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十六夜祭、二日目。





普通科の校舎にはいわゆる屋上らしい屋上はない。


メンテナス用に屋上に続く階段も、一応立ち入りが出来ないように施錠された扉もあるものの、そこを訪れる人間は少ない。

空に近い場所で黄昏たりするような情緒のたっぷりある生徒はほとんどいない。

わざわざ高い所に上らなくても充分に空は見られるし、学園は山の頂上、すでに高い場所にあった。

空を見上げてのんびりする時間があるなら、だ。




待ち合わせはひと気のない屋上に決まっていた。

見下ろせる風景は近くの森か、遠くの山並み。

ふもとの町の端っこが少しだけ隙間からのぞいている、6割が緑色、3割が紅葉を始めた木々で、残りがその他といった目に優しい景色だ。


「驚いたな、ひとりだとは思わなかった」


声を掛けるとスーツ姿の男は振り返り、わずかに片方の眉を持ち上げた。


「ひとりの方が話がはかどると考えましたが……まさかあなたがひとりで来るとは、こちらも予想外だ。名前は……そう、都君。だね?」

「予想外?……いやいや、アラタニさん。考える事は大体一緒だよ。俺もあなたも、本当はひとりじゃないでしょ」


話がはかどるって所は同意するけどと付け加えて、都は数歩分の距離を置いて新谷と対峙した。

笑みを浮かべて小首を傾げる姿は9歳の少年らしい仕草だった。

新谷はわざとらしく他に誰もいない周囲を見回して、怖いなとつぶやいた。


「どこにお友達が隠れているんですか?その扉の向こうかな?」


都は心底おかしそうな声をあげてひとしきり笑った。可愛らしい見た目と笑い声は、何もない屋上には不似合いで違和感に新谷の顔が歪む。


「……はーあ。ごめんごめん……ここまで普通の子ども扱いされたのが久しぶりだったんで面白くてつい。気を悪くした?」


歪んだ顔のままいえ、と返した新谷に、ひとつ余裕を得た都はにんまりと笑顔で答えた。

少年の見た目通りに接していては痛い目に遭いそうだ、気を引き締めなくてはいけない。

考えを改めなければ、と、相手に思わせた事を都は確信した。

まずは一手、これでコントロールが楽になる。


「何の話だったっけ?……そうそう、俺の友達ね……えーとねぇ。ここは俺だけだなぁ、色んなトコで色々やってんじゃない?ホラ、今日もお祭りだし」


ここじゃなんだから、と都は屋上の扉に向かって歩き出す。


「せっかくだから案内してあげるよアラタニさん。誰に会いたい?瑛人?それともルカ?」





学園内は多くの人で賑わっている。

一目で学校関係者と分かる人、一目で保護者と分かる人、中には生徒の兄弟なのか、都とそう変わらない年齢の子どもまでいた。

なんとなく来てふらっと入れる場所ではないから、ここに居る外部の人間は学園から招待を受けて入っているのは間違いない。

新谷なら招待状の真物、偽物や入手先はどうとでもなる。今問題にした所でどうにもならない。

瑛人をねじ込んだように、新谷もそのお友達も誰にも疑われる事なく学園を訪問している。外部者が入り込みやすい学園祭に合わせるのは理に適っている。

瑛人が特科と直接関わる前から学園祭に新谷が来ることは決まっていた。




いつもはぽつりぽつりとしか人の居ない石畳の道にも、避けながら歩かなければいけない程の人が居る。

人並みをすいすい縫って歩く都の小さな背中を、新谷は無言で追いかけていた。

すれ違う大人達はどう見ても小学生に見える都が、学園の制服を着ている姿を様々な表情で見送っている。

その後ろを歩く自分はどう見られているのか、どうしようもなく目立ってしまうが、だからといってどうという事もない、大して自分の目的に影響はないと考えていた。



都は周りの反応も後ろも気にする様子はなく、どんどん人通りの多い方向に進んでいる。

ベンチが両脇に並ぶ通路を進み、学園内では小さな部類に入る建物、いつも来る売店前に到着した。


秋の午後の柔らかい陽を浴びながら、大きな木の下のベンチには、夜と琴野が平和そのものな雰囲気で並んで座っている。

スナック菓子の袋を抱えた夜と、コッテイを抱えた琴野はお菓子を仲良く分け合って食べていた。

その周囲だけは人が少なかったので、都は簡単にそこにたどり着く。


「何それ、どうしたの?」


ふたりの座るベンチの上には色々な種類のお菓子が山のようになっていた。


「なんかここにいたら、みんながくれた」


