ひきだし。
上の階と同様、用のある誰かが用件を満たすために部屋の中を引っ掻き回し、そのまま散らかった状態だった。
クローゼットもバスルームへ続く扉も全て開け放たれている。
白で統一された病室によく似た部屋。
夜はそのクローゼットに走り寄る。
四段引き出しがある木製の箪笥の前にしゃがみ込んだ。中途半端に開かれてその中まで誰かが探った痕跡が残っている。
夜は気にせず一番下の段を全部引き抜いて床に置いた。かき回された布をわけて、底の奥の方から手のひらふたつ分程の小さく薄い本を取り出す。
「……あった!」
夜は嬉しそうにその本を抱きしめる。
榊にもらったのだと誇らしげに皆に掲げて見せ、また大事そうに両腕で抱えた。
「たからものだから……」
淡い色使いのシンプルな絵とひらがなだけの短い文章。
それは小さな子ども向けの絵本だった。
座り込んで本を開いている夜の頭の上から、史隆が話しかける。
「あれ、そこ破れたの?」
一ページが完全に破れて取れた後、三つに分かれたページをもう一度繋ぎ合わせてある。セロハンテープでとても上手とは言えない補修がしてあった。紙に残るしわは、一度丸めたものを丁寧にのばした跡だった。
「……けんかして、やぶれた……」
「えー?誰とケンカしたの、先生?」
「……わたし……?……わすれた……だれ?」
「いや、俺に聞かれても」
少し黄色く変色したテープを指でなぞり、破れた原因を思い出そうとするけどその部分が破り取られたようになくなっている。
「……ーーー他に宝物はある?」
「ある!とりにいこう!!」
立ち上がり部屋を出て行く夜の後を、男共が一列になって付いて行く。
史隆は自分だったらジョブは盗賊だなとどうでもいい事を思い付き、でも作戦名はガンガンいこうぜではなく、いのちだいじにだとひとり笑いをこぼした。
裏側の所長室も同じく部屋は荒らされていたが、他とは少し様子が違う。どういう分類かは分からないが床の上でものが分けられており、山になったり、きれいに積み重なったりしていくつもの小島が形成されていた。
夜はそれらを一瞥もせずに奥の書斎に入る。真っ直ぐ最奥の机に行くと椅子に座って右手にある幅の狭い引き出しの一番上を開けた。
その中もぐちゃぐちゃだったが、細々した物をかき分けて革製の長細いケースを探し当てる。
手に取ってケースの蓋を開けてみると中身がない。ペンが一本入るだけのくぼみが空いている。
「……ない……」
「ーーーそれではないですか?」
残念そうに眉を八の字にしている夜に、静かに蓮見が歩み寄る。
夜たちがいる位置からは死角になって見えないが、少し離れた蓮見からは見えていた。
机の側に落ちているペン立ての周りに散らかったペンの内から艶のかかった濃紺の万年筆を拾い上げ、夜の持っているケースに収めた。
「これ!!」
「え?!蓮見さんどうして分かったの?」
「ケースに見覚えが……高価なブランドですから、これではないかと思いまして」
床に散乱しているペンはどれも量販店で見るようなプラスティック製ではなかった。史隆にはどれも高級品に見えたが、蓮見はその中で特定のブランドの万年筆を遠目で見つけた。
「ふおー……さすがですなぁ……」
「恐縮です」
そっとケースの蓋を閉じて机に置くと、その上に両手を乗せた。
「それも宝物?」
「うん……これは所長の……たからもの」
机を挟んで向かい合う史隆を見上げていた夜が、かくんと首を傾げる。
つられて同じ方向に史隆も首を傾げた。
「どしたの夜」
手元に視線を落として思案の色を浮かべている。
急に思い立ったふうにケースの蓋を開け、中の万年筆を取り出すと、更にその中敷きを外そうと爪を立てた。
「え、え?何してんの?」
かりかりと引っかくと手応えの後に中敷きが外れる。その中敷きの裏側には小さな鍵が固定されていた。
「うーわ、鍵出てきた!」
ひとり興奮して史隆がきゃっきゃしている。
小さくて単純な形の金属は酸化して曇って見えた。
夜は鍵を取ると手のひらの上に乗せ、それを握る。
「ねーねーなにその鍵、何の鍵?」
しばらく視線はここではないどこかを見ていたが、やがて焦点が結ばれて握った手を見る。机に乗った様々を横に払ってどけると、万年筆のケースが入っていた引き出しを机から抜いてそこにどかっと乗せた。
引き出しには金属の持ち手が付いていて、その下には小さな鍵穴がある。
見事に鍵は鍵穴にぴったりで夜はその鍵を回そうとしているが、なかなか回らない。
そもそも引き出しが開かないように閉じておくための鍵で、引き出しを外してしまっては使えない。
男三人組は夜が何の意味も無い事をしているように見えて仕方がない。
「……それ違くね?使い方」
「リュカ……これやってください」
すぐ隣に居たリュカを見上げ、椅子に座ったまま横にずれて場所を空けた。
