ドアの内側、あれやこれ。
「ぴーんぽーん」
インターフォンのボタンを押しながら、史隆は中の人を呼び出す呪文を唱和していた。
良い子はもうそろそろおやすみの時間に、すんなり建物に入れる訳もなく。
指定された研究所の入り口にふたりは立っていた。
「ほら、夜も一緒に」
ボタンを押すと聞こえる電子音と一緒に、声を合わせて呪文を唱える。しばらくすると返事があり、用件の内容にすぐ行きますと返答があった。
出てきたのはいかにもな雰囲気の白衣の男。外は常夜灯ひとつだけで暗いので、照明の灯った明るい玄関内に招き入れられる。
民家の倍ほどしかない広さのそこは、もともと来客があるような場所ではないような、誰ももてなす気が無い、そんな空気が漂う場所だった。
明るい屋内に来て、改めて史隆は受け渡す相手を見た。
誰も彼もが同じに見える。研究者はこうじゃないとなれないんじゃないかと思うくらい似通っている気がして、なんだか胸が悪くなる。
なんの前置きもなしに少し興奮気味にリュックを受け取ろうとするその人の表情に、顔に熱が集まっているのが分かる。喉が苦しくなって、史隆は今、自分が泣きそうになっているんだと自覚した。
リュックを持つ手に自然と力が入る。
なんだ、こいつのこの顔。
中に何が入っているのか。
中身を何に使うのか。
俺たちが、この横にいる女の子が誰なのか、それを言ったら何かが変わるだろうか。
あそこと同じような事は起きずに、もしかしたらたくさんの人が苦しまなくて済むんじゃないのか?
史隆の腕に、手がそっと添えられる。その手首には銀色の腕輪が何本も重なっている。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
いつものようににこにことしている夜を見て、目を閉じるとゆっくり深呼吸して腕から力を抜いた。
夜が構わないと言った事を、夜の意思を尊重すると決めたのを思い出す。タクシーの中で自分と折り合いをつけろと何度も繰り返した。
早く新しいおもちゃを渡して欲しい、そんな顔をした白衣の男にリュックサックを手渡す。
荷の状態を聞かれて、夜が短く答える。
何度も口にしていた言葉、問題ない。
「……それ、何に使うの?」
男は少し眉をしかめたように見えた。
「その中身が何か知ってるよ。それ、どうすんの?」
「研究……材料だが、君には関係ない」
「あんたの方が関係ないって。……どうするつもりかって聞いてんだけど?」
鼻で笑って吐き捨てて言う。当たり前に状況が飲み込めない様子で 返事もままならない白衣の男に、おいと声を掛けながら大きく一度だけ手を打ち鳴らした。
完全に史隆に気圧されている。
「……もういい、史隆……なあ、お前」
話を振られた男は、今になって初めて夜を見たかのようにびくりと反応した。男は実際に待ちわびた荷物の事しか見てなかった。
「ありがとうは?」
何を言われたのかわからないと男の顔に書いてある。
「こんばんはとかはじめましてはいらないけど、ありがとうぐらい言え」
研究所のドアを開けた瞬間に、外に向かって夜がいきなり走り出した。
「え、ちよっと、夜?!」
向かっている先を見て、史隆はさらに声を上げる。
走る勢いがそのままの夜を抱き留めて、エネルギーを逃す方向にその場でふたりはくるくると回った。
「ルカ?!なんでここにいんのー?!」
「それはこっちの台詞だよ」
リュカの腰に手を回している夜の顔を、リュカは両手で優しく包んでいる。ふたりは見つめ合っているが、話は史隆に向かっているのが声色で分かった。
「俺達、仕事を頼まれて……」
「俺たち?……頼まれたのはお前ひとりじゃなかったか、史隆?」
「うふふ?……知ってた?」
「先生に聞いた、色々とね」
「あららぁ……そうかぁ」
「夜?こいつに何か変な事されなかった?」
「しんかんせん乗った!ひこうきも見た!あと、車と……あと……たのしかった!!」
「そうか……良かったね」
「はい!よかったです!!」
丸三日ぶりの夜のあまりのあんまりさが有り余り過ぎて、リュカがむぎゅむぎゅと抱きしめたりキスを繰り返していると、史隆がわざとらしく咳払いをする。
「ちょっとやめてよ、道の真ん中で……俺、なんか、恥ずかしい」
腕の中で夜の背中がぶるりと震えた感覚がして、見おろすとわずかに頬が赤くなっている。
「……はずかしい……!」
いつか史隆に教えてもらった感情を思い出して、夜は自分の顔に両手を持っていく。
リュカは小さく笑って溜息を吐くと、夜を名残惜しそうに開放した。
