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君の瞳に恋してない  作者: バカノ餅
オーケストラを観にいこうよ
42/53

『カノン』のように私は生きたい。

「大丈夫なの?」

 

「うん。」


 背もたれのないベンチに座り、奏と一緒に池を見る。

 池の中に月が揺れ動いていた。


「笛は吹けないけどね。」


 奏は笛をじっと見つめていた。


「ありがとう、知世。笛と服を取り返してくれたの知世のおかげなんだね。」


「……言っただけだよ。感謝は隊員さんに言って。」


「そうだね。」


 しばらくすると、草木は静かにざわめいた。


「いやーいい風だね〜!…うーん、でもちょっと寒いかなー。じゃない?」

 

「うん。」


 時間は流れていく。

 身体が少し冷えていく。


 それでも奏はその場から動こうとはしなかった。


「知世。『カノン』って知ってる?」


「カノン……あ、アンタがさっき歌ってたやつ?」


「うん。」


「なに〜?聴かせてくれるの?」


「……」


「奏、さっきからどうしたの?そんなに笛見つめちゃってさ。」


「……カプセルの中でさ。私、いろいろ思い出させられたんだ。」


 俯く奏は口を開きかけるが、何かを思い出したかのように苦しそう表情を浮かべ口を固く閉じた。


「……話して。」


「っ……」


「怖い?」


「うん。……怖い。」


「そ。じゃあ側にいてあげる。」


「え?」


「アタシがいれば怖くないでしょ?」


「…っ!」


 奏は大きく目を見開いたあと、小さく口元を緩め、笛を見つめながら閉じた口をゆっくり開いた。



 ***



 〜〜♪


「……?」


 私がまだ8歳の頃。

 偶然朝早く起きてしまった青い空の日、妙に聴き覚えのある旋律が私の耳を撫でたんだ。


 教室へ続く扉を開けると、窓から差し込む朝日に照らされた翡翠の先生がピアノの椅子に腰掛けていた。

 

 ピアノの旋律が穏やかにかつ力強く空へと響いていく。

 

 ただのピアノなのに、まるでコンサートホールにいるような盛大さと感動を身体で感じた。 


「あ…先生!これ何の曲なの!」


「ん?起こしてしまいましたか?」


 扉から勢いよく飛び出た私に先生はびっくりしながらも優しい笑顔で答えてくれた。


「ああ、この曲は『3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調』と言います。」


「ながっ…」


「ふふ、通称『カノン』です。」


 先生は爽やかにニッコリと笑う。

 それにつられて私の口角も上がってしまう。


「『カノン』……かぁ……!」


 それからだった。

 毎朝毎晩、私は先生のピアノでカノンを練習した。


 たまに練習のしすぎで程々にと注意されてしまう日もあったが、それでも時間を作って練習した。


「先生!ピアノ借りていい?」


「ダメです。」


「えぇ~!!なんでー!」


「ふっふっふっ……これをご覧下さい!」


 先生は謎にドヤった顔をしながら、人差し指と親指に挟んだ2枚の紙を私に見せてきた。


「なにこれ?」


「奏、オーケストラを観にいきましょう!」


「え!?」


 『オーケストラ』別名、『管弦楽団(かんげんがくだん)

 それは弦楽器、管楽器、打楽器で奏でることを基本とする数十〜数百人規模の合奏団のことである。


 当時の私はまだオーケストラに行ったことはなかった。なのでその分、オーケストラに行けると分かったときの喜びは計り知れないものだったんだ。


 

 ###


 

「はじまるっ!はじまるよ先生!」


「ふふ、ええ。お静かにですよ?」


「うん!」


 ウキウキと瞳を輝かせる私は一心不乱に舞台を観る。


 暗くなる会場で楽器たちが光に照らされる。

 奏者がチューニングを終えた後に、コンサートマスターに続いて指揮者が舞台に立つ。 

 会場の空気が一気に変わる。

 抑えられない高揚感と手を濡らす緊張感に思わず息を呑む。


 〜〜♪


 そして…演奏が始まった。


「っ!」


 ヴァイオリンから流れ出る落ち着いた音。

 それを支えるフルートとクラリネット。

 チェロとコントラバスから発せられるほどよい低音。


 言葉では表せられないような音楽がそこにはあった。


 私の知らない『音楽』が『カノン』が堂々と鳴っていた。会場を揺らしていた。


 時は流れ、世界は明るくなる。


 指揮者と楽団員がお辞儀をする。

 目一杯の恩返しをするように観客はバラバラで一体感のある拍手を贈った。


 それに私も含まれていた。


 先生だって…そうだった。

 


