I'm your one and only
※この回は妊娠中の方や、またはそれを望む方
小さな子どもに対する配慮を欠いた表現等、
後半には残酷なシーンもあります。
不快な思いをする心配のある方はお読みにならないようにして下さい。
この回を読まなくても前話と次話がつながるように作るつもりです。
読まれる方、
表現は抑えめにしており、あっさりとさせておりますがご注意下さい。
準備はよろしいでしょうか。
では、始まります。
神様からの授かりもの、と昔の人は上手い例えをする。
人ひとりを人為的に作り出す。
理論上は可能でも、理論だけで叶うものでもない。
生命が誕生するには何かの大いなる意思がはたらいているとしか思えない。
科学を志しながら非科学的な考えが浮かぶほど、事態は行き詰まっていた。
大半は卵子内の核が分裂せずそのまま失敗に終わった。分裂が認められたものも代理の子宮に移植すれば、ある程度までは大きくなった。
大きくはなるが一六週目から二十八週目のうちに胎内で死亡する。試行錯誤を繰り返すうちに出産経験者よりも経験のない女性の方が明らかに良い成長が確認された。だがそれも週の後になるほど代理腹の持ち主が何らかの精神的な異常を抱えてしまう。
胎児の能力によるものだと考えられた。
一定の成果が得られない事から、理論に技術が追い付くまでと理由をつけられ、一時研究は凍結、実際のところは中止を言い渡されたようなものだった。
決定が下されるまでに出産まで漕ぎ着け、誕生したのは六人。そのうちひとりは生後二四時間以内に死亡した。ひとりは二歳になる前に、ひとりは五歳で死亡、どちらも自身の能力に耐えられなかったとみられる。
時をしばらく置いて成功した四人目は、代理の母が妊娠中に研究所から行方をくらました。すぐに発見され、当人には知られないように監視下に置かれる。無事に産まれた子どもと密やかに暮らしていたが、数年の後に交通事故に巻き込まれて母子とも死亡。事故に不審な点のある事から原因は能力によるものだと推測された。
その一年後に産まれた五人目は、以前代理腹を務めた人物から生まれ、産まれた当初から上手く能力をコントロールしているように記録されている。
さらにそれから半年を置いて、最後のひとりは母体の具合から早産となる。しかしこちらも順調に成長をしている。
最後のひとりを産んだ母親は、元々精神に疾患を負っていた。
感情面が安定していた事と、身体は健康であった事から代理腹には問題なしと判断された。
心身の苦しみや痛みをそれと感じない、外界からの悪意ある刺激には反応しない。
幼い頃のケガで脳に損傷を抱えた事が要因とされた。
常に悲観することはなく、他人を恨んだり、何に対しても怒ったりしない。おおよそ悲しみとは縁遠い精神状態、彼女はこの世にはないどこか遠い世界、理想郷のような『幸せの国』の住人だった。
多くの母親が自分の中にエイリアンが居ると言っている中、彼女は自分の中に宿った命をまるで精霊か神のように感じている様だった。
どんどん大きくなる腹とその中の胎児を、畏れ、崇めている。
二十週を過ぎたあたりから、胎児の成長に遅れが見え始め、それを追うようにして母親の体調にも悪化が現れだした。状態は回復する事はなく、とにかく胎児を優先して現状の維持に努め、母体の耐えられるであろう限界、二十七週目に早産という形で出産になった。
誕生した子どもの経過は良好。
死力を笑顔で尽くした母親は自分の中にいた神をその腕に抱く事もできた。
十日ほど一緒に過ごした後に、母親はどこか遠いところにある『幸せな国』への不帰路を辿った。
神には『夜』という名前が付けられ、そこからギリシャ神話に登場する女神の名前を取り、プロジェクトネームは『ニュクス』と呼ばれる。
榊は自分に与えられた客室にいた。
椅子にふんぞり返り、脚は机に上げるいつもの格好で、夜があの研究所から見付けた記憶媒体を手の中で転がしている。
黒と白のちっぽけなプラスティック、ふたつの塊。胴体部分には、それぞれにギリシャ文字が刻印されている。読めはしなくてもその文字と意味は知っていた。
「ニュクス、ヘーメラー……」
どうでもいい、もう要らない、と記憶媒体と一緒に寄越してきた万年筆は、榊が兄に記念に贈ったもの。絵本は夜への誕生日プレゼントだった。
捨てればよかったのに、わざわざ渡してきた。
無かった事にも出来るのに、誰の精神も操作しなかった。
椅子から起き上がって、手のひらの黒と白を見下ろす。
中身は見ないで済むのなら絶対に見ない方がいいものだろう。
前回持ち帰ったどの資料よりも詳細な記録のはずだ。無いはずはない、研究者ならどんな結果であろうと、残さないはずはない。あの時必死で探して、探しきれなかった証明。
見たって良いことはひとつもない。損しかない。
それでも。
「……ここで踏ん張れないで、どこで踏ん張るんだってーの」
文字ファイルにざっと目を通し、忘れもしないあの日付けがタイトルの映像ファイルを開く。
飾り気など微塵もない白い部屋。
中央にはテーブルと椅子が二脚、テレビで見る刑事ドラマの取調室のように簡素な空間。
