って……え、まさかスられたの……?」
「……うん。」
夏海さんの肩は震えていた
「夏海ー!ドロボウはいた?」
「なっちゃん、あんま走らんといて!」
続々といつものメンツが登場してくる。
彩歌さんと楽奈さんが心配した顔で夏海さんに詰め寄った。
「あ、カナっち!やっと会えたっすね!」
「あやちゃん!今そんな場合じゃないでしょ?」
「あはは……もう大丈夫だよ2人とも……」
真っ青な顔で夏海さんは空を見上げた。
2人は励ましの声をかけるが、彼女はあははと笑うだけだった。
「あはは…全財産……あはは……あはははは……」
「なっちゃん壊れちゃった!」
「カナっち!もしかしたらのもしかして奇跡的に天文学的な確率でそのドロボウから財布取り返してたりは……」
「ごめん……」
その私のひと言によって夏海さんが溶けていくように膝から崩れ落ちた。
「ねえ。…財布ってこれ?」
跪く夏海に紫がしゃがんでそっと財布を差し出す。
青をベースとした長財布が紫の手元にあった。
「あはは……はっ!?!?」
顔の青はサッと消え去り紫の手元から財布がなくなる。
「よがっだぁ〜〜……」
「よかったっすね!」
「なっちゃん……ありがとうって言わないと。」
「うぅ…うん……ありがとうございました。えっと……」
「奏に聞いて。」
「自分で言ってよ!!」
はぁー、とため息をついた後、紫は立ち上がって冷たい眼差しを夏海さんに向けた。
「……紫。」
「ありがとうございました……紫さん……」
初対面ならショックで寝込んでしまうはずの冷たい瞳に夏海さんは何も言及せず、ペコペコとお辞儀をしていた。
そして、しばらく泣き止んだあと、彩歌さんが紫の感情を察したのか、2人の手を引いて飛び出してきた方向へと戻っていった。
「いこ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「なに?」
何事もなかったかのように歩き出した紫を呼び止める。不思議そうに紫は私を見つめていた。
「どうやって取り返したか聴きたいけどさ、その前にまず手のひら見せてよ!ケガしてた部分!」
チッと舌打ちされるが、じっと紫を見つめ返す。
それに負けたのか紫は渋々手のひらを私の方へ伸ばした。
「……あれ?」
──何もなかった。
その手のひらはびっくりするほど白く綺麗で、怪我の『け』の字も感じられなかった。
「じゃあ、いこ。」
「う、うん……」
紫は歩き出した。
いつものことのようにさほど気にせず、前へ歩いていく。紫をみれば見るほど、本当に何もなかったかのように思ってしまう。
じゃあ、あの血は一体……?




