第12話 友生陽久
友生陽久は俺と優斗の小学校からの親友だった。
中学時代、俺たちが所属していたサッカー部はいわゆる強豪というやつで、3人とも試合に出場する機会がないどころか、試合のメンバーにすら入ることができなかった。
だけど俺たちは腐らずにひたすら努力し続けた。
それでも試合に出ることができなかった中学2年の終わりの頃、転機が訪れた。
監督はメンバー外の部員たちを集め、「フットサルをやってみないか?」という提案をしてきた。
サッカー部でも週に1回、体育館でフットサルをやっていたため、監督のいきなりの提案に俺たちは驚かなかった。
実を言うと俺はフットサルには前々から興味があった。
正直、自分はサッカーよりもフットサルの方が性に合っているとも思っていた。
それは優斗も同じだったようで俺と優斗の二人は特に考えることもなく了承した。
しかし、陽久だけは違った。
陽久は少し気弱で優しい性格だが、根っからのサッカー少年で、3人で喋るときはいつも陽久が何かしらのサッカーの話題を持ってきてはそれでよく盛り上がっていた。
だから陽久が「フットサルはしない」と言ったときも俺と優斗からすれば当然の反応だと思っていた。
そしてメンバー外の面子で組んだ、即席チームで大会に挑み、俺と優斗は自分にフットサルの才能があることを知った。
大会に出場している強豪校のほとんどは、メンバー落ちしたであろう選手の集まりだったが、中には明らかに部活動レベルではないチームもいた。
そんなチームを相手に俺たちのチームは……いや、俺と優斗は圧倒した。
大会初日に行われた予選を勝ち抜き、二日目の決勝トーナメントで決勝にたどり着くまでに挙げたゴールのほとんどが俺と優斗の得点だった。
このまま行けば優勝だと思い込んでいた矢先、天狗になっていた俺たちの鼻はあっさりとへし折られた。
負けた相手はプロフットサルチームの下部組織で、チームとしても個人としても完敗だった。
結果としては準優勝に終わったが、その後の大会でも同程度の成績を収めたことで、俺と優斗は五十鈴ヶ丘高校からスポーツ推薦の話が来ていた。
優斗は当初、その推薦を受ける気はなかったらしいが、なんでも気が変わったらしく、俺が知らぬ間にあっさりとその推薦を受けていた。
努力に対して結果が付いてきただけあって、俺と優斗はどんどんフットサルにのめり込んでいったが、陽久とはほとんど疎遠になってしまった。
仲が悪くなったとかじゃない。
声を掛ける暇がなかった。
学校の休み時間や昼休みには、フットサルの戦術や試合の振り返りや、次やる練習のメニューなどの話で持ちきりだったし、放課後はすぐ家に帰っていつものように両親に今日あった出来事などを話していた。
それでもまったく喋らないというわけではなく、学校の行き帰りだけはいつも3人一緒だった。
これは俺と優斗がサッカーをしていた頃からの日常だ。
それだけは変えたくはなかった。
それがなくなれば、陽久と俺たちを繋ぐものがなくなってしまう。
でも、そんな思いとは裏腹に陽久は俺たちと距離を置いた。
いつものように3人で一緒に帰っていたときのことだった。
「あのさ、明日から別々に登下校しない?」
それを聞いた瞬間に俺は悲しくなったが、ここ最近の陽久の様子から薄々感じてはいた。
どれだけ親しくしたって、どれだけ絆を深めたって、俺と優斗は陽久とは違う道を選んだのだから。
こうなることはある程度覚悟していた。
陽久はそのときもメンバーには入っておらず、試合にも出れていなかった。
ただ、陽久は俺たち以上に努力をしていた。
一緒に登下校しなくなった理由は、学校に行くギリギリまで朝練をして、夕方も部活が終わった後にまた、自主練をしているからだった。
それから学校ではほとんど喋らなくなってしまい、気付けば卒業式の日になっていた。
卒業式が終わって優斗と喋った後、俺は陽久を探しに向かった。
結局、陽久はその後も試合のメンバーには選ばれなかったらしいが、その努力を今まで見ていた監督が高校を紹介してくれたことを、他のサッカー部員から聞いた。
どこの高校か聞くと、俺でも聞いたことのある全国大会常連の強豪校で、推薦ではなく一般枠で受験して合格したそうだ。
また茨の道を進むのが陽久らしいな。
そんなことを思いながら陽久を探していたが、なかなか見つからなかったため、荷物を取りに一旦教室に戻ることにした。
すると、その手前のクラスの教室で一人、窓を開けて外を眺めている男子生徒の姿が見えた。
陽久だった。
「サッカー……、高校でも続けるのか?」
陽久は急に後ろから声を掛けられて驚いた表情でこちらに振り返ったが、俺の顔を見ていつもの優しい表情に戻った。
「……うん。試合に出られるかはわからないけど、やれるだけやるつもり」
「そっか……、頑張れよ。陽久のこと一番応援してるからな」
「大翔もフットサル頑張ってね」
「俺はもう……、辞めたから」
「……そうなんだ」
陽久は少し驚いていた。
「ーー陽久、連絡先教えてくれ」
陽久は今どき珍しく、スマホを持っていなかったが、卒業式間近に持っている姿をたまたま見かけていた。
「……いいよ。ついでに僕の連絡先、優斗にも伝えておいてよ」
そう言ってポケットからスマホを取り出した。
「わかった」