 ###

 


「〜〜♪」


「ふふ、危ないですよ?」


 踊るようにハミングをする私に先生は笑顔で見守ってくれていた。


「だいじょーぶ!先生、帰ったらピアノ弾いていいよね!」


「ええ、もちろんです。」


「やったぁ!」



 ###



 そうやって余韻を楽しみ、教室へ帰ってきた頃。

 私はとあることが気になってそばで見守る先生に質問した。


「ねぇ、先生。先生ってさ、この曲毎朝弾いてるよね。」


「ええ。」


「なんでなの?やっぱり好きなの?」


 先生はふっと笑い、少し移動してピアノに触れた。

 ピアノの椅子に腰掛ける私は先生を見上げる。


「ええ、もちろんです。とても好きなんですよこの曲。……愛してるとも言えますね。」


「おお!」


「少し腰掛けてもいいですか?」


「うん!」


 私の隣に先生が座る。

 鍵盤に先生の指がそっと乗る。


「奏。昔、夢の話をしましたね。」


「うん!夢って脳味噌が記憶の整理をしていることでしょ!」


「そ、それは理科の話です……」


「え?」


「『音楽教室を開きたい』という私の話です。」


「あ!」


「ふふふ。」


 困った顔をしつつも心の底から先生は笑ってくれた。


「『カノン』のように私は生きたい。」


「え?」


 先生は鍵盤を少しづつ弾き始めた。

 ポツポツと滑らかに始まった曲は『カノン』だった。


「私にとって『カノン』とは人生を奏でたような曲と考えています。」


「人生を奏でた?」


「ええ。イントロは全てが新しいと感じる輝かしい幼少期。よく知るサビが人生の全盛期とも呼べる青年期。そこから爽やかに決して暗く止まることのない中年期。そして穏やかにフィナーレへと導く更年期。と、このように感じられたんです。まるで人生を奏でているようだと。」


 その時ふと自分の中で何かが腑に落ちた。

 

 先生のカノンは私と違う。

 私は先生のマネっこをしているのになぜか先生のカノンになかなかならない。


 でもそれは私が下手なんだからじゃない。


 私は先生にはなれないからだ。


 先生とは違う人生を歩んでいるからだ。 


「奏。私は君に笛の技術を教えました。……今でなくとも構いません。まだ早いぐらいですからね。ですがイメージしてみてください。自分の眼の前に広がる未来を。」 


 当時の私には夢がなかった。

 だって先生とずっとこれからも過ごしていくんだと思っていたから。

 そう信じて疑わなかったから。


「うーん……えーーっと……?」


「ふふ、すみません。余計なことでしたね。」


 先生のあたたかい手は私の頭を優しく撫でる。

 その時の先生は真っ直ぐ私を見つめていた。


 緑色のカラーコンタクトの奥に、黒い虹彩がチラリと見えた気がした。




 そして齢12の頃。

 そこから私の全てが変わった。


 


「先生!外行ってくるねー!」


「お友だちとですか?」


「えっ、う、うん!6時に帰ってくるからー!」


 先生と出会って6年。

 私の好奇心は外へと向いていった。


 もちろん音楽の勉強も作曲もしていたし、笛の技術の鍛練もしていた。


 ただ、今まで抑えられていた外の世界への興味がこの年になって大きく溢れ出していったのだ。


 その時の私には友達がいなかった。

 別に作ろうともしなかった。


 学校に行ったこともないし、音楽教室のみんなとは少しズレていることを自覚していたからだ。


 でも、1人で十分だった。

 慣れていたし、十分楽しかった。


 そんな時だった。


「…っ!」


 いつも通りに公園で空を眺めていると知らない大人が近づいてくる音が聞こえた。

 先生の忠告と過去の体験を思い出し、姿を確認しようともせずその場から逃げていった。


 それからだ。


 毎日外を出歩くとその知らない大人が尾行してくるようになった。

 先生と一緒にいても大人は尾行してくる。

 とうとう怖くなって先生に相談すると……


「分かりました。警察に相談しましょうか。安心してください。私が守ります。」


 と、言って大きくあたたかい手が私を撫でてくれた。


 身も心もあたたかい感覚が私の身を包んだ。

 実感できたんだ。この安心感を。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 


 ###



 ─ピンポーン

 

