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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
和隆がいなくなった。
38/83

side 夜




灰色。

ただ灰色。

濃いか薄いかだけで出来た部屋は、その部屋自体がとても広くて。

広すぎて、とても部屋と呼べるような大きさじゃない。

見渡す限りに壁も天井もない。


遠くに見えるのは壁ではなく山の連なり。

灰色の山は、灰色の霧にかすんで存在を隠そうとしている。

それでも山は、霧より色濃く、ここにあると主張している。

真上に見えるのは、天井ではなくて、渦巻く灰色の雲。


部屋(せかい)が大きいのか、ありんこよりも小さくなったのか、自分はちっぽけな存在だという事だけはわかる。


ここが何で出来ているか。


憎しみ。


正確には憎まれているはずだという予測。

何かに憎まれる自分という存在を憎む気持ち。

まるで自分自身に呪いをかけるよう。



足元の地面がずるずると動いている。

何千何万という蛇が地面を埋め尽くして蠢いているような、地殻が絶えず移動しているような。

その振動が大気を揺らして、部屋(せかい)全体を低い音で満たす。

絶えず続いている振動は足を細く震わせて、体を這い上ってくる。

体に響いているのは、振動なのか、それとも何かの声なのか分からない。


今はもう無いもので出来ていた。

今まで壊したもので、この世界は出来ている。

大切だったおもちゃ。

かわいがった小さな猫。

初めて買ってもらった自転車。


史隆の宝物。

友達。


失くしたものでこの部屋(せかい)の土台を作り、失くしたはずだと思っているものでこの部屋を構築する。







リュカ。


リュカ、どうしよう。

私。





どうしたらいい?











「……ふぅ。……どうしたの?こんな所で、こんな時間に」


和隆は両手に持っていた大きなバックをふたつ、芝生の上にゆっくりと置く。

背中に回していた鞄も肩から外すと、よいしょと置いた。



校舎前のカフェテーブル。

時間は真夜中をとうに過ぎていた。



「みんな…とっくに寝てると思ったんだけどな〜」


参ったなと笑いながら、椅子に手をかけ、隣に腰を下ろす。


ていうか、バレたと思って予定を早めたんだけどねと、返事を期待しない言い方で、苦笑いを浮かべている。






腕輪を古いものから、新しいものに付け替えようとしている時。

なにかあった時の為に、和隆は私の後ろに立って、その様子を覗き込んでいた。

私の座る椅子の背もたれに手を置いて、その手は私の背中に触れていた。

ほんの少しだけ。



「それ……どう?『良いもの』?」


「…うん。軽いし、静かになったから、とても『良いもの』」


「そう、良かったね。前のよりも似合うよ、かわいいし。……ああ、俺も腕輪(これ)、ありがと。史の分も、ホントにもらっていいの?」


和隆の左手首には、太めのバングルがはまっている。

ラインが入っただけの、薄くて軽い感じのもの。

史隆も同じようにバングルをしていた。

和隆のよりも少し細くて、ごつごつした感じの重そうなもの。



「美和ちゃんは元々、みんなが使えれば良いと思ってたから」


「そうか……そうだったんだ」



私には細かったり、太かったり何本も腕輪がしてある。両方の腕に。

両手はカフェテーブルの上、その全部が金属の机に当たっていて、カチカチとずっと音がしている。


「……寒いの?それとも俺が怖い?……心配しないでも夜には何もしないよ?」


「……こわい、のは。私じゃない」


「ふ〜ん。……難しいこと言うな……こういうのなんて言うんだっけ。……禅問答?」


まぁ、いいやと和隆は立ち上がった。

腕時計の時間を確認して、人を待たせていると鞄に手をかける。



「……琴野さんは?」


「……ああ。それ言っちゃう?」



鞄を持っていた右手を離し、その手で私の首元に触れた。

私の脈が打っているのを、お互いが感じるほどに、手に力がこもる。


「聞かなくても、知ってるでしょ〜?いじわるだな〜」


「私に触るとどうなるか、和隆…」



私は、和隆の心をコントロールしようと集中し始める。

その端からふわふわと能力(ちから)がほどけていくのが分かる。腕輪のせいで。


「分かってるよ……夜だって、俺に触られる事がどういう事か、解ってるでしよ?」




自分の持てる武器を振るう。

人を死に至らしめるに充分な、立派な武器。

どちらも本気じゃないのを知っていて、力比べの様に、じゃれ合うみたいに。


静かに見つめ合う。


「さっき何もしないって言ったけど、前言撤回〜」



分が悪いのは私の方、腕輪は今までのただ大きなザルではなくて、薄くて硬度を増した大きな壁で私の力を押し返す。

和隆の力が壁ごと私をさらに押す。


痛みで真っ直ぐになっているのが難しくなってくる。


精神(こころ)と身体、両方ともに。



「……で?どう、夜。俺の能力(ちから)は『良いもの』?『悪いもの』?」




和隆はふふふと笑いながら、私から手を離すとその手で荷物を持ち上げて森の方へ消えていく。

琴野さんに伝言を残しながら。


声は笑っているのに、

泣きそうな顔をしていた。






和隆は今まで壊したもので自分の部屋を作り上げた。

自分にはそれがお似合いだと、思い込んで、灰色の世界を作る。

本当に壊したとか、本当にもう無いものだとか、そんな事は関係ない。

世界の主が無くなったと思っているから、そんな自分は恨まれるべきだと思っているから、灰色の世界を作る。

色も匂いもなく、吐く息も灰色に凍る世界。




私が怖いと感じるのは、この部屋の主が怖がっているから。






怖がっているのは、この部屋の主が優しいから。


とても。


とても。





誰よりも。









リュカ。



リュカ、私には。

どうにもできなかった。



私は、リュカのように、和隆のように、誰かに優しくなんてできない。

だって何もない。



本当に何も無くなってしまった。





「そんなことないよ」


だって、見て?

なにもない。



「俺も、何もないと思ってたけど、ホントはあったよ。夜が教えてくれた」


リュカはキレイなものをいっぱい持ってた。



「夜も持ってるよ」



なにもない。



「『良いもの』いっぱい探してたでしょ?好きなものは何?」



リュカ。



「俺が一番か‼︎嬉しいな。……ほかには?木登りは?」


うん、木登りも。


「それから?」



金魚のタオル。


チョコレート。




美和ちゃん。


塩ラーメン。



虹の星。





リュカ。



私の部屋に来たことは、誰にも言わないで。

特に美和ちゃんには。

誰かの部屋に行く事は、しないって、だいぶ前に美和ちゃんと約束したから。



和隆の部屋のことも誰にも内緒にしてね。







リュカ、ありがとう。

心配させて、ごめんなさい。




美和ちゃんに腕輪を返してもらって。
















夜が抱っこされ、リュカがくっ!ってなった瞬間、この度の出来事をふたりで共有しました。便利だなぁ。



夜の好きなもの、虹の星、は本のタイトルです。素敵な写真集。

リュカからのプレゼントなんでしょうよニクイネコノヤロウ。


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