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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
和隆がいなくなった。
35/83

そのまえ。





校舎に向かう石畳の道に、落ち葉が目立つようになった。

針葉樹の間にある木々も、夏の緑色に飽きて、それぞれに葉の色を着替えて冬の支度を始めている。


あと数日もすれば吐く息も白くなりそうな、そんな頃。






和隆が居なくなった。

















この数日、雨が降ったりやんだりを繰り返す天気だった。

学園の一番大きい普通科の食堂で夕食を済ませ、曇天とはいえ雨の上がった特科への道を、腹ごなしにゆっくり歩いて帰る。



ずいぶんとこの学園の暮らしに慣れてきた夜が、最近ようやく普通科の食堂で食事が出来るようになった。


特に場所を移動して、環境が変わる事には何の抵抗も無い。


ただ、人が多い場所に慣れるのに、苦労した。


始めは人が少ない場所から、徐々に多い場所へ、多い時間帯へ。


その状況にもやっと慣れてきた。


食堂に通い始めた頃は、行きも帰りも口数が少なかった夜も、今では皆と同じようになんということのないおしゃべりをしながら歩ける。





なんということのないおしゃべりをしながら、楽しく校舎に帰ってきた御一行様の事を、教室の中で待っていた榊が開口一番、遅い、と何故か怒っている。


新たに作った秘密道具をいち早く見せ付けたかった榊は、皆が帰るまでの長い長い長ーーーい10分間を、今か今かと過ごしたらしい。




残念な先生の大安売りのケンカを素直に買う史隆や都、無関心担当の和隆とそれに追随する琴野とコッティ。


子どものように全員に当たり散らす榊を、リュカの隣で、夜だけはにこにことして見ていた。






榊は可愛い生徒たちの、特に大した事のない予定を無視して、円卓の周りに着席させる。


落ち着いたところで、ひとつ咳払いをした。




かかとの高い靴を脱ぐと、様々で散らかり放題の円卓の上に立ち上がり、足場を探りながら、くねくねと中心に向けて近付いていった。


中央付近で足を使って物を横に除けると、自分の座れるだけのスペースを確保する。



円卓の上で噺家の所作で正座をした榊は、脇に抱えていた長細い箱をうやうやしく膝の前に置いた。



「せんせー、なにそれ。カステラ?」


丁度カステラ一本分ほどの大きさだが、どんなに高級でも、流石にカステラを深い紺色の天鵞絨張りの箱には入れない。


せっかく演出している厳かさを乱す史隆を一瞥して、もう一度咳払いをする。


もういいというほどもったいぶった後、たっぷり間を取って榊は話し始める。


「夜の手首にある、謎に包まれた不思議物体ですが。多方面から多角度的に調査を進め、研究開発を繰り返した結果。

この度その分析に一定の成果を得る事に成功しました。……そもそも各方面にあるコネを有効活用し、かつ早急に……」


「もういいから、早く見せてよ、それ」


都が横槍を入れる。


「うるさい!色々頑張ったんだから、聞きなさい!」


「色々頑張ったのは、先生以外の人だろ」


「そう!9割方は人任せ‼︎……任せたおかげで完成に至ったので…ああっ‼︎‼︎」


言い終える前には、都は机の上に腹這いで寝転んで手を伸ばし、紺色の宝石箱を開けていた。


「おい〜。マジか、都。私が開けるとこでしょ〜、ここは〜」


「え?だってもう、せんせーメンドくせーからいいやと思って」



見えにくい位置にいた数人が椅子に座ったまま、足で床を蹴って榊の前方に集合する。





箱の中には鈍く銀色に光る腕輪が何種類も入っていた。


幅の太いもの、針金のように細いもの、細かく装飾が入ったもの、シンプルなものもあって、なかなか気が利く品揃えだ。



各々手に取ったり、様々な感想を口にしているが、好評なようで、榊は満足そうにうなずいた。




そんな中、史隆が手首に銀色のモノを光らせながら手をあげる。


「せんせー、コレなんだか…何だか、これ……良い感じです」


横にいたリュカが平手で史隆をはたいた。


「何でお前がしてるんだよ」


「これ……和君みたい……」


酒に酔ったようにふわふわ、うっとりとした顔をしている。


史隆のすぐ近くに和隆は居ないが、腕輪をする事で、和隆と同じ作用があると言う。


和隆も同様に、この腕輪に効果があると同じ側の手首を光らせながら、手をあげる。


「え⁈そうなの?……琴野さんにはイケるじゃないかと思ってたんだけど」


その琴野には特に変化は無いとバリトンボイスは残念そうに話す。


「ふーん。……能力(ちから)の根本が違うルカと都には使えないだろうなって思ってたけど。和隆と同じ効果があるなら、琴野さんに使えても良さそうなもんなのにね〜。う〜ん。考え方が間違ってたのかな……でも……いや……ん〜?」





夜はこの騒ぎを少し離れた所で見ていた。

リュカがそれに気が付いて、一団から離れて夜の隣に移る。


小さな声で大丈夫?と声をかけると、夜は少しだけ口の端を持ち上げた。



人が混み合った場所に参加していくのは、とても疲れると、夜は距離を置いていることが多い。



心と言葉とを同時に感じてしまう、それもひとりの人間から何通りもの言葉と感情、それから口から発せられる言葉。

いくら特科の生徒が単純で、思ったことを口に出すタイプが多くても、ひとりでさえ何重にも感じるものを、特にこんなふうに会話が速いテンポで進むと、処理が追いつかなくなる。




物理的に距離を取れば、感情の部分は解らなくなるので、賑やかになればなるほど、夜は皆から離れて遠くへ行く事になる。





そうなるとこの世の全てをおいても夜は至上であると、素で言ってのけちゃうリュカは、ひとり離れて行きがちな将来の妻に寄り添い、ふたりだけの世界へ旅立って行く。





腕を組み、今後の課題について考えていた榊が、やっと横道に逸れていた事に気が付いた。


とりあえず効き目のある双子たちが付けている以外の腕輪を全部元の箱に戻すと、それを抱えて円卓から下りた。


「ここはうるさいから、夜の部屋に行こうか」


みんなは邪魔だから教室に残るように言いうと、何かあった時の為に和隆を連れて、2階に上がっていく。







それから数分後、大きな声が教室にまで聞こえてきた。




夜の悲鳴だった。












自分の部屋を飛び出すと、廊下を走り、階段の手前にたどり着いた夜は、悲鳴を聞いてもうすでに階段の半分まで来ていたリュカを見付けると、そのままスピードを落とすことなく一番上のステップを踏み切って跳んだ。



リュカは夜を受け止めて、そのまま背中から後ろにある階段の手すりにぶつかって、ふたりは崩れて座り込む体勢になってやっと止まった。




夜の片方の手首には、榊の新しく作った腕輪が何本もしてある。


もう片方は手を通さず、握られたままの腕輪。




夜を追いかけて来た榊も、和隆も、何が起こったのか解らない表情で、階段の下のふたりを見ている。


「なに⁈何があったんだよ‼︎」


史隆が自分の弟と、自分の担任を見上げて問いかけるが、返事はない。




夜は血の気の引いた顔で固く目を閉じ、リュカの腕の中で体を震わせていた。















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