引き出しに手を掛けるとリュカは壊さないように慎重に鍵を回す。耳に障るような木の擦れ合う音。鍵は半回転したところでもう動かなくなった。
「……これでいい?」
「うん。ありがとう」
夜は立ち上がって引き出しの持ち手が付いた前面部分の板を掴んで引っ張り上げる。
分厚い板は簡単に引き抜けて、夜はそれ以外を机から払い落とした。
その行動と落ちたものが立てる大きな音に、リュカたちは驚きの表情で声を失う。
本を開くようにして板が二枚に分かれる。装飾で入った模様の所で板同士が合わさるように出来ていた。そうだと分かってよく見ても、その部分が分かれるとは見えない精妙な作りだ。
内側には小さな空間があって中には記録媒体がふたつ入っていた。
夜はそれを机の上に出して、手に持っていた板の片割れを振り上げる。
何をするつもりか分かったリュカが夜の腕を軽く掴んで止めた。
「……壊すの?」
「……どうしよう……わからない……やだ!うるさい、あっち行って!」
手を振りほどいて、板を床に投げ付けて耳を塞ぐ。
リュカも史隆も夜の手首に目がいく。いつもと同じようにいつもと変わらない数の腕輪が嵌っている。
「……分かった……ちょっと離れるから」
史隆と目を合わせてふたりは一番離れた出入り口側の壁際に行った。事情が分からないはずの蓮見も空気を読んで同じように行動する。
この施設に入ってから、特にこの部屋に来てから夜が能力を振るっている。
明らかに混乱した様子で声を荒げる夜を見たのは初めてで、リュカは何もかも自分の所為のような気がして己を責める。それでも今はそんな場合ではないと思い直し、穏やかにと意識して声を出す。
「夜……それをどうしたら良いと思う?」
「……わからない」
「そうか……それは『いいもの』?『わるいもの』?」
「……わるい……でも……」
「壊さない方が良い?」
「……わからない」
「決められないってこと?……俺に話してみる?……それとも先生に話して決めてもらう?」
「どうしよう……」
「……壊すのは、今じゃなくてもできるから……ゆっくり考えたらいいよ」
顔を上げた夜がわずかに頷いた。
リュカも頷き返して、隣に並ぶ蓮見を見据える。
「全部……報告しますよね」
「その為に居ますから」
「……ですよね……じゃあ、今は渡さないってのも付け加えておいてもらえます?」
「……はい。では、そのように伝えさせて頂きます」
夜が落ち着いた雰囲気なのを見計らって、史隆がふらりと壁から離れる。
「……ふたりともやめてもらえる?にこにこ笑いながら……超怖いんですけど」
そのまま部屋を横切って床に払い飛ばされた絵本と万年筆、ケースを拾い集めて、元の通りに収めてから夜に手渡した。
来た道を逆に辿る。
今度は一番後ろをゆっくりと遅れて付いて来る夜を振り返り、リュカが手を差しのべる。少しの間が空いてゆっくりとその上に手が乗せられた。
手を握ると握り返されて、その時初めて不安で緊張していたと分かった。
許されたと、まだ自分に夜を守る権利があるとそう思える。
誰にも知られないように静かに溜息を吐き出した。
少し前から夜がぼんやりとした様子で瞬きの回数が多い。
「疲れた?眠たくない?」
「……ねむたくない」
どこか調子の悪い所が無いかと聞いても、何ともないと答えた。額と首筋に触れても、熱はなさそうだった。
自力で歩くと言うのでゆっくりと歩いて施設の外に出る。
早々に車に乗り込んで、蓮見が戻って来るまで待機している間に夜はリュカに寄りかかって目を閉じた。
「やっぱ眠かったのかな」
横から史隆が夜の頬をつついた。
「触るなよ」
「……やきもちやき屋さんめ」
能力を使った後だからそうかもしれないと思いつつ、いつもとは何か違う気がしていた。
体調が悪そうな顔色でもないし、そこまで疲れてはいないはずだと考えて、胸の中がもやもやする。少し揺すってみても何も反応が無い。
「……夜?」
「失礼……よろしいでしょうか?」
いつの間にか戻って来ていた蓮見が運転席から体を捻って後ろを見ている。
向き合うように体勢を替えて夜の手首を持つと自分の腕時計を見た。わずかに眉をしかめて今度は瞳孔を確認して頸動脈を押さえる。医師のしそうな一連の動作をした。
すぐに向き直って車にエンジンをかけた。
「どうぞ、別宅の方にお越しください」
「夜……どうかしたんですか?」
「私は医師免許を持っておりませんので、はっきりしたことは申せませんが……意識不明の状態に近いと思われます」
この章、1話平均3600文字強ですよ。
何回ひきだし言うとんねーん。
ここまで回数出てきたら面白くなったので言葉を置き換えたりしなーい。
そんな訳でこのタイトル。
蓮見のひきだしも多いよねってね。