時間が遅いからと夜の希望はまた明日に延期した。
無許可で施設に侵入するよりは、ちゃんと言うところに言っておいた方があとあと面倒がなくて済む。もう一度出直すことにして、今度は三人で駅の周辺まで戻ってきた。
少々お値段が張る部屋をふたつ押さえて、今晩はここに一泊となった。
隣り合わせた部屋の片方に三人で入る。
部屋探検を始めた史隆隊長の後を、ただひとりの隊員、夜が付いて回っている。
やかましくドアというドアを開けては中に入って物色している探検隊をやり過ごして、リュカは部屋の一番奥、窓辺に近いテーブルセットまで行くと、大人しめの夜景を背負い三人掛けのソファにゆったりと腰掛ける。脚を組んで吐息と共に指先を全部合わせるとその上に置いた。
「さあ。……それで?」
続きを求めて話を促すが、特にここまで会話らしい会話はなかった。
ただ微笑んでいるリュカが怖すぎて、さっさと探検をやめた史隆は、リュカの向かいのソファの上に靴を脱いで胡座をかいた。
「夜はこっちにおいで?」
横に夜を侍らせたリュカが、どうしようもなく魔王様に見えるので素直に口に出すと、部屋の温度が変わった気がする。
そこはあえて放っておくことにして、史隆は夜がそう希望したと再三交えながら、これまでの事を私見は省いて一から話した。
リュカも夜も余計な口は挟まず聞いていたが、最後に夜が楽しいデートだったと締めくくる。
リュカの笑顔に、史隆から緊張と恐怖がきれいに混ざり合った変な笑い声が漏れて出る。
三人三様に笑顔を浮かべていたが、状況を打破するために史隆が話し始める。
「どうしてルカが竜間にいるの?」
「……仕事でね、ここに用があって来てたんだよ」
「そうなんだ。いやマジびびったんですけど……ストーカーかと思っちゃった」
「何かな、史隆。何か言った?」
「んーん?んんんん何も言ってない!」
「……行き先は先生に聞いてたし、着きそうな時間まで待ってた」
リュカは肩に回した腕の先で夜の髪の毛を指ですくいくるくると弄んでいる。
「ふーん……どっかそんなとこがあんの?」
「駅からだろうと思って、そっち方面のカフェ……タクシーで通ったろ?」
「え、なにカフェなんかあるんだ?!」
「そりゃあるだろ、カフェぐらい」
学園ですらあるのにとリュカが付け加えて、史隆もすぐにそうだなと納得した。
一年前、到着した時は寝ていたし、帰りはそれどころではなかった。今回だって日は暮れてしまって周りを観察なんてしなかった。そもそもそんな余裕は史隆にはなかった。
「詳しいね、ルカ」
「まぁ、いろいろあるよ……」
横にいる夜がもそもそ動いているのでそっちを見ると、寝やすいように態勢を変えているところだった。
「ダメだよ、こんな所で寝たら……」
リュカは夜を抱き上げてベッドに運ぶと、ゆっくりと寝かせる。
おやすみと言い合い、お決まりのように額に口付けをし、絵に描いた恋人ぶりを披露している。
居たたまれなくなった史隆がリュカの後ろに来て無言で手を出した。
「なに?」
「カードキーちょうだい。俺ももう眠たいから部屋に行く」
「俺も行くから、ちょっと待ってろよ」
「え?!」
「えってなんだよ」
「……俺の方が寝かせてもらえないの?」
「……どういう意味で言ったかによる」
史隆の頭を掴んで床の方にぐいぐい押すと、そのままぺいっと放り投げた。
隣の部屋は反対向きに同じ作りなのに、史隆はここでも家探しをする。取りあえず初めての場所ではこれをしないと気が済まない。
それともうひとつ、さっきはするタイミングを逃していた、ベッドにダイブを決めてやっと落ち着いた。
「すごいな、ルカは」
「……なんだよ急に、気持ち悪いな」
「いや、理性がよく続くよなと……」
「そこかよ、褒めるところ」
「いやー。尊敬しちゃう」
「……言ってろ。先、風呂入る」
「……お風呂でなにすんの?」
「お前、廊下で寝ろ」
「あ、なに?廊下って外のこと?!……いて!……ゴメン!ごめんなさい!痛いって!……ちょ、離して下さい!!」
それはそれなりに楽しい感じな男部屋に史隆の悲鳴が響く。
寝る前になってその時間帯特有の空気に史隆は、荷を受け取ってから渡すまで、なにを考えてどう思ったのか、素直にリュカに話した。
お前の気持ちも夜の気持ちもよく分かると最後に言って、リュカは布団をかぶる。
結局寝付くまでに相当の時間が必要だった。
安定の情緒不安定回。
とかいいつつ。
さぁ、これからですよぅ。
さあさあ。




