第10話 罪悪感
珠季の家に迎えにいく約束をした翌日。
いつものように一緒に登校したはいいが、特にこれといった会話をすることはなかった。
それは前日、俺の『よろしく』という無機質な返信が原因だったのだろう。
既読はついたが、そこから返信が来ることはなかった。
迎えに行った日も「おはよう」「おはようございます」「じゃあ行くか」「はい」だけしか会話した記憶がない。
学校に着いた後も「じゃあ」と言って、返事は「はい」とだけだった。
教室に着いたときにクラスメイトから、昨日休んだ理由について聞かれると思っていたが、優斗曰くどうやら石鏡先生が上手く言ってくれたらしい。
中間テスト2日目も何事もなく終わり、担当教員と入れ替わりで石鏡先生が教室に入ってきた。
「フットサル部はこの後、視聴覚室でミーティングあるからよろしくね」とだけ言って帰りのホームルームは終わった。
石鏡先生が教室を出ようしたときにふと目があった。
さすがに何もしないのは気分が悪いので、お礼の意味を込めて軽く頭を下げると、「気にしないで」とでも言っているかのように右手をひらひらさせて教室から出ていった。
その後、帰り支度をして教室を出て、昇降口で革靴に履き替えて校舎を出た。
他の下校生たちに混じって歩いていると校門が見えたが、そこに珠季はいなかった。
さっきの帰りのホームルームでの石鏡先生の言葉を思い出した。
「……そりゃ、いないか」
俺は久しぶりに自宅までの道を1人で帰った。
そしてその日の夜、珠季からスマホへ連絡があった。
『明日、フットサル部の朝練があるので一緒に登校できないです。あと、テスト後は部活があるので一緒に帰れそうもないです。すみません……』という文章とともにしょんぼりした顔文字が送られてきた。
「わかった」とだけ、返信した。
ーーー
中間テスト3日目。
俺は1日目を欠席したため、3日目の1教科のテストが終わった後、1日目の2教科分のテストをまとめて受けることになっていた。
3日目の最後の教科のテスト終了後、昨日と同じく担当教員と入れ替わりで石鏡先生が教室に入ってきて帰りのホームルームが始まった。
昨日と違うのは「神森君は1日目欠席したから、この後に別の教室で追試あるからよろしくね」と言ったことだった。
ホームルームが終わった後、俺は追試が行われる教室へ向かった。
扉を開けると担当教員が既に教卓の前で座っており、「テスト用紙が置かれた席に座って。合図があるまでめくらないでね」とだけ言われ、見ると中央辺りに珠季が座っていた。
「……珠季? なんで?」
俺の姿を見た珠季は軽く会釈をした。
珠季がいることに驚きつつも、俺から見て珠季の右隣の席の1つ空いた席にテスト用紙が置かれていることを確認してその席に座った。
テストが始まる前に担当教員から説明があった。
どうやら今回の中間テストの1日目を欠席したのは全学年で珠季と俺だけだったらしく、本来ならば学年ごとで分けられるはずが、2人だけだったため、一緒の教室にされたらしい。
俺は鞄からシャーペン2本と消しゴムを取り出して、机の上に置いた。
その様子を見ていた担当教員が立ち上がった。
「ではこれから、追試を始めます。私の『始め』という合図で始めてください。追試に時間の制限はありませんが、終わり次第、教卓にいる私のところに問題用紙と答案用紙を提出後、速やかに退出してください」
俺と珠季は軽く頷いた。
「では、始め」
俺と珠季はほぼ同じタイミングでテスト用紙をめくった。
ーーー
追試が始まってから30分以上が経過していた。
あらかじめ2教科分の問題と答案用紙を渡されているので、終わればすぐに帰ることができる。
ひと通り問題を解き終えたので、最後にチェックをしていた。
答案用紙は全部埋めたし、特に問題はなさそうだから帰ろうと思い、ふと間接視野で珠季を見てみると、まだ手に持っているシャーペンが動いているのがわかった。
変に残っていても不審に思われるかもしれないため、とりあえず問題用紙と答案用紙をまとめて担当教員に提出した。
「お疲れ様」と言ってくれた担当教員に軽く頭を下げて、教室を出た瞬間、テストからの解放感で思わず伸びをした。
