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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
和隆がいなくなった。
36/83

その日。






時刻は午前4時を30分過ぎていた。


「琴野……すまない。琴野…起きてくれないか」


琴野はベッドの上で寝返りを打ち、サイドテーブルで座っているコッティの方に体を向けた。


「琴野、こんなに朝早く起こして悪いんだが……」


手探りでコッティの足に少し触って、そのままその隣にある、ランプの形をしたスタンドのスイッチを入れる。


まだ目は開いていない。

むくりと起き上がり、手探りでスタンドのすぐ側の目覚まし時計を持ち上げ、目の前に持っていって時間を確認する。


まだ半分しか目の開いてない琴野は、コッティにどうしたの?と聞いた。


「すまない。どうしても気になってね……夜が部屋を出て行ったきり、戻ってこないんだ。もう3時間以上も前に出て行って…。もしかしたら、どこか別の場所で寝ているのかもしれないのだが……」


話の途中で完全に目が覚める。

コッティをサイドテーブルから抱き上げると、ルームシューズを足に引っ掛けて、自分の部屋を出る。


まず都の部屋を挟んで、一番奥にある、夜の部屋に向かった。


「別の場所で眠っているかも知れないんだが……昨夜あんな事があっただろう」


理由を説明するコッティに、ひとつ頷いて琴野は夜の部屋のドアをノックした。

返事はない。


ドアを開けて中を覗いたが、部屋には人の気配がない。


ほんの少しだけ明るくなりかけている窓の外を見ながら、琴野は廊下を教室の方に歩きだした。











あの時、夜は何もしゃべろうとはしなかった。





女の子でなくても重たいそれは、年代物で、酷く屈辱的な想いが込められた拘束具だった。


もともと、サイズの調整が出来るようなものではない。

腕の太い者からすれば付いている棒状の金具を抜いて取り外せる簡素な作り。

ただ古すぎてその金具は本体とひとつになっているように見えて、動きそうにない。


ただ、腕の細い夜からすれば拘束具としてはあまり意味のない作りをしている。自ら手を引き抜こうとすれば、簡単に抜ける。


榊の新しく作った腕輪と入れ替える為に、まず片方から手を引き抜いて外す。

新しい腕輪を細いものも太いものも、何本も嵌める。


片方はこれで終了。



問題なく交換して、もう片方を……というところで急に悲鳴をあげて部屋を飛び出して行ったと、榊は教室に残っていた皆に説明した。


その時までは落ち着いた様子だったと付け加える。




一緒にいた榊や和隆は、こんな事になった理由を何も思いつかないと言った。







夜はガタガタと体を震わせて、リュカにしがみつくばかりで、何も見ようとも、何を聞こうともしなかった。



何を言っても、どんな問いかけにも反応しない。


今この人に囲まれている状況は、返って夜に良くない気がして、リュカはそのまま夜を抱え上げて、夜の部屋まで運んで行った。






もしかして、ああでもない、こうでもないと仮定の話をしているうちに1時間以上が経った。

そしてリュカだけが教室に戻ってくる。


「もう大丈夫だから、みんなの所に行って、って」


リュカは夜の震えを今まだ感じている両方の手のひらを見て、力なく握った。




「……さっきのダイブでふたりともケガはしなかったの?」


「俺は何ともないよ。夜も大丈夫だと言ってた」


「……そう、良かった。……それで?他に何か聞いた?」


「何も……。ただもう大丈夫だって、もういいからって、それしか言わない」




それぞれ考え事をしたり、心配の表情を浮かべたりしているが、榊は額に手をやり俯いてしまって、表情は見えない。



「……ーーーあ。腕輪はどうしたの?」


「そのまま。手に持ってたやつは付けてあげたよ」


「嫌がってる感じは?」


「ぜんぜん。なかったけど……」


「んふーーーー。ダメだ、さっぱり分からないわ。……今はどうしてるの?」


勢いよく榊は顔を上げる。

皆の心配が少しでも薄れるようにと、顔には薄っすらと笑顔を貼り付けて。


「ベッドの中。寝かせてきたけど、眠ってはないと思う……」


「そう…ーーールカ、あんた変な事してないでしょうね」


「は⁈なんだよ変な事って。なんの心配してるんだよ」


榊は大きく溜息を吐いて、わざとらしくがっくりと肩を落とした。


