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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
GIVE YOU WHAT YOU LIKE
75/83

ファイター






目が覚めて、隣の部屋に電話をかける。


呼び出し音がしばらく続く。なんだか嫌な予感がして隣のドアを蹴やぶらないといけないのかと考えていると、やっと受話器が取られた。


「はい。……だれ?」

「おはよう、夜。……目が覚めた?」

「おはよう、リュカ。おふろはいってた」

「そう……途中で出てきたの?」

「うん……あー……ゆかにあわが……あしあとできてる」

「風邪ひくね……戻って。また後でそっちに行くから」

「わかった。あとでね」


電話を切ってひとりくすくす笑っていると、隣でもそもそと史隆が動いた気配がする。


「……なーんか、やらし……」


枕に半分顔を埋めて、史隆がリュカを見ている。

パンイチの男同士。その上のこの状況に改めて反吐が出そうになる。

取りあえず史隆はベッドから蹴落としておいた。





階下のレストランで朝食をもりもり食べている三人に、スーツ姿の男が穏やかな笑顔で近付いてくる。

上等そうな濃いグレーのスリーピースを着た男はテーブルの横に立つと少し腰を折る。


「お早うございます、お迎えに上がりました」


夜の部屋に電話をした後、理事長に連絡を取っていた。送り込まれた男は蓮見と名乗る。

自分は監視役だと告げて、一歩下がると深々と腰を折る。

無駄のない洗練された雰囲気なのに腰が低い。取り繕わず正直に立場を明かすその人は悪い人ではなさそうだ。

だからこそ、朝早くから、しかも急に子守なんかを押し付けられて、かわいそうにとリュカと史隆の眉が八の字になる。


「……お気の毒に」

「いいえ、お気になさらずに。お相手を務められるのは私ぐらいしか居りませんで……こちらこそ申し訳ございません」

「えー? 蓮見さんて何してる人?」

「はい、私は一之宮家別邸の執事頭を任されております」

「執事!」

「はい」

「マジで?! すげー……ナマ?! 生執事だ!! 俺初めて見た!」

「光栄です」

「……ていうか、そんなとこ立ってないで、こっち座ったらどうすか?」


史隆はひとつ空いている自分の隣の席を少し押した。

蓮見は一歩引いた位置で綺麗な立ち姿のまま、申し出を断った。


「おお……ザ☆執事って感じだぁ……俺、感動しちゃった」

「しつじってなに?」


知らない成人男性の登場にまたも人見知りを発動していた夜は、やっと慣れたのかリュカの陰からちょっとだけ顔を出して質問する。


丁寧に、しかし簡潔に仕事内容を蓮見は説明する。何となくは知っていても初めて聞くその話に、執事ってそこまでするのかとリュカも史隆も感心している。


「……はじめまして、夜といいます。よろしくおねがいします」

「こちらこそよろしくお願い致します、お嬢様」

「ハイ! 生お嬢様いただきました!!」

「うるさいな史隆……いいからよろしくたのめ」

「あ、はい。すみません」





蓮見の運転する黒塗りの高級車で、あの研究所に向かう。

はじめは賑やかにおしゃべりをしていたが、自然に口数が減っていく。見覚えがある道を通り、見覚えがある建物に車は横付けされる。


「……建物、ちゃんとあるな……」

「現在は封鎖されて立ち入り禁止となっております。近々取り壊されると伺いました」

「へぇ……」


蓮見が素早く車を降りて、後部座席のドアを開ける。


「少々こちらでお待ち下さい、施設の電源を入れてまいります」


すでにその位置は確認済みの様子で、蓮見は建物の裏手に向かって足早に歩く。


心の準備をすっかり整えて、覚悟を決めていたのに少し拍子抜けした。

よく考えればすぐに分かる事だが、これから行くのは地下だ。しかも使われていない施設に何の準備もなく入れる訳がない。


「だよなぁ……昨日来なくて正解だった」


あんな事があった場所、しかも逃げ場がない地下の真っ暗闇。その中を歩くなんて怖すぎると史隆は自分の両腕にびっしり立った鳥肌を手で擦る。



三人は車から降りて、表玄関を見る。

ガラス張りだった受け付けは、今はガラスが取り払われ、枠に板がはめ込まれ中が見えない。

表のロータリーから、左手にある職員通用口に向かった。


リュカが壊したドアは取り替えられて、更にご丁寧に燃やしたのか周りが黒い煤で汚れ、他にも至る所に傷やへこみを作り込んで、事故の凄惨さを演出してあった。


「念入りなことで……」


史隆がドアを触り、煤を指で拭い取る。


「……ここ?」

「そうだよ……大丈夫?」


リュカに聞かれても、何に対して聞かれたのか分からない。夜は少し首を傾げた。


「……そとから見たのは、はじめてだから……」

「……そうか……そうだね」


夜の頭を優しく抱え髪を撫でる。

今度はリュカに向けて夜が大丈夫かと問いかけた。




程なくして戻ってきた蓮見が、今回は鍵を使ってドアを開けた。


中の通路はドアと同様、見事に焼かれて工作は完璧にされていた。

壁や天井には煤が走り、床や部屋に通じるドアは熱で溶けて変形している。様々が焼け焦げた鼻に付く臭いが、一年経っても未だに残っている。


この通路を見れば所員の家族も諦めがついて、奥まで踏み込んでしかも地下に行こうとは思わないだろう程度に酷い状態だった。




蓮見はさすがに内部の事までは知らないので、一番後ろから付いて来ている。


リュカと史隆は、蓮見に相当きついからと何度も忠告して付き添いを断ったが、仕事なのでご了承下さいと言い張られてしまった。


通路のドアも特にロックが掛かっていない。

