マルコ先輩。
飛行機の胴体部分の出入り口から、体を折り曲げて男が姿を現わす。
開口部分が小さいのと、その男の体格とが相まってとても窮屈そうに見えた。
短い階段を滑るように踏んで飛行場に降り立った人物は、待ち構えていた史隆に軽く手を上げた。
史隆はその男の元に小走りで駆け寄り、その後ろを夜も付いて行く。
「あれー?マルコさんだ!」
名前がそうなのか、母を訪ねて三千里の距離を移動したのか、それとも日曜夕方のテレビアニメが好きなのか。
定かではないが皆からそう呼ばれている男は、史隆の上から下までをよくよく観察すると、身体に似合わない柔らかい声を出した。
「おおー?そう言うお前は、特科の双子の……どっちだ?……どっちでも良いか。……お前、デカくなったなー」
「お兄ちゃんの方だよ……久しぶりー。元気そうだね?」
「おいおい何だよ、一人前の会話が出来るようになって……成長したなぁ」
「でしょー?」
それなりに整えられていた史隆の髪の毛を、その昔していたようにぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
気が済んだその手は、前はこんなだったのにと、その当時の史隆の身長を示した。
文句を言いながら鳥の巣みたいになった髪の毛を直していると、今度はその側にあった夜の頭を撫で始めた。
「お前も大きくなったなぁ……」
「え?夜のこと知ってるの?」
「ん?そういえば知らないか?……まあいいよな?」
夜は両脇を持ち上げらる。
たかいたかいされるがままになった夜は、初めて会った人物という事と、大人と言われる年代の男というのが加わって、完全な人見知りが発動してしまっていた。
「わぁぁ。テキトーなトコとか全然変わってないじゃん」
「かんわいいなぁ!おい!この子ナニ?お前の彼女か?」
「違うよ……ルカの嫁」
「ルカ……?あの金髪小僧か……てか嫁って何だ嫁って」
「いくら可愛いからって、そのまま持って行ったりしないでよ?俺まだまだ長生きしたいんだからね」
「はぁー?何?あいつそんな感じになったの?小僧のくせに生意気だな」
史隆と同様に見違えるほど立派に大きくなったはずのリュカだが、この男の記憶の中では少年のまま、そこでリュカの成長は止まっているらしい。
やっと解放されて地面に足が着いた夜はすぐさま史隆を盾にしてその後ろに回った。
それでも好奇心は無くなってないのか、陰から男を覗いている。
「はじめまして、夜といいます」
律儀に挨拶をしてきた夜に、よろしく、と男は丸い声で答えて笑った。
その顔に、夜は力いっぱい握っていた史隆の服から手を離した。
「こちらこそよろしくたのみました」
「夜、この人はね、マルコさん。夜が来るずーっと前に、特科に居たんだよ」
「ほう……マルコさん」
「あ、なんだ。この子も特科の子?」
そうかそうかとひとり納得しながら、史隆だけに付いて来るようにと顔を動かした。
飛行機にあるモノを運び出させるために。
機内は外側の見た目通り狭かったが、大型のジェット機よりも快適そうな座席が、真ん中の通路を挟んで全部で6席あった。
内装は明るいベージュ、白を基調とした革張りのシートのおかげかそれほど圧迫感も無い。
史隆はシートに座り、想像通りの座り心地に感嘆の声を上げた。
「何くつろいでんだよ、これ持ってけって」
マルコが手を置いた奥の座席には、小ぶりのミルクタンクのようなモノがシートに拘束されている。動かないようにシートベルト以外のベルトでも固定されていた。
「んー。これ運んだらいいの?……どこに?」
「ああ……お前知ってるか、竜間にある研究……」
「ん¥△%☆!!たつま?!」
「お……おお。……知ってるみたいだな……」
記憶は新しい生活に上書きされて酷く嫌な部分は薄らいできている。が、まだ生々しく残ってもいる。
気持ち良く引き受けられない自分と戦った。
「んー……知ってるっちゃ……んーまぁ……あ、そうだ!遠くね?ここから」
マルコは胸ポケットにしまってあった紙切れを史隆に渡す。広げてみると中には行き先と引き渡す人物の名が書いてあった。
「それは分かってて頼んでんだよこっちも。あそこの天候が良けりゃここまで来なかったしな。俺の方に時間が無いからお前らが呼ばれてんの……出来ない、やらないは無いからな?」
「うーん……分かってるよぅ」
「んじゃあ、ウダウダ言わずに、ほれ!お前らなら公共の交通機関の方が怪しまれない……そっちのが車より早いし……楽だろ」
あの距離を車で、しかも史隆ひとりの運転で移動するのは確かに辛い。
メモにもう一度目を通すと史隆は頷いて、紙切れをズボンのポケットに押し込んだ。
史隆が抱えて降りてきた容器を見て、夜はすぐにその中身に思い至った。
機内から顔をのぞかせているマルコに声をかける。
「マルコさん、これはどうぶつ?ひと?」
予想外の所から予想外の質問がきて、マルコはバツが悪そうに笑う。
「……や、気にしない方向で」
