第7話 お泊まりテスト勉強会
今日は日曜日。
明日から中間テストが始まる。
昼食を食べ終えた俺は、リビングのテーブルを片付けていた。
実生はクッションを抱えながらテレビを眺めている。
すると、インターホンが鳴った。
「はーい!」
実生が玄関へ向かう。
しばらくして聞こえてきたのは、聞き慣れた声だった。
「お邪魔しまーす」
優斗だ。
俺もリビングを出て玄関へ向かう。
「早いな」
「家いても勉強捗らねぇし」
優斗は苦笑いを浮かべる。
「今回も頼むわ」
「わかってるよ」
「さすが先生」
「誰が先生だ」
毎回変わらないやり取りだった。
優斗は笑いながらリビングへ入っていく。
それから10分ほど経った頃。
再びインターホンが鳴った。
「私出る!」
実生が勢いよく玄関へ向かう。
「たまちゃん!」
「こんにちは、実生ちゃん」
珠季だった。
玄関へ顔を出すと、珠季は小さく頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします」
「ああ。入って」
「お邪魔します」
つい最近、引越し祝いでご飯を食べに来たというのに、少し緊張した様子で珠季が部屋へ入る。
リビングへ案内すると、優斗が軽く手を挙げた。
「珠季ちゃん、お疲れ」
「宮後先輩、お疲れ様です」
簡単な挨拶を交わし、それぞれ席へ着く。
教科書とノートを取り出そうとした、その時だった。
「……あ」
冷蔵庫の中を思い出す。
昨日で食材をほとんど使い切っていた。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「晩飯の材料がない」
「あ、本当だ」
実生も冷蔵庫を覗き込み、小さく頷く。
「買い物行ってくる」
そう言って立ち上がると、珠季も立ち上がった。
「私も一緒に行きます」
「すぐ済むから待っててくれ」
「でも、勉強を教えてもらってご飯もご馳走になるのに待ってるだけというのは……」
珠季らしい理由だった。
俺は少し考え、小さく頷く。
「……じゃあ行くか」
「はい」
珠季はほっとしたように笑った。
「いってらっしゃーい」
実生が笑顔で手を振る。
「帰ってくるまでちゃんと勉強しとけよ」
俺がそう言うと、
「分かってる分かってる」
優斗は教科書をひらひらと振って見せた。
俺は小さくため息をつく。
そうして俺と珠季はマンションを出て、スーパーに向かった。
―――
日曜日の午後ということもあり、スーパーは家族連れで賑わっていた。
買い物かごを手に取り、冷蔵庫の中身を思い浮かべながら店内を歩く。
「今日は何を作るんですか?」
「まだ決めてないけど、引越し祝いのときのメニュー以外で作る」
「唐揚げ、筑前煮、ポテトサラダに味噌汁ですね」
「よく覚えてるな」
「記憶力は良いほうなんです」
珠季が少し得意げに言う。
「記憶力がいいなら勉強もできるんじゃないか?」
「暗記は得意なんですけど、応用があまり得意ではなくて……」
「応用も覚えたらいいんじゃないか?」
「……」
珠季は小さく俯いた。
「こっちに引っ越してきたばっかりだから色々不安だよな。友達とか勉強とか部活とか……」
そうだ。
俺も地元を離れてこっちに来たけど、もう1年経ったから大体慣れた。
でも珠季は引っ越してきたばかりじゃないか。
右も左も分からないから不安なんだ。
「……ごめん。突き放すような言い方した」
「そんな……、大翔先輩は悪くないですよ」
「大翔先輩の言うとおり、応用も覚えてしまえばなんの問題もないことなので……」
「いや。そうだとしても俺の言い方が良くなかったのは事実だ。ごめん」
俺は珠季に頭を下げた。
「じゃあ大翔先輩、ひとつだけわがままを聞いてくれますか?」
「ああ。なんでも言ってくれ」
「私、カツカレーが食べたいです」
「カツカレー?」
珠季の視線の先を見ると、とんかつ用の豚肉がタイムセールで半額になっていた。
「……こんなんでいいのか?」
そう言いつつ、豚肉をかごへ入れる。
「カレーは元々好きで、カツは中間テストに勝つっていう願掛けみたいなものです」
「なんだそれ」
俺と珠季は互いにくすっと笑った。
「めちゃくちゃ美味いの作ってやる」
「楽しみです」
珠季が嬉しそうに微笑んだ。
