第13話 自己犠牲の自己満足野郎
陽久の葬儀が終わった後、俺と優斗は新幹線が来るまでの間、駅近くの公園の東屋で時間を潰していた。
葬儀の時に着ていた制服はキャリーケースにしまい、今は俺も優斗も私服に着替えている。
特に何か会話をするわけでもなく、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
陽久が死んだ。
棺の中で眠る陽久を見てもなお、受け入れられない自分がいた。
もう俺は駄目かもしれない。
先の見えない未来に何度も絶望感を味わった。
そんな俺の唯一の救いは陽久の存在だった。
陽久ほど、一つのことに対して努力をしている人間を俺は見たことがない。
同時に陽久ほど、努力が報われていない人間を見たことがなかった。
そんな陽久の姿を見ていた俺は哀れとは思わなかった。
むしろ尊敬、憧れさえしていた。
その憧れは高校に入っても変わることはなかった。
陽久ならきっとこうするはずだ。陽久ならこんなことで諦めたりなんかしない。
そう自分に言い聞かせてきた。
だから今の俺がいる。
現に陽久も強豪校に入部して半年でCチーム、1年後にはBチームと、今までの努力が報われていったように思えた。
そう。
陽久にとってはこれからだったんだ。
でも、陽久のことだからかなり無理をしていたんだと思う。
今までは目に見えた形で努力の成果が出なかった分、Cチーム、Bチームと上がっていけば、急ぐ気持ちはわかる。
俺もフットサルに転向した後が同じだったから。
努力に対する結果が付いてきたら余計に頑張れるし、もっと上に行きたいって思うのは当然だ。
陽久からしたら本当に嬉しかったんだと思う。
それはスマホでのやり取りでもわかるくらいだった。
でも陽久はもういない。
認めることは簡単にできても、そこから立ち上がることは今の俺にはできそうもなかった。
人は目標としていた存在が、突然いなくなったらどうすればいいのだろう。
どう立ち上がればいいのだろう。
俺にはそれがわからない。
これから先の未来をどう望めばいい。
先の見えないことだって、ただ実生に打ち明ければいいだけだってことくらいわかってる。
でも言えるわけない。
言って駄目ならその程度の関係だと言われたとしても、それが自分にとってどうでもいい相手なら全然良い。
じゃあ家族の場合はどうすればいい?
後戻りできないじゃないか。
「お前は自己犠牲の自己満足野郎なんだよ」
優斗の放ったその言葉に俺は、現実へと戻された。
優斗の視線はまっすぐに俺を捉えていた。
「なんだよ急に……」
「お前は自分を犠牲にして、それで満足してるんだ」
「ちょっと待てよ。なんで急に俺の話になるんだよ。陽久が死んだんだぞ?」
「うるせぇよ! お前も陽久も一緒だろうが!」
そう言いながら優斗は詰め寄った。
「結局お前らは自分を犠牲にして、それで満足してるだけの自己犠牲の自己満足野郎なんだよ! お前ら少しは俺の気持ちを考えろよ!」
「お前の今の状態を見て俺がなんとも思ってないと本気で思ってんのかよ! 陽久だってそうだ。何が別々に行こうだ! ふざけんなよ! 言ってる本人が辛そうな顔してんじゃねぇよ!」
優斗の言う通りだった。
確かにあのとき、陽久は辛そうな顔をしていた。
それでも止められなかったのは事実だ。
「なんなんだよお前ら! なんでそうやって離れていくんだよ! なんでそうやって俺を置いていくんだよ!」
「実生ちゃんだけじゃねぇ! 珠季ちゃんだって、俺だって! 本気でお前のこと考えてるよ!」
「俺たちって親友じゃねぇのかよ! お前にとって実生ちゃんはたった一人の家族じゃねぇのかよ! 珠季ちゃんはお前にとって大切な人なんじゃねぇのかよ!」
「……」
「いい加減認めろよ! お前自身は何がしたいんだ!」
「……るせぇよ」
言われなくてもわかってるんだよ最初から。