そうかと呟いたきり何も言う様子の無い夜を横目でちらっと見て、自分の頬が変に持ち上がるのを感じる。
「なるべく早くな、向こうも待ってるから……」
「はーい……」
心配そうに眉をしかめたマルコの顔が引っ込むと階段は収納されて、飛行機の扉が閉じる。
ずっと動きっぱなしだったエンジン音が高くなった。
見送りをするのはどうやらこちらの役目らしい。
ゆっくりと動き出した軽飛行機は広場の端の方でUターンして、手を振る史隆と夜の前を走ってそのままふわりと浮かんだ。
青と白の機体はすぐに小さな点になって空の中に消えた。
「……夜、新幹線って知ってる?」
「しんかんせん?!知っている!」
今までの表情とは打って変わって、キラキラと輝く目で新幹線を身体で表現している。
夜に合わせて笑顔になると史隆は頷いた。
「……乗せてあげる」
声にならない嬉しい悲鳴をあげると、ぴょんぴょん跳ねながら駐車場へ向かう夜の後を追いかける。
夜に行く先をどう説明しようかと、珍しく気を使って頭を悩ませた。
金属製のミルクタンクのような容器は、上部にある蓋の下に運びやすいように持ち手が付いていた。そこを持つよりは抱えた方が軽い気がするので、小さな子どもを抱える要領で運んだ。
重さもなんだかそのぐらいな感じがする。
車まで運んで後ろのトランクルームのドアを開けると、容器は横向きに倒れない方が良いと夜が言った。
それならと後部座席にシートベルトを駆使してどうにか固定する。
「これに何が入ってるか知ってんの?」
「せいぶつしりょう」
「生物……しりょうって?」
「うん、大体こういうのではこぶのは、けつえきとか、せいしょくさいぼう」
「……ナニ細胞?」
「せいしとからんしとか……」
「あー。生殖ね……生殖細胞?!」
何でそんなものを考えたところで何がどうなっているのか分からないし、分かる材料も見付けられない。
これが都なら違うだろうなと史隆は早々に考える事を放棄する。
やるべき事は何ひとつ変わらない。
頼まれ事を無難にやり遂げる、それだけ。
容器の持ち手にぶら下がっているプラスティック製のモノを手に取った。タバコの箱程の大きさで、何かの装置のようだがボタンも何も付いていない。
「コレ、なに?」
「ガス……けんちきかな?」
「え?!なんで?!」
「えきたいちっそが入ってるから、出てきたら音がなるように」
「液体窒素……そりゃ……倒れない方が良い感じがするな」
「ひこうきではこべるくらいだから、たおれるのはだいじょうぶだと思う。でも、どこかにぼかーんとぶつからないのがいいな」
「はぁ……気を付けます」
「うん、そうしよう」
さすがにこれを堂々と運ぶのがマズい事くらい史隆にも考えつく。
容器がそれとバレないように適当な店で大きなリュックを買ってその中に容器を収めた。
いくら急ぎだとしても、そもそもよくぞこの危険物を公共交通機関で運べと言った。
マルコの読みは理解できる。
どう見てもこんな未成年のふたり組が、生物試料を、液体窒素が入った容器で運んでいるとは思わないだろう。
どう見えるか。仲良くお出かけ中のお友達同士か、家出中の高校生だ。
新幹線が停車する駅に着いた頃には、ちょうど帰宅の時間帯にさしかかって、人の動きが大きくなってきた。
簡単に紛れ込めるから目ざとい大人に怪しまれる確率はぐんと低くなる。
窓口で史隆が乗車券を買っている間、夜はリュックを背負い、目立たないようにと少し離れた場所にある大きな柱を背にして待っていた。
一番早く出発するチケットを入手して戻った史隆は、リュックとチケットを交換しようと手を差し出す。
夜は首を少し傾げると、自分の手首から数本腕輪を引き抜いて、それを史隆に渡した。
「いや……じゃなくて……」
「……ちょっと待って……なんか……」
「なに?」
考え込む顔で夜は目を閉じる。
史隆は自分の手に渡った腕輪の模様をなんとなく観察していると、夜は何かを思い付いたふうに小さく声をあげた。
「これ……わたしかな……」
「ん?」
背中にあるリュックのその中身の事を、夜はそう言った。
夜の会話がひらがな過ぎてもう、どうしましょう。
漢字に関して小学2年生レベルなんですよね、彼女。
雰囲気を出すために、会話では夜は知らないであろう漢字を出すのをなんとなくセーブしてまして、ええ。
しかし知っているはずの漢字を中途半端に変換するとかえって読みにくいという問題も抱えつつ。
なのでこんなひらがな過ぎてしまって。
ですがですよ。
特に読んで下さっている方々から何かしらのリアクションがない場合は、このまま行かせていただきますので。
引き続きお楽しみいただければと思います。
あと念の為。
液体窒素等の危険物を公共交通機関で運搬することは法律で禁止されています。大変危険ですので、良い子も悪い子も絶対にしないで下さい。
本文では罪悪感ナシですが、安全に配慮して運搬します笑。演出上の事ですのでお間違えのないように。




