期限は大丈夫?
施設に続く一本道は、ずいぶん手前で規制線が張られて近付けないようになっていた。
自分は目立つから、付近で避難している所員や近所の野次馬に様子を聞いてきてほしいと瑛人を差し向ける。
新谷がもう帰ってこないと知れるまでにはもう少し時間がある。
それならばやはり、昨日の急襲で事態が動いたのか、それともただの事故なのか。
火事は構わないが、目的を果たせなくなる事だけは避けたい。
リュカは敷地内に入り込めそうな場所を探して大きく迂回を始めた。
炎が上がっている建物から一番遠い場所まで回って来ると、そこのフェンスを飛び越えてすぐ側の三階建ての屋上に跳んで上った。
どうも燃えている所が目的の場所のような感じがして、そのまま消失したら良いのにという甘い考えを頭を振って否定する。
そんなぬるい保管をしている訳はない。
設備もそれなりにしっかりしているだろうし、火災の対策だって間違いないだろう。消化活動も続いている。
燃え残る事が充分に考えられる。
もう少し近付こうと、跳んで渡れそうな屋上を見付けて助走を付けて走る。
右足で踏み切って宙に体が舞った時、何か黒い塊が下を通って行くのが目に入る。渡った先で下を覗いてみると、黒い塊は人影で、その場にとどまってリュカのいる屋上を見上げていた。
「おは?!ホントに来たんだ!」
下で叫ぶのと同時に黒い影はリュカに向かって走り出し、壁にある庇や少しの出っ張りを足場にして三歩ほどで屋上に上ってきた。
規制線の外側で野次馬がぽつりぽつりと広がって火事の様子を見ている。
施設の敷地は広く、その中の一角が燃えているだけに見える。近隣の民家に火が移りそうもないので野次馬達にはまったく緊迫感はない。
その少し内側に一団がいた。事務員などは居なくても、何かというと寝食を忘れがちな研究者達は家にも帰らず、むしろ研究室に住んでいる状態だ。夜明け前のこんな時間でも20人弱の所員が中に居たらしい。
全員施設に顔を向けて何事か話し合っている。
瑛人はその中の見知った顔に近付いていった。
「何があったの?」
振り向いた男は、フレンドリーに近寄ってきた少年を不審そうな目で見て、それが瑛人であると分かると小さく一歩後ずさりをした。同僚にぶつかって文句を言われながらもそいつをバシバシと叩いている。
「……何があったか聞きたいんだけど?」
話を聞いても今ひとつはっきりした原因は聞き出せなかった。ただ火事になる前から避難を促す警報は鳴っていたと言う。
現場近くにいた者は救助されてもうすでに救急車で搬送された後だった。これ以上は何もないと判断した瑛人は、適当に話を切り上げると何か聞きたげな一団をそのままにして、リュカが走り去った方向に、後を追う。
ここにいるナンバーホルダーはひとりだと、瑛人から聞いていた。
体の動きで、自分に対する態度で、目の前にいるのがそのナンバーホルダーだとすぐに分かった。
相手は脇に抱えていたキャリーケースを手に持ち直して、街灯の明かりが当たる所まで数歩移動した。そこで姿をしっかりと確認する。
見た目は自分よりも年下にみえる。顔の感じや身長でそう見えるだけかもしれないが、それでもこの男のナンバーは一桁。初期ナンバーと呼ばれて長生きをしているうちのひとりだった。
瑛人よりも幼い頃に適合者になった。
出来ることならば、命をやり取りするような事態は避けたい、リュカはそう考えていた。
「この火事は、君が?」
「……そうそう。でも火事にしようと思ってたんじゃないよ?」
ずいぶん気さくな相手の雰囲気に、無意識に入っていた体の力を解いて笑顔を見せれば、向こうもにっこりと笑って屋上の縁に軽く腰掛けた。
ふたりの間に剣呑な空気は一切無い。
どんなきっかけでこの空気が、瞬間で変わるか知れない。
リュカは自分に頭を使えと命令する。
言葉ひとつ、動きひとつ考えなくては思う結果は得られない。
「清春さんから連絡もらってね?オリジナルがそっちに行くよ……って」
「え?清春さんが?」
