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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
GIVE YOU WHAT YOU LIKE
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おかしなふたり。






平日の夕方だからなのか普通車ではないからか、車両の中は人がぽつぽつといる程度でどの乗客も旅行という感じではない。

こちらも仕事での移動だが、何せ年齢と服装で全然そうは見えない。背負ったものも含めて若干不安な感じがする。

挙動不審にならないように落ち着いて行動しようと軽く深呼吸しつつ、史隆は自分にそう言い聞かせた。


夜を窓側の席に座らせて、史隆はリュックを床に下ろし、自分と夜の足の間に挟むように置いた。


出掛けてからというもの、ほぼほぼ笑顔の夜はパワーダウンせずに、ついに新幹線に乗車できてテンションがさらに高くなっていた。

発車間もなくしてシートを倒してみたり、テーブルを出したり収納したり、窓に張り付いてみたりと色々落ち着きをなくしている。

小さな子どもを連れたお母さんばりにひとつひとつ行動に注意して面倒を見る。いつもは言われる側の史隆が今日はあれこれ忙しい。


これを大人しくさせるにはと躊躇せず奥の手を繰り出した。


さっきホームの売店で買った飲み物とお菓子を夜の目の前に置く。ちゃんと座りなさいと言葉を添えて。


夜が良い姿勢できちんと足を揃えて座り直す。

史隆は大仰にこくりと頷いた。

いただきますと手を合わせて、目の前の小さなテーブルに置かれたチョコレート菓子の箱を丁寧にぺりぺりと開封する。中の小袋のひとつを史隆に渡し、自分もひとつ手に取って落とさないように慎重に開封し、ゆっくりと食べだした。

これでしばらくは落ち着けると史隆は背もたれに体重を乗せる。



落ち着いてみると気になるのが、ふたりの足の間にあるリュックの中身だった。



夜がリュックを預かっていた間、荷物の中身に興味が湧いて、少しだけその容器に触れていた人々の考えを読み取ったと、そう話していた。

そのすぐ後には新幹線が気になってそれどころではなくなったらしく、詳しく説明は聞けなかった。

史隆なりに今向かっている先を含めてどう切り出そうか考えていると、視界の中にお菓子の小袋がにゅっと入ってくる。

それを差し出している夜は頭をかくんと傾けた。

可愛らしい夜を傷付けたいとはひとつも思わないけど、どう足掻いたって自分に気の利いた質問ができる気がしない。


「どうした史隆、たべたらいいよ?」

「うん、ありがと……あー……のさ。これの中身のことなんだけど……」


史隆は足先をとんとんとリュックに当てた。


「中身って夜のその……卵子? が入ってんの?」

「わたしのじゃないーーーでももとはわたしのだけどな」

「うん?……ゴメン分かんないわ」

「むかし生きてたわたしの卵子と体細胞をつかって、おなじ人間を作った、それが……今ここにいる、わたしだな」

「んんん? ちょっと待って……それってクローンとかってやつか?」

「とかってやつだ……だから、これはわたしの卵子じゃなくて、むかしのわたしの……わかる?」

「うーん……ちょっと考えさせて」

「いいぞ。チョコたべろ……な?」


史隆は難しい顔をしながらチョコレート菓子を噛みしめる。


夜が来ることになった時、そんな話を誰かが言っていた気がするけど、基本難しい話はスルーするようになっているのでちゃんと聞いていなかった記憶がある。それよりもずいぶん前に、映画だかゲームだかのストーリーからクローンの話になった事があった。その時、都に分かり易く説明してもらったはずなのに、それも詳細が思い出せない。気持ち良いほど何も残っていなくて、そっくりそのままコピーする様なもんだと、そこだけしか思い出せない。


「……最初のひとりから夜と、この中身を……作った?」

「うん」

「夜のお父さんとお母さんは……」

「さいしょのひとりの両親がそれだ……『夜』を産んだひとがいるから、おかあさんはふたりいる」

「はいはい……何となく分かってきた……けどそもそもひとりの人から人間ができるって所で躓いてるけどね!」


生き物が産まれるイコール父と母、から史隆はなかなか抜け出せない。ひとりの体からおなじ人間を作れると、もしも理屈が解ったとしても心情的に理解が及ばない。


「できたわたしがいるんだから、もうこまかいトコは気にするな」

「そうしよ……あ、でもさ。じゃあ、例えばだけど……この中身が大きくなったら、それはみんな夜になるの?」

「……見た目はにてるけど、のうりょくとかせいかくがちょっとずつちがう」

「……ーーーそれ、例え話じゃない……よね?」

「うん、前にいたからな、なんにんか」

「……おおぅ……ーーーキツい……厳しいっス、夜さん……」

「……なに?」




ふたりに決定的な違いがあると史隆は思い至らない。


夜の複雑な生い立ちを慮り、それによって心が痛む。

同じように複雑な生い立ちの史隆は想像するより先に感情が先走りそこに辿り着く。でもそれは史隆がそこらにいる普通の子どもよりも心身ともに痛みを知っていて、だからこそ、そこらにいる普通の子どもよりもたくさんの愛情をもらってきた。正しい教えを正しく受け取って素直に育ってきたからこその話だ。