映像の中にいるのはテーブルを挟んで向かい合って座る、お揃いの白いワンピースを着たふたりの小さな女の子、それを取り囲む白衣の大人が四人。
アングルは高い位置から斜め下に向かっている。
定点固定の映像だった。
画像は荒くどうにか個人を特定できる程度。それ以前に角度のせいで頭頂部ばかりが目立って、画面の左と右で向かい合っている肝心の女の子の顔はよく見えない。
ふたりは同じようなボブカット、お揃いの白いワンピース姿で体の大きさもそう違いはない。
ただ片方の女の子は、大人でも重そうな金属の枷で両方の腕を拘束されていた。
榊はディスプレイに映った夜の頭を指先で撫でた。
当時は五歳、もうすぐ六歳になろうとしていた。
ふっくらとした柔らかい頬の感触を思い出して胸が締め付けられる。大きく息を吸い込んで、いつの間にか下に向いてしまっていた顔を上げ、画面に向ける。
もう一度ディスプレイに手を伸ばし、触れかけた指がぴたりと止まった。
同時に呼吸も止まる。
画質の悪い映像を見て、よく似たふたりの女の子のうち片方を間違いなく選んだ。
迷いも無く金属の重そうな枷を両腕に嵌めた子を夜だと思った。
『どうして私を夜だと思ったの?』
あの時の言葉が頭の中で繰り返される。
音声はひどくノイズが混ざっている。
大人の男の声か小さな女の子の声か、質問口調かそうじゃないか。その程度が判別出来るくらいで内容までは聞き取れない。
その当時に頻繁に行われていたテストなのは、内容が聞き取れなくても分かった。
簡単な質問をして、それについて答える。
指示をして、その通りにできるか試みる。
今何を考えているかわかるかな?
あの人は、お昼ごはんに何を食べたかな?
私を楽しい気持ちにしてごらん。
あの人を悲しい気持ちにしてみてくれるかな……。
箱の中に何があるか、カードの模様はなにか、触れてみて、触れないで、どこまで離れて聞こえるのか、お互い共有できるのか。
日に何度も試すこともあれば、日を置いたり、同じようなことが何度も繰り返された。
いつもはひとりずつ行なっていた実験を、その日、女の子は同時に同じ部屋に入れられた。
銀色の手枷はテストの時だけは外す。
いつもと同じように腕を引き抜くと白衣のひとりがテーブルから取り上げて預かった。
何かの質問の後に、何かを返答している。
内容は聞き取れない。
質問者の顔の向きから、交互に質問して答えている様子が見て取れた。
何度か応答が繰り返された後、何の指示も合図も無さそうなのに、ふとふたりの女の子はお互いの顔を見合い、テーブルの上で手を取って握り合った。
大人達は黙ってそれを見ていた。
ピクリとも動かず、誰一人ひと言も発さない。
映像が止まったのか音声が途切れたのか、榊がそう思い始めた時、ひとりの男が腕を振り上げ、すぐ隣にいた男の肩口に持っていたペンを突き刺した。
刺した男と刺された男の悲鳴で、スピーカーは割れてばりばりと鳴った。
何ごとか叫び声を上げながら人に襲いかかっていく。目に指を差し入れ、拳を口にひねり入れ、でたらめに、執拗に相手に拳を打ち込んでいる。
止めに入るものはひとりもいない、直立不動でその場に立ち、次に襲いかかられるのを順番待ちしているようだった。
ふたりの女の子たちは手を繋いだままテーブルから離れて逃げると、部屋の隅で身を寄せて小さくなる。
男は足を使いだした。
頭を蹴り飛ばし、腹を踏みつけ、そのまま踏み抜いた。
有り得ないような力で人の腕を捻じ切る。脚をおかしな方向に曲げると内側から弾け飛んで体から離れる。簡素な部屋と白衣の人達の色があっという間に変わっていった。
直立不動だった人々が小さなパーツに分かれて床に散らばるまで、それほど時間はかからなかった。
部屋の隅でふたり、小さく縮こまっている女の子のひとりの腕を引っ張り、そのまま持ち上げる。
残されたひとりが何度も止めに入り、その度に腕で払いのけられる。
目障りだったのかついには持っていた女の子をそのひとりに投げつけ、ふたりはもつれ合って床の上を滑り、転げていった。
ひとりはどうにか起き上がり、もうひとりは床の上でぐったりしている。
起き上がった方の首を掴んで持ち上げる。その子の頭がくたりと有り得ない角度に傾いた時、床にいた女の子が起き上がる。
男は急にがくがくと震えだし、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れて動かなくなった。
ひとり残った女の子は、あちこちに散らばったものの中を這うようにして、金属の枷を見付け出すと両方の腕を通した。
何もかも赤く染まり、小さな子どもという事しかわからない。
元々ひとりの人間の細胞から作られた、同じ人間。
どこで見分けて、何で判断できるのだろうか。
『どうして私を夜だと思ったの?』
『夜だといいなと思ったからでしょ?』
『……どっちが残ったのか、誰が、どうやって証明できると思う?』
榊は椅子の背もたれに自分の体重を預けると、両方の手で顔を覆った。
勝手に出てくるものを止めるために、きつく目を閉じ、唇を噛みしめた。
わたしはあなたのただひとり。