「はは。おっさん撃たれたんだってね……超間抜け」
「いや、それは俺のせいだから……」
「いいんじゃない?あの人も本望でしょうよ」
「本望って……」
「清春さんみたいな『研究所付き』はね、受け入れてる派閥の人間だからさ」
「受け入れてる派閥……ごめん、新しいワードが出すぎでなんの話なんだか……何その派閥」
「なんでおっさんだって思わなかった?しかもあの人後期ナンバーなんだ……自分からホルダーに志願したんだよ、俺たちとは違うんだ」
「君は……、その、受け入れてるのか?」
「どーしょーもないもんねー?どーせなら楽しくやりたいし……ってことで、はいコレ」
傍に置いていた金属製のキャリーケースをリュカに投げてよこす。受け取ってよく見ると、一之宮のロゴマークが入った金属プレートが打ち付けてある。
新谷が一之宮の施設から持ち出した、研究材料。
リュカから切り取られたリュカの一部。
これを手に入れるために、これが欲しくてここまで来たのだ。
ただケースの鍵は壊れて、中を見ても何も入っていなかった。
「箱だけ?」
「あー、ねー?俺も考えたんだよ?楽しくやるためにはどうしたらいいかってね。……まず自分が自由に出来る環境がいるよね。それに加えて自分の価値が上がらないとダメじゃん?……てことは、これ以上ホルダーが増えるのは困る。となると、材料と製造工場は邪魔なんだよね。そこはあんたと目的が一致してるでしょ?だから見習ってちょっとハシャいじゃったら火事になったという……」
「これの中身は?」
「自分の価値をさらに上げようと思って、さっき……」
「さっき……なに?」
「食べちゃった!!」
「は?!」
「だって食べる以外に体に入れる方法が思い付かなくてさ。他の奴は信用できないし。しかし……どーなるんだろうね〜?楽しみだなぁ……」
「お……お腹壊して終わりだと思うけど……本当に食べたの?全部?」
「周りのヤバそうなとこは捨てて燃やしたけど、さすがに。でも中の方は大丈夫っぽかったから、生でいただきました……」
「そう……なんだ……へぇ……?」
「血も飲んだヨ」
「知ってると思うけど……何年も前の……ていうか、俺の肉……なんですけど?」
「あ、なに?感想聞きたい?」
「いや……いいです……ホントお腹大丈夫?」
「なんかさ……俺の事、疑ってないんだけど、それってどうなの?嘘ついてどっかに隠し持ってて、後でなにすっか分かんないとか思わないの?」
「あ、や……ずっと……血の匂いはしてたから。ケガしてる感じでもないし、なんでだろうとは思ってて……」
「うはは!ムダに不安を煽ろうと思ったのに、失敗しちゃった!」
「いや、もう充分に不安だから……」
夜明けがいよいよ近くなって、周囲の空気は薄い藍色に変わってきている。
下の方で声が聞こえ、人の気配を感じると同時に瑛人が屋上に現れた。
瑛人は初期ナンバーとリュカが対峙しているのに瞬間緊張が走るが、ふたりの雰囲気に面倒な事態じゃなさそうだと安心した。
「……やっと見つけた」
ずいぶんあちこち走り回って息が切れている。疲れてるし、ここからひと騒動とか、殺し合いとかにはなりたくないし勘弁してほしい。
ところなのに、瑛人は無意識に手で顔を覆う。
「なんか、何これ……血の匂い?」
「え?マジ?!ちょっと、そんなに俺臭い?……ていうか、このくだりさっき終わりましたから!」
きょとんとしている瑛人の背中をばんばん叩いておかしそうに笑っている。
憂いなんてひとつも感じさせない光景に、リュカはふたりの上にある空の色を見る。
今日も晴れそうで良かったと朝の空気を吸い込んだ。
細胞が活動的なので、増減を繰り返します。栄養さえあれば切り身の状態でも新鮮なまま。
フレッシュなミートを美味しく?いただかれてしまったところで、リュカのミッションはポッシブルでごさいます。
こんなオチになるとは。
はじめはバトルの用意があったヲトオさんです。
苦手なので回避の方向に動いたんですね、無意識のうちに。
というソレで。
次回、この章の締めになります。