生命はみな平等に大切だと教えられ、それは違うかもしれないと経験で学び、ギャップに悩みながらも奥深い部分で尊いものだという根をしっかりと伸ばしている。


夜にはそれが無かった。

理論に基づいて構築された沢山いる内のひとりだ。運良く生き残った、だからたまたまここに居るだけ。自分の周りは掛け替えのない存在だが、それなら自分もそうだとは思わない。

実際に足元にあるのは沢山用意された代替物だ。



「……えーと、夜さん? これこのまま運んじゃっていいんすかね?」

「とくにもんだいない。中身のじょうたいもいいし、ガスももれてない」

「そうっすね……じゃなくて。ホラ、ちょっと前にルカと瑛人の肉とかを捨てたじゃん? なんか臭い薬使って」

「えんさん」

「そうそう塩酸使って……は、いいんだけど。このままさ、持って行って渡したりしても良いのかな?」

「それがしことだ」

「そうだけどぉ……自分の体を悪い事に使われたくないって、ルカは捨てただろ? 夜は何か変な事に使われてもいいの?」

「リュカのは本当に自分の体だったから、自由にしたらいい」

「これだって夜の体たろ」

「『夜』のじゃない。わたしのほうがいちぶで、これのなかみもそう」

「……そうだけど……んぁぁああ! 何て言ったらいいんだ!!」

「おちつけ、史隆。チョコどうぞ」

「……うぅぅぅぅ……どうも……」

「べつにもんだいない」



唸っている史隆に小袋を差し出して、夜はひとつも悪怯れない表情で問題ないと繰り返した。

卑下も悲しみもその目の中には無い。あるのは自分の為に心を痛めているだろう史隆に対する優しい気遣い。

大丈夫と小さくてもはっきりした声で言い、いつまでも受け取ろうとしない包みの封を慎重に開けて史隆の手に待たせた。



「これから行くのは研究所なんだけど……竜間の」

「……そうか、わかった」

「あと……2時間もしないうちに近くの駅に着くし、そこからはバスかタクシーか……それまで考えて欲しいんだけど」

「史隆はすてたいみたい」

「俺はね……その方が良いと思う」

「わたしはしごとをちゃんとしたい」

「……うん」


今更ながら史隆は自分達の会話が通常では有り得ない内容だったのに気が付いて、少し腰を浮かせて座席越しに前後の様子を窺った。

一番近い席でも4席ほど離れた場所だった。そこまで届くようなボリュームではなかったはずたろうと軽く溜息を吐いて、どさりとまた座り直す。


「史隆、くらくなってきたけど」


窓の外は宵の色が濃くなって、防音壁の向こう側に見える民家らしき灯りが目立ち始めている。

ガラスに反射する夜の顔に焦点を合わせる。


「わたしがいた研究所にいってみたい……」




夜があの場所から離れたのは、一年と少し前。


後になって所員たちは火災による事故死扱いになったと聞いていたが、今現在あの研究所がどのようになっているか、史隆も夜も知らない。


出来れば近付く事さえ避けたい場所。

そこに向かっている今も気持ちはひとつも変わらない。

けれど。

避け続けようとしても追いかけてくるものなのかもと史隆は考えを上書きしていく。


「いいよ……行ってみようよ」


夜は史隆を振り返り、両方の口の端をきれいに持ち上げて頷いた。


飛行機を見に行くと言った時とも、新幹線に乗ると言った時とも違う種類の笑顔を見せる。

史隆が手放しで褒めちぎった笑顔ではなかった。


同じように史隆も口の両端を持ち上げて頷き返す。




調べてみたら、バスの本数が減っている時間帯だったので、タクシーで移動する事に決めた。

ついでに駅の周辺で普段はなかなか食べる機会のないチェーン店のジャンクフードで簡単に済ませた。

学園にも同じようなメニューはあるけど、そこはやはり名門の矜持なのか見栄なのか、栄養バランスの整えられたものが陶器の皿に美しく盛られていて、ちゃんとした『お食事』の体裁が整えられている。

捨てられる紙の容器が夜には新鮮だった。



順調にタクシーを捕まえて、目的地に向かう。




何度か車中で史隆が確認する。

夜の返事は変わらない。



最終的にはうるさいなと夜が怒った所で話は終了になった。










ふたりともよしよししてあげたい。





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