言うまでもなく、榊の筋書きにこんなくだりはなかった。



「……しょうがない。夜が落ち着いたら、改めて話を聞きます。とりあえず今日はここまでね。みんなも後は自由にしていいから」


それだけ言うと、重い足取りで榊は教室を出て行った。













静かでひんやりと落ち着いた空気は、いつもの賑やかな教室を別の場所のように見せる。


琴野は階段を下りると、その裏側のソファー『まったりするところ』をそっと覗くが、そこに夜の姿はない。


トイレにも風呂にも、誰かの居る感じはしない。




ここには自分とコッティしか居ないのではないかと思うほど、静かで。

まだ昇る前の太陽の作った影の中に、真っ黒の何かが潜んでいると錯覚をしそうになる。






入り口ドアの横にある窓から外を見ると、景色はさっきより僅かに白みが増していた。




青白い空気の中に、夜はいた。





お気に入りのカフェテーブルの所に、いつものように椅子に座っている後ろ姿が見える。



琴野は入り口の扉を押し開けて、靴に履き替えることなくそのまま出て行く。


夜は木立とその間にある低木のシルエットと向かい合っていた。


見ているものは木立以外の何かで、心はどこかに置いてきたのか、夜の目には何も映っていない。



頬には涙の流れた跡が残っている。



「夜……。どうしたんだ?……大丈夫か?」


琴野はそっと夜の肩に触れ、全く反応がないので少し揺らしてみる。



静かな朝の空気の中でも、琴野の心臓だけは激しく打って音を鳴らす。


今まで数え切れないほど恐ろしいものを見てきて、今また別の恐ろしさを感じていた。



生きていないものが存在を主張してくる。

生きている人間が目の前に居るのに、その存在を何も感じない。


全く対極にあるものが同じように恐ろしい。




コッティが何度声を掛けても、夜には届いていない。


リュカに来てもらおうと琴野は言って、校舎の方に歩き出す。




リュカにだって、どうしようもないだろうが、今頼れるのはリュカしかいない気がする。

校舎の2階の通路を静かに進み、リュカの部屋のドアをノックした。




他の人を起こすまいと、小さな音でノックするが、返事はない。


こんな時間にノックひとつで起きる訳がないとコッティは言った。


「リュカ、起きてくれないか。……琴野、遠慮せずにもっとドアを叩きなさい」



何度目かの大きなノックとコッティの呼びかけでやっと、部屋の住人が動き出す気配がした。

寝ぼけた声がドアのすぐ向こうで聞こえて、大きなあくびと一緒にドアが開いた。


「リュカ、こんな朝早くに訪ねて、急で悪いんだが……」


琴野はリュカから顔を背ける。


「……とりあえず何か着てきてくれるとありがたい」


パンいち姿の自分を見下ろすと、ああ、ごめんねと部屋の奥に入っていく。


「なに?まだ暗いんですけど。……今何時?」


もそもそと途切れながら聞こえてくる声に、コッティはだいたいの時間を告げる。


「5時前?……どうしたの。ランニングに付き合ってとか言わないでよ?」


以前、史隆に付き合わされて始めた早朝ランニングは、3日もしない内に終わってしまった。


「いや、その……。夜の様子がおかしいんだ」


ガタン、と大きな音がして、ジーンズを引っ張りあげながら、よろよろとリュカは出てきた。

さっきの音の原因の、ひどくぶつけた肘の辺りを手で擦る。


「夜が⁈どうしたの?」




部屋を出て通路を女子チーム側に走っていこうとするリュカを呼び止める。


「違う、リュカ。表のカフェテーブルだ」


通路を戻ってきたリュカは、琴野より階段を先に下り、開きっぱなしのドアから裸足のまま飛び出して行った。


琴野には追いつけない早さで。




琴野とコッティが夜の所に戻った時には、リュカは夜の前で跪いてその手を握っていた。


この光景はとても絵になるふたりだと、そんな場合ではない考えがコッティの頭に浮かぶ。







リュカの呼びかけにも夜は反応しない。


開いている夜の目は、さっきと変わりなく何も映していなかった。





















ぷすすすー。

琴野さんを事野って変換してましたぷすす。


目が悪い私のバカ。


お詫びに琴野さんにはスリッパじゃなくて、ステキなルームシューズをプレゼント☆


何カ所か間違っていたけど、もう直っている…はずです。


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