エレベーターも誰でも使えるように情報を書き換えられていた。地下に降りる狭い箱の中で、もう一度覚悟を決めて腹を括る。

掠めるのは今も生々しいあの時の記憶だけだった。

地下に着いてドアが開く前、無意識で息が止まっていると気が付いた。史隆は深呼吸すると、両方の手で頬を叩いて気合を入れる。




扉が開いて目に映ったものは通路の何人分かわからない血の足跡。

あっち向きにもこっち向きにも頓着なく踏み付けられ多方向に行き来している。

三人の後ろに控えていた蓮見が息を呑んだ。

史隆が気を使って上に行く事を勧めても、時間をかけて明確に且つ丁寧に申し出を断られた。



全員でエレベーターを降り、錆色で覆われた通路の奥に足を踏み出す。

全部の遺体は回収されていて、痕跡だけが残るだけで、どこにもそれらしいものは見当たらなかった。

リュカ達のその後に更に他の複数がそれぞれの目的で荒らしていったのが一見してすぐ分かった。

フロア全体がまんべんなく荒れ放題に荒れたままにされている。


「夜? どこか行きたい所があるの?」


手を繋いでいた方を向いて、リュカが問いかける。


「……うん、もういっこ下にいきたい」


そう言うと今度は夜の方が前に出て繋いだ手を引いた。複雑な通路を迷いなく進み、その下に行くエレベーターの前に到着する。

が、こちらは完全に動かないように止められていた。ボタンを押しても何も反応しない。


「……こっち」


少し戻って別の方向に夜は進んで行く。目的のドアまで来ると、ノブに手をかける。


「……あかない」


開かないドアといえばでお馴染みのあの人が、夜とその他を下がらせる。

ノブの辺りに足の裏を当て、力任せに押し開ける。

鈍い音と金属の擦り合わされる高音とが同時に鳴る。音は閉鎖空間で反響されて何倍にもなって耳に入ってきた。

からんと遅れて落ちたドアノブが通路に転がる。


「ドアノブ……っふ!」


史隆がひとり楽しそうに声を上げて笑い出す。

リュカはドアの中を覗き見て、明かるくて良かったと笑いを堪えて振り返った。




いくらその中で人命を無視するような非人道的な研究を行っていても、建物はちゃんと命を守れる造りをしている。


「……階段かぁ……そりゃあるよね、非常階段くらい」


更に狭い空間で、史隆の声が反響している。階段を下りる靴音や衣擦れさえ響いて聞こえた。

階段の終点にはもう一枚のドア、だがこちらはすんなりと開いた。


少し離れた奥の方にエレベーターホールが見える。

こっち側はあの時誰も来なかった場所、位置的に所長室の裏手にあたる所だった。


「……こっち側」


リュカが小さくこぼす。

夜は握られた手に少し力がこもったのを感じて、歩きながらリュカを振り返る。


「来たことあるけど……」


病院によくあるタイプの白い引き戸の前で足を止めた。


「……このドアはいつも鍵が掛かってて……」

「わたしのへやだった」


リュカはひゅっと息を吸い込み両手で顔を覆う。

後ろに下がり、そのまま通路の壁にぶつかってずるずると座り込む。


この研究所に居る間に何度も来て、その度に鍵が掛かっていて、ついに無理矢理開ける事はしなかった。





考えないようにしていた。

数年の間は確かに夜と同じ建物に居たこと。

敢えて答え合わせはしなかった、ここに居る間は辛すぎて、何かを手放したり諦めたりするのが癖になっていた。

夜もきっと同じはずだから、だから今まで話題にしなかった。


夜を傷付けたくないと言い訳して、自分が傷付きたくなかった。



「……何回もここに……ここまで、来て……夜が、いたのに……ごめん。……本当に……ごめんなさい、夜……」




大暴れの末に勝ち取ったちょっとした自由だけで満足していた、あの時の得意気な自分が許せない。


色んなものが足りていなかった。

あの時の自分にもう少し想像力があれば、

もう少し好奇心が強ければ、


もう少し諦めずに行動していれば……もう少し。


あともう少しだけで何かが違ったんじゃないのか。



自分の存在を散り散りに引き裂いてやりたい。

後悔で押し潰されて消えて無くなればいい。


ぎりぎりと体に力が入り、筋肉や筋が引き絞られていく。

体を小さく縮めるリュカの前に両膝をついて、夜は金色の頭を抱きかかえた。


「……もうかぎはかかってない」


いやいやをするように頭を振る。

少しだけ夜は腕に力を入れる。


「いまはいっしよにいるよ」


押し殺されて、それでも堪えきれなかった声が息と一緒に吐き出されて、止まらない。




史隆が自分の顔をぐっと腕で拭った。

立っていられなくて、リュカのすぐ隣に腰を下ろす。



夜はしばらく大丈夫だと繰り返した。















新キャラ投入。


このあと存在感皆無だった蓮見がどこかから取り出したティッシュをそっと渡しますよね、もちろん。


気配り上手で人のお世話が天職の男、蓮見。





生粋のマジお嬢様(そんな年齢じゃないけど)いるじゃないですか、後々名字が変わるあの人ですが、アレですよね。

お似合いですよね、蓮見と。

ふふふふふ。


うーん。

いつ名字変わるんだろ……。








さあ。

さて。


困った時のタイトル引用。


今回のタイトル、ゲロ吐きそうなほど悩んで悩んで、ここに行き当たり鼻血が出そうになりました。


歌詞と曲調がハマりすぎて眩暈がします。

有名すぎてちょっぴりアレな感じですが。

いいじゃん細かいことは!!ビバ!相乗効果!!


なにとぞチェックの程を。


BUMP OF CHIKEN『butterflies』収録曲

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