夢をみる、その朝。
裸足の足の裏が痛くてたまらない。
その次に喉とその奥がヒリヒリして、息をする度に苦しくておかしな音がする。
少し前に何かが脚の外側と脇腹を掠っていった。
もう痛くはないけれどビリビリして、変な感じがして、なんとなく気持ち悪い。
どこをどんなふうに走って来たか思い出せない。帰る事は考えてないし、他にどこか行くあてもないから、ひとつも道を覚えることはしなかった。
さっきまで木の間や草の中を進んでいたのに、いつの間にか地面がアスファルトに変わって、建物が隙間なく並ぶような場所にいる。
周りを見回して、自分が入れそうな隙間を見付けると、そこでさらに身を隠せそうな物の裏側に回り込んで、体を小さくさせた。
自分の呼吸する音で見付かるのではないかと、息を抑えようとしてみても、そう簡単にはおさまらない。息を我慢しようとすれば目はちかちかするし、苦しくて目に涙が浮かぶ。
座り込んで見える自分の手足は、泥と血とでひどく汚れて、汗とぐちゃぐちゃに混ざって黒く見える。
さっき何かが当たった場所の、痺れているような脚を見る。
そこにはもう傷はない。
少し血が付いているだけで、それも擦れば他の汚れと一緒になって場所がわからなくなりそうだった。
いつもならそうだけど、これは何かが違う気がする。
みんなはどうしただろうか、上手くどこかへ走れただろうか、痛い目に会ってないだろうか。
俺よりも小さかったあの子は、どうなっただろう。途中で手が離れてしまった。
戻ろうとしたけど、すぐ後ろから大人達が追いかけて来る気配がして、そのまま走ってきてしまった。
自分のよりもっと小さくて、まるくて柔らかい感触だけが手の中に残っている。
膝や脚にぽとぽと水がこぼれてきて、目をごしごし拭った。
どうしよう、どこへ行ったらいいんだろう、そこまでは浮かんできても、それ以上はどうすればいいかが浮かんでこない。
それでももう、あそこだけには帰りたくない。
あいつらが何かをしようとする時は、食べ物に薬を混ぜて飲ませて、体を動けなくする。
それなら何も食べなければいいと食べるのをガマンしても、1日もたたないうちに『えいようしっちょう』で『きがじょうたい』になって、何度も死にそうになった。どんなに嫌だと言っても体を切られるし、何度も血を採られる。
どんなに暴れても、後からひどい目にあわされて、それはどんどん乱暴に長い時間になっていった。
周りの大人達は、こうして生きているのはすごい事だと楽しそうだけど、こっちはその度に死んだほうがマシだと思う。
でも死にたいとは言わなかった。
言っても死なせてはくれないし、もっと痛い目にあわされるに決まっている。
嫌でもおとなしく言うことを聞いていた方が利口なんだと、そう言われて、そうしようとした。
そんな時、自分と同じ事をされていた、自分よりも大きな人達が抜け出した騒ぎに紛れて、一緒になって何も考えずにそこから飛び出した。
でも行くところはない。
帰る場所もない。
お父さんとお母さんがいる場所からは、遠く離れた所にいる。それにもし帰れたとしても、きっと喜んだりしないだろう。
ふたりとも俺がいらなくなって、捨てたんだから。
だから、俺も親なんてあてにしない、こっちこそ捨ててやるんだ。
家も、親も。
捕まってあそこに帰らないようにするには、どうしたらいいんだろう。
あいつら、あの追いかけて来てたあいつら、銃を持っていた。
脚もお腹も、きっと弾が当たったんだ。
撃たれた時に当たった弾に、何か薬が付いてたんだ。
感じがいつもと違っておかしい。
普通のケガだったらこんなにビリビリ痺れた感じにならない。
目の前がかすんだような気がして、瞬きを繰り返す。それでも治らなくて、両手でごしごしと擦る。