特科の女の子がふたりだけでいる状態が重宝されたのか、お菓子を食べている夜にもっと食べさせたくなったのか、お菓子のひとつひとつに理由がこもっていそうだった。


「……どうすんの、この量」

「え?ぜんぶたべるよ?」

「どうやって持って帰るんだよ」

「だいじょうぶ……これもらった」


貢ぎ物はお菓子だけではない。

気の利いた男子生徒からいくつか袋まで進呈された時点で、男子わらわら寄って来ていいタイムは終了したらしい。

少しでも触れば崩れ落ちそうな、奇跡的なバランスを保った山を、雪崩を起こさずに袋に詰めるのは無理そうに見えた。


「このひとがアラタニ?」


夜はもりもりお菓子を食べながら、脂っこい人差し指を新谷に向ける。


「お久しぶりです、と言えば良いですかね、お姫様」


あの研究所では眼鏡で白衣を着た人物ばかりだった。そのほとんどを個々に識別していなかった夜は、濃いグレーのスーツ姿のこの新谷と名乗る男は昔も今も、どうでもいい人物のうちのひとりでしかない。


「……おぼえてないから、はじめまして、だな」

「私は覚えていますよ。……そう、この都君よりももっと小さかっ……」

「どれがほしいの?」


話を遮られたことは何も気にしていないらしい。新谷は表情を崩すどころか、少し微笑んで見える。


「何がでしょうか」

「リュカの一部?……全部? 私がいい?それともエイトをかえしてほしい?」


表情に変わりはなく、指先すらピクリとも動きはない。


「ああ、それならムリだから」


ほとんど間を置くことなく、新谷の思考に返事をした。夜の両方の手首でちりんと鈴のような音が鳴る。腕輪は、いつもの半分の本数しかない。


「私か、エイトをえらべばあげたのに」


残念だねと立ち上がった夜は、袋を広げて貢ぎ物をせっせと詰めだした。

袋に半分程お菓子が詰まった時、不意に夜は振り返る。無言でその様子を見ていた新谷に歩み寄り、うるさいなと手のひらで額を軽く押した。


新谷はそのまま後ろにゆっくりと倒れていく。

無抵抗で倒れる様は催眠術師と催眠にかかった人の様に見えた。


あーあと都が声を上げる。


「痛そ。ゴンっていったよね、今……まぁいっか。……おおぃ、フミさんや」


はぁいと木の後ろから返事が聞こえて、ひょこっと史隆が顔をのぞかせる。

近寄って来た史隆は新谷を見下ろして、唸り声を上げた。


「……細いけどデカい。重そうだなコレ」

「何人目?」

「えーと、これで6人目」

「……少ないな」

「えー?まだいんの?面倒くせー……これ以上運びたくねー」


都の手を借りて新谷を背負った史隆は、それでもよっこらせと立ち上がった。


「あ、わたし3人かえした」


琴野と手分けしてお菓子を詰めている夜が思い出したように言う。


「帰した?」

「うん、えっと、帰りたくして、帰ってもらった」

「うわ。何それベンリっぽい」


声を上げると何だか背中の新谷がさっきより重く感じて放り出したくなってくる。


あと何人居るのかと都は夜を見上げる。新谷を小突いた左手で指を折って数え、残りは4人だと夜は事も無げに言った。


「この広い中を4人探すのか……キツいな」

「見えるようにすればいいでしょ」


どういう事かと顔を向けている史隆に夜はにっこりと笑い返す。


「アラタニを運んでいるところを見せれば、むこうから来てくれる」

「え?……他の誰も無反応だからおかしいなって思ってたけど……」


大人の男がいきなり昏倒したこの状況に、周囲に大勢居るにも関わらず、何の騒ぎにもならない。

その状態を作り上げている夜はもうお菓子しか見ていない。大きな袋を抱えてにこにこしている。


「だれも気にしないようにってしてるから」

「何それさらにベンリっぽい!……そして、俺の苦労‼︎」





面白いように寄ってくる新谷のお守り役には早々にご退場いただき、史隆が苦労して運んだ5人も同様に、夜にもどことは分からない場所に帰ってもらう。


新谷ひとりだけが理事長室に特別ご招待となった。




夜は今までにないほど能力を大盤振る舞いした事で、しばらくは何もさせないと榊は怒りをひとつとして余さず吐き出し、長時間に渡るお説教を全員にお見舞いした。










その日、体調が悪くなったらしい人を運んでいる親切ボーイがいろんな場所で目撃され、そこそこ評判になる。


それが愛しの君の耳に届いて史隆の苦労が報われるには少し時間がかかった。












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