必要な食材を買い物かごへ入れ、俺たちはレジへ向かった。
ーーー
買い物を終えてマンションへ戻り、俺は晩御飯の準備に取り掛かった。
晩御飯を食べ終えた後、珠季と実生が一緒に、その後に優斗と俺が別々で風呂に入り、ようやくテスト勉強に取り掛かろうとしたときだった。
「じゃあ私と優斗さん一緒にテスト勉強するから、お兄ちゃんとたまちゃん二人で頑張って~!」
そう言いながら実生と優斗の二人は、実生の部屋に行こうとしている。
「は? お前の中学、中間テスト来週だろ!」
「お兄ちゃん、備えあれば憂いなしって知ってる?」
「知ってるわ!」
「手ぇ出すなよ大翔?」
「それはこっちのセリフだ! 手出したらマジで殺すぞ! っていうか勉強しろよ!」
「そういうセリフは珠季ちゃんに言ってあげなよお兄ちゃん」
「……っ!」
「あ、寝るときは優斗さんとたまちゃん、チェンジね」
「ったく……」
隣の珠季を見ると5教科の教科書とノートを両手に抱えてやる気満々だった。
「……大翔先輩?」
「……やるか」
ーーー
テスト勉強を始めて数分が経った。
とはいっても俺と珠季は学年が違う。
となれば当然出される問題の範囲も違ってくるわけだが、去年の今頃に勉強したときのノートは残っていた。
それを使えばまあなんとかなるだろう。
珠季自身が言っていたように、確かに記憶力は良いが、応用問題が苦手なようだった。
だが、そもそも地頭が良いのだろう。
短時間で教えたことをみるみる吸収していった。
ひと通り苦手なところを教え終える頃には、最初よりもずっと問題を解けるようになっていた。
「これだけできれば十分過ぎるんじゃないか?」
「そうですね」
「一旦休憩しようか。お茶入れてくる」
「ありがとうございます」
お茶を飲んで一息していたとき、ふと思い出した。
「そういえばさっきの買い出しの時の話じゃないけど、部活動はどこか入ってるのか?」
「いえ、まだどこにも入ってないです」
「……そっか」
俺は少しホッとしたような気がした。
「入ってないんですけど……、フットサル部のマネージャーをやろうと思いまして」
「……え?」
マネージャー?
珠季が?
フットサル部の?
「……だめですか?」
なんで俺に許可を求める必要があるんだ。
俺にそんな権利ないじゃないか。
珠季の自由だ。
「だめだ」
「え?」
咄嗟に声が出てしまっていた。
違う。
これは俺の本心じゃない。
ただのわがままだ。
そうだ。
俺には関係のない話じゃないか。
俺には実生を必ず幸せにするという義務がある。
そう誓ったはずだ。
そんな簡単に揺らがない。
そんな簡単に揺らいでいいはずがない。
「……悪い。今のは忘れてくれ」
「……」
珠季が口を開こうとした瞬間。
「もうこんな時間! たまちゃん! 早く寝よ!」
そう言う実生と眠そうに目を擦る優斗が一緒に部屋から出てきた。
スマホをタップして時間を確認すると、日付が変わっていた。
「もう月曜か」
思った以上に時間が経っていたらしい。
「さすがに眠ぃ……」
眠そうに目を擦る優斗の隣で実生もあくびをしていた。
「今日はこのくらいにしよう」
俺がそう言うと、三人も素直に頷く。
実生に手を引かれながら部屋へ向かおうとした珠季が、一度だけ振り返った。
「……おやすみなさい、大翔先輩」
その表情からは、さっきのことをどう受け止めたのか読み取れなかった。
「ああ。おやすみ」
珠季は小さく頭を下げると、そのまま実生と一緒に部屋へ入っていった。
優斗も大きくあくびをしながら俺の部屋へ向かう。
「寝坊すんなよ」
「それはお前だろ」
軽口だけを残し、ドアが閉まる。
一人になったリビングは急に静かになった。
今日は優斗に部屋を譲ったため、俺はリビングへ布団を敷く。
照明を消し、横になる。
目を閉じても、さっき珠季へ言ってしまった一言だけは頭から離れなかった。
『だめだ』
どうしてあんな言葉が出たのか。
珠季が何を選ぼうと、それは珠季の自由なはずだ。
それなのに。
自分でも答えが見つからないまま、ゆっくりと意識が沈んでいった。
第7話を読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ感想やご意見など、いただけたら励みになります。




