パンクロッカーふたり。
小野瑛人は特科の教室に連れ込まれた。
教室と呼ばれているが、黒板もスチールと木で出来た机や椅子もなければ、壁の掲示物など、教室らしいものはひとつもない。
教室というよりは映画で観る古いお屋敷の内部のようで、華美ではないにしても丁寧で重厚な仕様がどこか作り物めいて見える。
教室の中央に据えられた、大人3人ほどが大の字に寝転んでも余裕な大きさの円卓には、なんやかんやとモノが散らかり、それを取り囲むはずの椅子は遠くに引かれたままになったり、片寄ったり、背もたれに服がかかったり、生活感がオーバーフローな状態だ。
見事な造りの大道具とそれを彩る小道具がちぐはぐで、瑛人は我がことながら現実味が薄れていくのをあえて放ったらかしにした。
その前に自分があっという間に捕まった時点で色々と手放すモノがまた増えたと、諦めてどうでもよくなりかけていた。
大企業のお偉いさんが座りそうな、立派な革製の椅子に瑛人はおとなしく座っている。
「ーーーそれで?おのえいとはあんなとこで何してたの?」
瑛人の正面で顔を覗き込むように質問している史隆は、卓の上のあれやこれを横によけて、自分が座れるだけのスペースを確保し、そこにあぐらをかいていた。
「んーーー?」
かわいらしく小首を傾げても、体をよじっても、瑛人は何も言わない。
名前も学園の生徒なら必ず所持しているカードからわかっただけで、本人は何もしゃべる気が無いのか、真っ直ぐに史隆を見返している。
瑛人のすぐ横には都が座り、手の中で瑛人のカードをくるくると回している。
琴野とコッティは少し離れたソファに座り、事の成り行きを見守っている。
そして瑛人を捕まえてきたリュカ本人は、夜とふたりで楽しそうにみんなの飲み物を作っていた。
壁の本棚を長方形にくり抜いたキッチンから時々笑い声が聞こえている。
「まぁ。……別にね。何もしゃべりたくないんなら、それでも良いんだけどさぁ……ねぇ?」
わかるでしょ、と小さな子どもに諭すような優しい言い方をしても、瑛人はわずかに視線を逸らすだけで、口を開こうとはしない。
辛抱強く返事を待つ史隆は、都と顔を見合わせ、ふう、と息を漏らすと背筋を伸ばした。
「ーーー……知る方法はいくらでもあるんだ、分かってるだろ?」
都は持っていたカードを、ぱちりと音を立てて瑛人の前に置いた。
「……知られたくない事まで知られたいのか、って事だよ」
わずかに表情の変わった瑛人を見て、都はもう少しだと踏んで、言葉を続ける。
「たった3ヶ月で俺らに見付かっちゃうんじゃ、まぁ、たかが知れてるけどな」
表情を崩さないように取り繕っていても、ぴくりと指先が動いたのを都は見逃さなかった。
ずいぶん冷静だなと感心する。
目の前に座っている史隆ならこれだけ表に出さないでいられるだろうかと口の片方が持ち上がる。
さっきまで持っていた学生カードに発行日が刻印されていたので、少し揺さぶってみたが、思ったような反応は返ってこなかった。
それでもこちらが精神的に優位に立っている事に変わりはない。
さて、このまま本人からどんな手を使って話を聞きだすか。
考えているうちにリュカが飲み物の乗ったトレイを手に教室に帰ってきた。
後ろからはゆっくりと夜が、自分のカップを両手で持ち、こぼれないようにそろそろと歩いている。
琴野に紅茶を手渡しに行き、都の前には特濃ココア、自分用のコーヒーを卓の上に置く。
史隆にはゲロ甘カフェオレ、同じものを瑛人の前にも置いた。
「で?ーーー……何かしゃべったの?」
体は瑛人の方を向いているが、顔は都に向いている。
都は無言で眉を持ち上げた。
「ああそう。ーーー……うーん。痛いの平気?好きな人?」
こんなとこ女の子には見せられないなとへらりと笑って、リュカは瑛人の座る椅子ごと自分の方に向ける。
「あー!ダメ。俺ダメ、そういうの!痛いのキライ‼︎」
両手で顔を覆った指の間から、史隆がふたりを見ている。
「お前……邪魔したいの?ーーーそれともこいつより先に痛い目にあいたいとか?」
「暴力とか、流血とかナシの方向で行こうよ。ーーー……なんで?夜のチカラ借りれば良いじゃん。何なの?出し惜しみ?」
本当に痛い目にあわせておけば良かった。
そうリュカが後悔しても、もう遅い。
史隆は悪気があって言った訳ではないと分かってはいても、悪気がないだけに性質が悪い。
夜の能力を使えば、早くて一番正確なのは分かっている。
だが今、やっと普通の人と同じ様な生活をしている夜に、人の心を読み取るような事はさせたくなかった。
どうあがいてもここでこうして黙って睨みつけてくる奴の心が、澄み渡ってキレイな訳がない。
そんな心を覗かせるくらいなら、その一端に少しでも触れなければいけないのなら。
そんな事をさせるくらいなら、自分が手を汚した方がマシだ。
言わなくても分かってくれていると思っていた。実際のところ都は、夜の能力抜きで話を進めようとしていた。
そして、史隆がこう言ってしまった以上、夜の返事も分かっている。
「ーーー私が聞けばいいの?……わかった」
自分のカップからひとくちココアを飲むと、ゆっくりと席を立った。
リュカと瑛人のいる場所に近付きながら、手首の腕輪を外そうと手をかけている。
夜の手首には針金ほどに細いものから、腕時計の太さのブレスレットが何本もはまっている。銀色のそれで、静かで平穏な生活を手に入れた。