「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって」
「ああそうだよお前は俺の親友だ! ずっと一緒にいた親友だ! 実生だってそうだ、たった一人の家族だ! 珠季のことだってそうだ! ずっと好きだった!」
「珠季が俺のこと好きだって言ってくれて――、本当に嬉しかった! でも無理なんだよ! 今の俺が許しても、あの頃の俺が絶対に許さないんだ!」
「俺たちの親友が死んだんだぞ!? それでもお前の考えは変わらねぇのかよ! 陽久も! お前も! こんなに自分を犠牲にしてんのにこんな結末しかねぇのかよ!」
「そんなの俺は絶対に認めねぇぞ! 頑張った結果がこれなんて……」
「お前しかお前自身を変えられないことにいい加減気づきやがれ! 何を言ったところで結局変わるか変わらないかはお前自身なんだよ! お前しかいないんだよ! それともお前、実生ちゃんが何か言ってくれるのを一生待ってるつもりか!? それでまた同じことの繰り返しになっちまったらどうする気だよ!」
「……わかった風な口聞くな」
「あ?」
俺は力の限り、優斗の胸ぐらを掴んだ。
「お前に実生の気持ちがわかるか!?」
「たった12才の子が自分の知らないところで両親を失う気持ちがお前にわかるか!?」
「何も知らずに! ただ留守番してただけだ! 実生は!」
「そんなクズでどうしようもない兄が、自分の人生をのうのうと生きられるわけねぇだろ!」
「俺は奪ったんだ! 両親が生きていればもっといろんなことができたはずだ! これは償いきれるもんじゃねぇんだよ!」
優斗の言いたいことも本当はわかってる。
でも、これは一生かかってでもやらなきゃいけないことなんだ。
「……分かってるよ。俺自身の考え方次第でどうにでもなるってことくらいな。でもそんな簡単なことじゃねぇんだよ!」
「中学の卒業式の日、誓ったんだ。父さんと母さんの墓の前で。絶対に実生を幸せにするって。そのためならなんでもするって。自分の人生なんてどうでもいい。自分の両親を殺しただけじゃなくて、実生からも両親を奪ったんだ。そんな奴ができることなんて決まってるだろ」
それはひとつしかない。
「実生が幸せになるまで、俺は実生のためだけに生きる。それが俺にできる唯一の償いなんだよ」
「だからそれが自己満足だって言ってんだよ! じゃあ実生ちゃんに聞いたのかよ! お前が自分の人生全部捨ててまで、自分のためだけに生きることが幸せなのかって、実生ちゃん本人に聞いたことあんのかよ!」
「……」
聞いたことなんてない。
聞けるわけがない。
もし実生が「そんなこと望んでない」と言ったとしても、俺が俺自身を許せるはずがない。
「聞いてねぇんだろ」
「……」
「だったら勝手に実生ちゃんの幸せを決めんなよ」
「お前がやってることは償いじゃねぇ。自分を罰してるだけだろ」
「陽久だってそうだ。母親のためだって言って、自分が無理してることには目を向けなかった。結果、それでどうなったよ。……あいつの母ちゃんが今日、どんな顔してたか見ただろ」
「……陽久は母親に恩返ししたかったんだろ」
「じゃあ昨日今日見た陽久の母ちゃんのあの表情が、陽久が望んだ恩返しなのかよ」
「……」
俺は何も返すことができず、掴んでいた優斗の胸ぐらから、ゆっくりと手を離した。
優斗の言っていることは何一つ間違っていない。
「……俺はもう嫌なんだよ。大事な奴が勝手にいなくなるのは」
「陽久はもう戻ってこねぇけど、お前はまだいるだろ」
「……帰るぞ。新幹線来る」
俺はそう言って、荷物を持って駅へと向かう。
優斗もこれ以上追及することもなく、俺の後ろをとぼとぼついてきていた。
帰りの新幹線の中では、お互い一言も喋ることなく、気付けば最寄りの駅に到着していた。
「……それじゃ」
「……ああ」
俺と優斗はそれぞれの帰路についた。
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