「おや?誰でしょうか?」


「わかんない。」


 食卓で作曲をしていた私はキッチンからひょっこりと顔を出した先生の質問に答えた。

 コトコトと野菜が煮込まれる音と匂いがしている。


 先生は「料理を見ておいてください」と言い残して、玄関へと階段を下っていった。


 私も気になってこっそり後をつけた。

 階段の上でバレないように覗き見する。


「はーい。……?どなたでしょうか?」


「あ、どーも!」


 扉の先には、ノリが軽いというのだろうか?そんな声を発する金髪の青年が立っていた。


「大学生の方……?えっと…ご要件は?」


「えっと、()()()()()()()()()()()()!」


「「っ!?」」


 その時の私には直感的に分かってしまった。


 この人は……


「先生!逃げて!」


 ……悪人だと。


 先生は一歩下がり、笛を構えた。

 しかし……


「おっ、さっそく吹くんですか?」


 その一歩のアドバンテージは一瞬にして消え去った。

 気づいた頃にはもう先生の懐に男はいた。


 先生のお腹に男の拳がめり込み……


「ぐっ……!」

 

 私がいる階段の方へと殴り飛ばされてしまった。


「あれ?上にいるのは誰かな〜?」


「っ!?」


「ここは私に任せて早く逃げて!」

 

 先生の緊迫した声により、動かなかった足がようやく動く。


 私は急いで部屋に駆け込み、子供携帯を手にして警察へと通報した。

 なにをどう言ったのかは忘れたがとにかく身体が震えていたことは覚えている。


「うっ…!」


「早く笛の技術を教えてくださいよ〜!」


 下の階から先生と男が取っ組み合いをしている声が聞こえる。

 身体が震え冷や汗が止まらない中、私は必死に考えた。


 でも……


「どうしようっ…どうしようっ…」


 当時の私には震えことしかできなかった。


「あれぇ?君どこかであったけ?」


「っ!?」


 階段を一歩一歩と上ってくる音が聞こえた。

 何かを引きずるような音を立てながら。 


「まいっか。ねぇねぇ、君ってこのお兄さんの弟子さんでしょ?先生全くお口開いてくれないから君に聞いてもいいかなぁ?」 


 男は近づいていく。

 男の片手には血に染まったナイフが構えられていた。

 そしてもう片方には……


「先生っ!いやっ!いやっ!!」


 階段を上がりきったあと、男は先生を離し、空っぽな笑顔を向けながら私に近づいてきた。


「えぇ~教えてくれないの?」


「かな…で……早くっ…!」


 血まみれな先生は荒く呼吸をしながら、男の足をぐっと掴んだ。


「もー面倒くさいなぁ〜。」


 男はナイフを突き立て、先生の背中へ刺そうとした瞬間…


「ゲッ!」


 先生は横に転がって、ナイフを回避し、立ち上がった瞬間、男を押さえ付けた。


「いいから早く逃げて!」


 先生が空けてくれた玄関への道を走る。

 しかし恐怖と緊迫に押し潰されて階段から転げ落ちてしまった。


 ラスト数段だったから大事にはならなかったものの、当時の私には相当なダメージが入っていた。


 足を挫いたんだ。


「うっ……ぐぅぅ……」

  

 それでも這うように玄関へ向かう。

 ジタバタと男が抵抗する音が聞こえる。


 心臓の鼓動がうるさい。

 怖い……


「うわぁ!あっつ!ちょっと!危ないじゃないですかッ!」


 ─ザクッ!