ひとつひとつ外し、卓に置いて、瑛人の前に立つ。
「…ーーーちょっと、みんなうるさいな。……はなれろ」
卓の上の金属に触れなおすと、顔を顰めて周りの心配そうな顔を睨みつける。
黙っていても、心の中はそれぞれの考えが喧しくしていた。
うるさいと叱られて、顔を見合わせた男どもはそそくさと下がり、琴野のいるソファに仲良く並んで座った。
リュカだけはその手前で腕を組んで立っている。
夜はひとつ息を吐いて、姿勢を正すと同時に大きく息を吸い込んだ。
瑛人の前に手を出しかけ、ふと動きを止める。
リュカを見て首を傾げた。
「どこ触ったらいい?ーーー手?」
「手はダメだ」
「……あたま?」
「ーーーそれもダメ」
自分以外の男は触るものではないと言われていたのを思い出し、律儀にどうしようかと相談している。
苦々しい顔で、肩なら、と小さく唸ったリュカに頷き返して、触れていた金属から手を離す。
肩に触ろうと伸ばした夜の手を、瑛人は手で軽く払いのける。
静かな室内にぺちと軽い音がした。
夜は払われた手を握り、痛そうに顔を顰める。
苦しげに浅い息をするとすぐに横にある金属を手に取り、ふらふらとさっき都が座っていた椅子にへたり込んだ。
顔には脂汗が浮かんでいる。
ブレスレットを握って抱え込むと痛みが和らぐのか、歪んだ顔から力が抜けていく。
ぐったりと背もたれに寄り掛かり、それでもはっきりと夜の声は静かな部屋の中に響く。
「……それは無駄」
「ーーー……な、何がだよ」
初めて言葉を発した瑛人に、夜はにこりと笑い返す。
「ーーームリだから、やめたらいい」
「あんな……ーーーちょっと触っただけで、何が」
「んー。……もういいから、エイトは帰れ。……つかれた。おなかすいた」
ソファに座った3人と一体はぽかんとした表情でお互いの顔を見合っている。
たまりかねて史隆が口を開いた。
「え?……帰していいの?」
「だって……ここに置いといてもしょうがない」
確かにここで監禁する訳にもいかない。
面倒臭い事この上ない。
「まぁ、そうだな。ーーー良いか。……送って行ってやるよ、小野瑛人。普通科だよな。なぁ、ついでにメシ食いに行こうよ」
ここにきてもまだ優位さを見せつけようと都がにやにやと笑みを浮かべている。
どうして普通科だと分かったのかと、瑛人はもう表情を隠そうとはしていなかった。
それもカードから得た情報だとは気が付いてない。
「んでも、そのズタボロな格好じゃかわいそうだな……ーーー史隆、制服あげてよ」
「なんで俺の?」
「都のではサイズが合わないし、リュカの服ではズボンの裾を何度も折り曲げないといけないからではないのか?」
渋みの効いたバリトンボイスが愛らしいフランス人形から発せられる。
コッティの後ろで琴野が笑いを堪えているのか、下を向いている。
ごもっともな意見に史隆は二の句が継げない。
その代わり勢いよく立ち上がると、瑛人を引っ張って自分の部屋に連れて行こうと2階に向けて歩き出した。
「何するんだ、離せ」
「着替えなくていいのか?そのまま寮に帰れるのかよ……いいから来いって」
瑛人は自分の姿を改めて見直す。
下はよくズボンの形を留めていられると感心できるくらい切れ目が入っているし、上のシャツには切れ目に血が滲んで、こんな姿を誰かに見られたら、ありもしない武勇伝か、パンクロッカー説が勝手にひとり歩きしそうだ。
確かにこのまま戻ることはできない。
こっちだと先を歩く史隆におとなしくついて行く事にする。
ソファ横の階段を上がって、2階の部屋の方にふたりは消えた。
それを見送って、やっとリュカは夜の側に歩み寄った。
夜の前に片膝をつき、手を握ると顔を見上げる。
「大丈夫?」
「うん。……おなかすいた」
ふにゃりと笑う夜の手をそっと撫でると、余計な質問はしないように、リュカも立ち上がって階段に向かう。
これ以上は心配の域を超えてしまう。超えるともう、戻ってこられない気がする。きっと何もガマンできなくなって、そうなると最終的に夜の命も、自分の命も無くしてしまいそうな気がする。
「ーーー………俺も着替えないと。……ついでに様子見てくる」
振り返り、すぐに戻るよと名残惜しそうに言うと、さっさと自室に向かった。
「………ーーーで?何が解った?」
「うーーーん。……ちょっと待って、今……ダウンロード中……」
なるほどと都は笑う。
手が触れ合ったのはほんの一瞬の事だった。その一瞬にどれだけの情報を得たのか、夜本人にもまだわからない。中身が分からない大きな箱をいくつも手に入れたようなものだ。
ごたこたと一緒に入った複雑な感情と記憶を、必要なものだけ選り分けて、分類し、整理して、順序立てて並べる大変な作業が必要なのは都にも想像がついた。
「まぁ、ゆっくりやってよ。……急ぐ必要はないんでしょ?」
「うん……ない。と、思う。ーーーリュカの方が強いから」
「ああ。……やっぱりルカ絡みかーーーあの能力見た時、そうだろうなとは思ったけど」
ふーむと鼻息を漏らして、なるようにしかならないと、これ以上この事を考えるのは止めにする。
その時対応すればいい。
今から何十、何百通りと筋書きを書くより、その時選べる数通りから選んだ方が楽に決まっている。
そんな事より食堂のメニューから、夕飯は何を食べようかと、都はすっぱりと思考を変えた。