俺もスマホを取り出して陽久と連絡先を交換した。
俺のスマホに陽久の連絡先の登録が終わったところで、陽久を見るとスマホの画面を見ており、心なしか嬉しそうな顔をしていた。
「これでいつでも連絡取れるね」
「だな」
「……ごめんね」
「なにが?」
「別々に……だなんて」
陽久がなんのことを言っているのかは理解できた。
「気にするなよ。俺でも同じこと言ったと思うから」
陽久は優しい。
だからこそ、俺たちからあえて距離を置いたことはわかっていた。
「毎日連絡するよ。恋人みたいに」
「そこまではしなくていい」
「冗談だよ。……じゃあ大翔、またね」
「おう」
「卒業おめでとう」
「お互いな」
俺と陽久は卒業証書の入った黒い円筒を合わせた。
そして次の日から宣言通り、毎日のように陽久から連絡が来た。
他愛もない話だったが、あの頃に戻ったみたいで楽しかった。
時折、陽久のサッカーの話になることもあった。
陽久の高校のサッカー部は人数が多く、入学当初は全員一緒に練習しているが、1週間経つとABCDの4つのカテゴリーに分けられるらしい。
陽久は最初、一番下のDチームだったが、半年でCチームに昇格したことを聞き、俺は自分のことのように喜んだ。
何よりも陽久が認められるのがたまらなく嬉しかった。
そしてつい先日、Bチームに昇格した連絡が入っていた。
その連絡が入っていたのは、珠季とたまたまランニング中にばったり出会う前、家を出る直前だった。
返信するのはランニングを終えて、銭湯に行った後にゆっくり返そうと思っていたが、それは叶わなかった。
ーーー
優斗から陽久の訃報の連絡をもらってから、急いで支度をして後日、駅で優斗と合流して新幹線で向かった。
その道中で陽久が亡くなった経緯について聞いた。
優斗が聞いた話によると、陽久はサッカーの練習中、急に胸を押さえてその場にしゃがみ込み、数秒後に倒れたらしい。
コーチや選手たちが駆け寄ったときにはすでに心肺停止の状態だったらしく、その場でAEDによる蘇生を試みたが、呼吸は戻らなかったそうだ。
医師の話によると、直接の死因は心疾患による突然死で、慢性的なオーバートレーニング症候群による、身体への過度な負担が背景にあった可能性が高いとのことだった。
陽久らしいとは口にできなかったが、おそらく優斗も同じことを思っているだろう。
小さい頃から無理ばかりしている陽久だったが、それには理由があり、母親への恩返しのためだった。
陽久の父親は、俺たちが小学校3年生くらいのときに病気で亡くなっており、それからは母親が女手一つで育ててくれた。
俺は「母親には感謝しかない」と陽久が以前言っていたことを思い出した。
それ以降、新幹線の中で俺と優斗が会話をすることはなかった。
ーーー
新幹線から降りて駅を出た後、タクシーを呼んで葬儀場へと向かった。
葬儀場に到着後、受付で記帳を済ませた俺と優斗は、祭壇近くに座る陽久の母親の前まで行き、深く頭を下げた。
「この度は、ご愁傷様です」
陽久の母親はゆっくり立ち上がろうとしたが、優斗が慌てて制止に入った。
「そのままで大丈夫です」
陽久の母親は小さく頷いた。
「大翔君、優斗君」
そう言って、陽久の母親は軽く笑顔を見せてくれた。
俺たちのことを覚えてくれているようだ。
「来てくれてありがとうね。陽久も喜ぶわ。ほら、最後に顔見てあげて」
そう促されて、俺と優斗は棺の前へと向かった。
そこには祭壇の花に囲まれて眠っている陽久がいた。
その瞬間、両親が死んで以来一度たりとも泣かないと決めた俺の決意は簡単に崩れ去った。
そこにはどうしても受け止められない現実が目の前にあった。
どれだけ目を擦っても、視界が幾度となく遮られる。
どれだけ涙を拭っても溢れ出てきた。
隣にいる優斗からも嗚咽が聞こえてくる。
俺は優斗の背中をさすって棺の前を離れ、もう一度陽久の母親に深くお辞儀をした。
さっきとは違い、陽久の母親は口元を両手で覆って泣いているようだった。
俺たちは席へと戻ったが、しばらくの間は呆然としていた。
気がついたときにはすでに僧侶が入場しており、読経が始まっていた。
焼香を終えた俺と優斗は閉式後、陽久の母親にもう一度深く頭を下げてから葬儀場を後にした。
ーーー
翌日には葬儀・告別式が営まれた。
焼香を終え、陽久と最後の別れの時間が訪れる。
俺と優斗は陽久が眠る棺の前へ行く。
すると、優斗が一輪の白い花を、陽久の足元へそっと添えた。
俺は何も言わずに、その隣に同じ白い花を重ねるようにして置いた。
棺の蓋が閉まる前、陽久の母親が陽久の頬に手を触れ、「よく頑張ったわね。ありがとう」と声を掛けていた。
そして棺の蓋が閉められ、陽久の姿はもう見えなくなってしまった。
「大翔君、優斗君」
俺と優斗は陽久の母親に声を掛けられた。
「お願い」
そう言って陽久の母親は、陽久が眠る棺にそっと手を添えた。
俺と優斗は黙って頷き、遺族の方と一緒に棺を霊柩車まで運んだ。
陽久が乗った霊柩車がゆっくりと動き出す。
俺と優斗は霊柩車が見えなくなってからもしばらく、その場から動くことはしなかった。
第12話を読んでいただき、ありがとうございます。
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