「ぐはっ!」


 バタンと倒れる音が聞こえた。

 人が階段を下る音がする。


 しかし…それが誰かはもう分かっていた。


 分かっていたからもう動けなかった。


「確か…カナデちゃんだっけ?ねぇー、聞いておくれよ〜……君の先生ヒドイんだよ〜?」


 男の手は真っ赤に染まっていた。

 手に持っているものがナイフだとは一瞬わからないほどに。


「せん……せい……たす……けてっ……!」


 手が近づいてくる。

 真っ赤な…手が……


 ─プスプス……


 目をつぶって覚悟した瞬間に、とある音が2階から聞こえた。

 辺りは焦げ臭くなり、熱くなっていく。


「触らないで……いただけますか?私の生徒に……!」


「は?」


 〜♪


 弱くも芯のある先生の笛が男の耳元で奏でられた。

 男は膝から崩れ落ち、白目を剥いた。


「先生っ!先生っ!」


 力が入らない足を何とか立たせて、駆けつけてくれた先生の服をつかむ。


「先生っ!早く行こっ!逃げよっ!先生がいれば、わた──」


 言葉を言い切る前に先生は力なく壁に寄りかかった。先生の呼吸は小さく弱く、もう聴こえないほどだった。


「はぁっ…はぁっ……奏……こっちに来てくれますか……?」


 もう光のない緑色のカラーコンタクトは奥にある黒い虹彩を見せて私を見ていた。


「いるよっ!ここにいるよっ!」


 冷えていく先生の手を掴み、必死にいることを伝える。


「無事なら……よかった……です……」


 突然、警告音のような音が2階から聞こえ、ふと気づけば周りは炎に包まれていた。


「私知ってるから!先生は強いって!何にも負けないって!だからっ…だからっ…!」


「奏……受け取っていただけますか……?」


 先生は玄関にかけられている緑色の帽子とマントを指さした。


「そして……これを……」


 掠れた声で…震える腕で……先生は私の手のひらに、笛を乗せた。


「え……これ……」


「奏…私は……『カノン』のように生きたかった。……私は……君の未来をみたかった……」


「みせるよ!みせるから!だからっ……だからあっ…!」 


「奏……夢を……持ってください……自分を……空っぽだとは……思わ…ないで……だって君は…必ず訪れる未来ローファンタジーの中で……生きているのですから……!」


 当時の私は薄々気づいていた。

 もう先生は助からないってこと。

 もう長くはいれないってこと

 だから……


 だから……私は言った……宣言した……


「先生…わかったよ…私……私っ!()()()()()()()になる!天国で奏でられる程に、先生が何処にいても私を思い出せるように!だからっ…!だからっ……!ずっと聴いてて!私の音色を!」


「……はは…は……かな…で……りっぱ…です……かなで……さいごの…おねがい……いい…ですか……?」


「わかった!聴くよ!聴かせてよ!」


「その…ふえの……オリジ……ナルきょく……つくって……くだ…さい…わたしに……きかせ…て……くだ……さい……」


「任せてよ!先生に会うまでにたくさん作るから!先生だけの曲たくさん作るから!先生の……せんせい……のっ……うぅ……」


「…かなで……」


 私の頭の上に大きな手を感じた。

 心の安らぎを思い出させてくれる大きな手だった。


 しかしそれはもう動かず冷え切ってしまった手でもあった。


「愛して……ます…………」


 ──先生の音は聴こえなくなった。


 

 

 今思えばきっとこれだったんだ。

 ……代償っていうのは。


 『人生最大の厄介事』という笛の代償っていうのは…


 その後のことは覚えていない。

 最後に覚えていることと言えば、笛と帽子、マントを抱えながら四色山で横になっていたことぐらいだ。


 今でも覚えている。

 先生に向けた最後の顔は笑顔じゃなかったってことを。

 それが…それだけが……私に残された後悔だったてことを……




 ***



「だから…だから…その時に…きめ……たんだ……もう泣かないって……先生心配しないように……笑って過ごすって……」


 奏の頬に輝くものを見る。奏は弱音を吐くまいと口を押さえていた。 

 月光に照らされるこの世界の下で、まるで私たち2人だけのようだった。

 ……そう……だからアタシは……


「奏。こっち見て。」


「え?」

















「え…?えっ…!?え!?い、いまのってちょっ!」


「奏。」


「え?」


「『君に涙は似合わないよ?』」


 赤く取り乱している奏に向けて、安心できるよう笑顔を送る。


 もう…怖がらなくていいように……


 寂しくなんかないように……


「っ…!」


「ふふっ…ねぇ、奏…退院したらどっか遊びに行こうよ。ずっと寂しかったでしょ?」 


「……じゃ、じゃあさ!」


 奏はアタシの手を両手で握って、桃色の瞳を近づけた。


 月の光は彼女を照らし、冷たい風が美しい声を運ぶ。


 

 ──アタシは目を逸らせなかった。



「オーケストラを観にいこうよ!」

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