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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
閑話ちゃん。
41/83

day 6




6日目あたりのお話。




その日の保健室と保健室の先生。

















「こんなんじゃ、足りねー‼︎」


ディスプレイの向こうからチョコレートの小さな空き箱が飛んでくる。

自分の手元に空き箱が角から落ち、入力中の文章が文字化けるのを見てから、よつばはようやく顔を上げた。


「どうしたんですか、都さん」


「及びビタミン、だよ‼︎」


なんとなく都がご不満な理由を分かっていながらも、分からないフリで背筋を伸ばす。

向かい側にあるデスクトップの、そのまた向こうからもう一度、ビタミン〜、と唸るような声がする。


都の体が小さくて、よつばが背筋を伸ばしても、見えるのはデスクトップの裏側だけで、声の主の頭の先も見えない。




遅めの朝食の後、よつばは榊の指示通り保健室にやって来た。

竜間の研究所から持ち帰った膨大な資料の全てにざっと目を通し、まずは分類から始めているところだった。


ただなんとなく一緒に来た都に、当たり前に危機感なんてなかった。


よつばがかり出されている時点で気が回っていればこんな事にはならなかったはずなのに、保健室の主に無理矢理に押し付けられた用事を始めて数時間が経過。


その間ふたりは黙々と真面目に作業をこなし、昼食も取らず、もうそろそろおやつの時間になろうとしていた。


「糖分だけじゃ、足りないの!ビタミンがいるんだよ‼︎もームリ。もーダメ……なんか……寒くなってきた……」


「何が食べたいですか?」


「なんでもいい……けど、ここの食堂のはヤだから。でっかい方のでお願いします」


保健室のあるスポーツ専攻科の校舎にも食堂はある。

しかし残念ながら、この校舎の生徒に合わせた、こってりガッツリもりもりの食事しかない。


よつばはスポーツ科のメニューの内容を思い出し、はいはいと、笑いながら席を立った。

量も油っ気も適量の普通科の食堂から帰ってくるまで、低血糖で倒れないでいられるだろうかと都の顔色を覗いてみる。


普通の人より糖分を多く摂らないとすぐに昏倒してしまう人の顔色は、まだ大丈夫そうだ。



都は椅子の上で胡座をかいて、ものすごいスピードでキーボードを叩いていた。


「どれぐらい進んだんですか?」


「んー……4割強」


一ノ宮の研究所関連のシステムに浸入して、データの抜き取りと、ちょっとした破壊と改竄と、その痕跡を消す事。


それが今取り組んでいる、榊から都への『ちゃちゃっとやっちゃって』の内容だった。








その榊は今、見事な庭園を横目に、日本家屋の長い長い縁側を歩いていた。


今日はいつもの白衣姿ではなく、シンプルな、至って普通の白いシャツと黒いスカート姿。

暑さのあまり脱いだ黒いジャケットが腕に掛かっている。


少し前に葬儀と告別式を終え、数年ぶりに、血の繋がった人はひとりも住んでいない実家に帰ってきたところだった。



無表情を貫いている顔に『ああいやだいやだ反吐が出そう』が張り付いている。

フェイドアウトしてさっさと学園に戻ろうとしていたのを兄嫁に見つかり、そのまま親族会議に参加させられる事になった。



「美和さん、こちらですよ」


「……あら。うふふふ?」


心の中で盛大に舌打ちする。



ぞろぞろと歩く親族達が大広間に入っていき、その最後尾を榊は歩いていた。

広間をスルーして、姿をくらませてやろうという計画は、兄嫁のひと言で失敗に終わる。


こういう時、無駄に培ってきた存在感が仇になる。




広間に見合った大きな座卓に、喪服姿で向かい合って座る親族達の光景を見て、その緊張感漂う神妙な空気に吹き出しそうになる。


犬神家か‼︎と大声でツッコめたら、どれだけストレスゲージが減るだろうか。





自分の席を下座に探していたら、本日3度目の「美和さん」が聞こえてくる。




本家跡取りの実の妹ならば、上座なのは当たり前で。


兄嫁は自分の隣の誰も座っていない座布団に、ここに座るようにと上品に手を添えている。







「お義姉さん、香水キツいっすね」


「お義姉さん、そこの弁護士さん若くて男前っすね、前のオジサンはクビにしたんすか」



と言ってこの場を素敵に引っかき回す妄想に微笑みながら、指定された座布団の上でかしこまって座る。






親族会議の議題は、本家の家長である兄の遺産、その相続に関するものだった。


このくそ面倒な茶番劇をどうすればそこそこ観られるものにできるのか、葬儀の参列中に色々考えてみたが、少しも楽しい結末にはならない。



告別式が始まる頃には、どうやって学園に帰ってやろうかと、それしか考えてなかった。









男前の弁護士の主導で始まった会議。

なんの抑揚もなく事務的に続く、事務的な手続きの話を聞いているうちに、榊は心の中だけで吐こうとしていた溜息を、本当に腹の底から吐き出した。


弁護士の話が中断される。





「……あら、ごめんなさい。…お話の途中で」




いえ、と無表情で返す弁護士に、より一層笑みを深めて榊は返す。

話を続けようとするのを笑顔の圧で止めた後、す、と背筋を伸ばす。




「私は、私の相続分を放棄します」





座卓に集った親族達の頭がゆらゆらとして、ザワつき始める。


隣の兄嫁が笑いを堪えきれず、口元を押さえたのを確認した後、榊は立ち上がった。





「………と、さっきまでは考えていたんですが。兄の残したお金が、お義姉さんのキッつい香水に変わるのかと思うと、かなりムカつくので」



見下ろした兄嫁の表情が凍りつく。




「……あなたの分までどうにかしようとは思っていませんよ、お義姉さん。ただ私の相続分だけキッチリいただきますけど。ーーーという事で。あとヨロ」












うっすら汗臭い廊下に、心が和む。



通り過ぎる生徒達に、今日も素敵だとか、今日もお美しいといった類の褒め言葉を強要し、帰ってきたと安心する。



ひと仕事終えた都に、お土産の糖分を放り投げて、自分専用の椅子に深く腰掛ける。


食べ物を投げるんじゃありませんと、都に叱られながら、顔を緩ませる。







そこそこ場を素敵に引っかき回して、そこそこ楽しい結末を迎えたことに、まぁ良しとする事にした。






セクシー保健医榊先生は、いつものようにきれいな両脚を机の上に持ち上げて、椅子の背もたれにふんぞり返る。






















あの研究所では火災が起こり、不運にも職員全員火災で亡くなったと発表されました。







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