その後、階段を降りて昇降口へ行き、革靴に履き替えて校舎を出た。
歩いていると校門が見えてきたが、当然珠季の姿はない。
ふと立ち止まり、振り返って校舎を見た。
珠季はまだテスト中だろうか。
珠季がフットサル部に入った以上、今日のように一緒に学校に行くことも、帰ることもできなくなるだろう。
とはいえ、今までが非日常だっただけでこれからただの日常に戻るだけだ。
今まで通りだ。
なんの問題もない。
最後にまた校舎を見ると、先ほどよりも小さく感じた。
俺はそのまま踵を返して歩き出した。
ーーー
中間テストが終わった翌日の土曜日の夕方。
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃーい!」
実生の元気の良い声を聞いた俺は、帽子を少し深く被ってランニングウェアの格好にランニングシューズを履き、マンションを出た。
当然のことだが、神森家では家事全般は基本的に俺が全てを担っている。
だがそのことに関して、実生は申し訳ないと感じているらしかった。
俺は別に気にしていないし、それは完全にお門違いだった。
それでもと言うのでじゃあどうすればいいのかと聞くと「何かわがままの2つでも言ってみて」と言われた。
1つでも十分過ぎるが実生は「2つ!」と言って聞かなかったために結局2つ、わがままを聞いてもらえることになった。
その二つのわがままはと言うと、まさに現在進行形のランニングだ。
フットサルを辞めてからは少しばかりか体重が増えた。
顔や体に変化が見られるほどでもないが、体重は少しずつ増えていたのは事実だ。
それに何かあったときのためにも、体力くらいは戻しておきたかった。
そしてもう一つが「サウナ」だ。
ランニングで汗をかいたあとに近くの銭湯のサウナでまたひと汗かく。
とは言っても、これを毎日続けるわけにはいかないし、そんなことの為にお金を使うわけにもいかないので、毎週の土曜日のこの時間にすることに決めていた。
ランニングコースは至ってシンプルで、俺が住んでいるマンション近くにある、車の通りが少ない閑静な住宅街を走るコースだ。
住宅街に差し掛かると、どれも一瞬しか感じられないが揚げ物や焼肉、カレーの匂いが漂ってくる。その中には今となっては嗅ぎ慣れた線香の匂いも混じっていた。
そんないつものコースを走っていると、前方から女の子がランニングでこちらに向かってきていた。
ぶつからないよう少し車道側に寄り、視線を落とす前にチラッと見ると、一瞬だけだったが顔が見えた。
「珠季!?」
「大翔先輩!?」
お互いに今までに聞いたことのない驚きの声には触れず、お互いに上から下までまじまじと見てしまった。
白い帽子に上下セットアップの黒のランニングウェア、オレンジ色のランニングシューズといった、俺と違うのはランニングシューズの色くらいだった。
いや、それよりも……
「なんでここに?」
「なんでここにいるんですか?」
「俺は毎週この時間に走ってるから……」
「私はこっちに引っ越してから毎週この時間に走ってます」
「「……」」
しばらくの間、無言が続いて息遣いだけが聞こえる状況になってしまった。
「「……あの」」
珠季と目が合った。
髪を後ろで束ねてその上から帽子をやや深めに被っており、そこから覗かせるのは少し汗が滲んだ顔と相変わらずの澄んだ瞳だった。
普段見る珠季とは違う姿に俺は呆然としていた。
どれくらい見ていたのかは分からないが、ふと我に帰って左袖で顔の汗を拭った。
「悪い。邪魔したな」
「いえ、……こちらこそ」
「それじゃ」
俺はそう言って珠季の返事を聞く前にその場から走り去った。
それからどれくらいの距離を走ったか分からないが、気づけばかなり息が乱れていた。
その場で少し休憩したが、膝に手をついてないとそのまま前のめりに倒れてしまいそうなくらいだった。
さっきの珠季の表情が頭から離れない。
別にあんな顔をさせたかったわけじゃない。
それなのに、これまでに幾度となく実生に対して抱いてきた、あの感情が胸を締めつけた。
第10話を読んでいただき、ありがとうございます。
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