体に思うように力が入らないこの感覚を知っている。薬を盛られた時に似て、ふわふわとする感覚。
このまま体の自由が利かなくなる事は不安だったが、どうしようもない。
しばらくすれば動けるようになる。
諦めるしかないと、手足の力を抜いた。
手足の先から冷えていくのと一緒に、体の中心から恐怖が這い出してくる。
このまま動けないうちに見付かってしまうのではないか。見付かれば、連れて帰られてまたあの苦しみを、もしかすればもっと酷い目に遭うのではないか。
ここで死んでおけば良かったと後悔する程の。
頭の中で上手くまとまらず、きちんとした思考にならなくても、恐怖心は確かに動かずにじっと居座っている。
力なく伸びてしまった、ひどく汚れた裸足の脚を見ながら、物陰から出てしまっているから、見えないように隠さないと、と思う。
力の入らない身体を無理矢理引きずって陰の中に入れると、どんなに汚らしく、臭くてじめじめして暗い場所でも、次に目を開けた時も、この場所だと良いと思いながら、そこで力尽きて意識を手放した。
ふと目を開けて、疲れたと思いながら目を覚ますのは何度目だろうかと考える。
いい加減、こんな目覚め方をするのは、身体に良くないと思えてきた。
嫌になる程何度も見る夢は、だいたい同じ内容で、決まって目覚めた時は、眠る前より数段疲れている気がする。
気分を変えようと大きく息を吸って吐き出した。
部屋に入り込んでくる白い光は、もう朝が来ていると静かに知らせを寄越している。
このまま寝転んでいても疲れるだけのような気がして、ゆっくりと起き上がる。
窓の外は明るくて、天気も良さそうだ。
冷たい水で顔を洗って、外に出て、酸素や窒素やその他もろもろ、身体に良さそうな新鮮な空気でも吸おう。
きっとすぐに夜も起きて、外に出てくるから、そうすればこんな微妙な気分もすぐにどこかに行ってしまうだろう。
ベッドから抜け出すと、怠くて力の入らない手足や、しゃんとしない背筋に、頼むよと泣きごとを言ってみる。
制服を着る気にはならなくて、その辺りに脱いだままになっていた服を適当に着て、リュカは部屋を静かに出て行った。
息苦しさで目を覚ます。
しばらく息が止まっていたと思えるほど、肺は空気を取り込もうと必死になっている。
辺りは眠る前と変わらない暗さで、ここは自分の部屋で、今いるのは自分のベッドだと、思い出すまでにしばらく時間がかかった。
とにかく呼吸を落ち着けよう。こんなに息を荒くしているのを聞かれたら、何か別の誤解を生みそうだ。
寝転んだまま頭の上に手を伸ばして、すぐ近くにある目覚まし時計を手に取った。上のボタンを押して、ぼんやりと青白く光るデジタル表示の文字を見る。
ー05:32 amー
この時間なら同室の奴もまだぐっすり寝ているだろう。周りの気配を探ると、すー、かー、と気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。
カーテンのせいで暗いままの部屋だが、もう外は明るくなっているだろう。
ひとつ息を吐いて、額に貼り付いているねっとりした汗をTシャツの袖で拭い取る。
ひどく嫌な夢を見た。夢というよりは昔を思い出していた。
昼間は他の色々の方に気を取られて思い出さないし、その後は疲れ切って寝るので、夢は滅多に見ない。
昨日の特科との思わぬ接触が影響しているのだと、またひとりで勝手に負けた気がして、思わず舌打ちが出た。
何にせよ目覚ましが鳴るまでもう少し時間がある。
瑛人はごろりと寝返りを打つと、もう一度寝ようと目を閉じた。
夢をみたのは、リュカと瑛人。
どこからどこまでがどちらの夢なのか、それとも同じ夢をみたのか。
その辺りは読まれた方のご想像に頼りきりとかいう他力本願回です。
いつか、過去編できっちりと書きたいです。




