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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
これは14日間のおはなし。
31/83

おそろいです。






特科の校舎を囲む森の真上に、もうすぐ満月になろうとする白い明かりが、優しく芝生を照らしている。



月の良く見える位置に、カフェテーブルから椅子を持ってくると、ふたつ並べて置いた。



さっきの夕立で濡れてしまった椅子を拭いて、腰掛ける。


雨に洗われた空気は澄んでいて、今はちょうど良い湿度で、暑さも和らいだ。




目を閉じで、上手くできるかと思いながら意識を空に飛ばす。






結果は思ったよりもすぐに出た。

校舎の扉が少し開いて、隙間からするっと滑るように、夜が出てきた。

呼んだと言いながら椅子に向かって歩いてくる。


「はい、呼びました。こんなに上手くいくとは思わなかったですけど」


空を指差して、大きいねと言いながらよつばの隣の椅子に腰を下ろした。


何から話そうかと考える前に、気にしなくていいからひとつずつ言えばいいと、夜は笑った。


体を夜の方に向けて座り直すと、両手で顔をこすり、ひとつ息をついた。





「お母さんは、全部知っていると、言いました」


全部ではないかもしれない、でもそれに近いと思うと、よつばの頭に手を伸ばす。


一ノ宮に気付かれないように、上手に能力を隠したと、偉いねと、月明かりでも栗色とわかる髪の毛をかき混ぜる。


「ーーー………隠すも何も、そんな。………能力なんて、僕には」




時間を飛び越えて渡る能力がある。

そんな風にも見えるけど、よつばが持っている能力は、正確には時間を遡ったり進んだりするのではない。

物質を移動させる能力。

自分と同じ質量の何かと自分とを置き換えることが出来る。

結果的にそれが時間を移動する事になるんだと、よつばの頭を撫でながら夜は続けた。


だから滞在時間もバラバラで、おまけに大きさの違うよつばがやって来る。


そして、その能力を一ノ宮に知られないように隠すため、その間の事は忘れるように自分で仕掛けたと、もっと大きなよつばが教えてくれたと言う。



「………じゃあ、今のこの事も忘れるのか……」



よつばを守る為、それはとても正しい選択だとよつばの手を握る。

思い出せなくても、記憶の中には確実に有る。

ここにも、と胸の真ん中辺りを指差した。



例え覚えていられなくても、いつでも、何度でもきっと会うことが出来る。



一ノ宮がよつばを普通の人間だと思っている限り、よつばが目立たないようにしている限り、機会はいくらでも作れる。




一ノ宮も全て把握している訳ではない。よつばが過去に訪れているかもしれない、と推測が出来るというレベルの話。

あるのは特科以外の人間の目撃情報だけで、それもとてもあやふやなものしかない。



だからよつば、いい子にねといたずらっ子の笑い顔になる。




能力が無いと、否定する気はもう起こらなかった。

この母と、あの父の間に生まれたのだ。

はっきり能力があると言われて、割とすんなり受け入れられた。



それは誰もが同じ様に考えるだろう。

一ノ宮だってそういう考えがあるからこそ、手元に自分を置いておくのだ。

養子にしてまで。


だが確実にハサミだとわかってしまえば、どんな扱いを受けるのか、どう使われるのか。

何もわからない子どものうちに、両親や特科の皆と同じ様な境遇に立たされる。



身を守る為には、今までの仮説のままの方が、周囲の人間をごまかし易い。

よつばが能力者である可能性はあっても、確実とは言い切れない。

もしかしたらよつばの両親や、または他の誰かの意思によってよつばが時を超えるのかもと、いくつもの仮説が立てられる。



そしてそのどれも、誰にも検証のしようがない。


検証のしようがない以上、ハサミはハサミとして使われることはない。


当の本人には自覚がないから、いくらよつばをつついても何も出てこない。







自分はひとりしかいない。


いくつも枝分かれした別々の世界で生きている、別々の未来からやって来た、たくさんの可能性の世界で生きる、たくさんいるよつばではない。



仮にと考えていた説も、自分の記憶を消していたと聞けば、捨てざるを得ない。







ひと通りの筋書きしかないという事実は、よつばの気持ちを曇らせる。







この先の、よつばの両親の辿る未来。







「僕がいる未来には、もう、お母さんとお父さんはいません」


言葉は途切れ途切れで、抑えようとしても声の震えが止まらない。




それはよつばから溢れて、夜の中に感情も記憶も流れ込んでくる。






よつばは心が痛いと今も泣いている。


ずっと。

小さな子どもの頃から。



同じ様に心が痛くて、夜もずっと泣いている。





夜の能力でふたりの心はぐちゃぐちゃに混ざり合って、どちらの感情なのか、誰の記憶なのか、よく解らなくなってくる。


実際に口から出てくる心も、胸の中に響き、耳に入り、整理するのが困難な状態だった。





きっと小さなよつばと離れ離れになる時は、もっとずっと悲しくなる。

リュカもその時は同じ事を思うはず。





「だから今、大きくなったよつばを見られてよかった」





何度も何度も、リュカや私に会いに来てくれて、本当に嬉しいと、言葉ではなく、心で感じる。

夜の心の声が聞こえる。




喉が詰まって、よつばは思うように返事もできない。


呼吸も思うようにできている気がしない。




「よつば、悲しかったね。ずっといっしょにいられなくてごめんなさい」






もう我慢なんて出来なかった。

詰まったような喉からは、息を吐き出す苦しげな音しか出ない。


本当はもっと違う、きちんとした言葉を言いたい。





違う、こんな事を言ってもらいたい訳じゃない、本当は、もっと。







本当は。







『今からなおせばいい』と言ったじゃないか。


未来は変えられる。

そういう意味なんじゃないのか?








本当は、ごめんじゃなくて。



謝って欲しいんじゃなくて。












離れ離れになるのは構わない。

近くに居られなくたって、構わない。



寂しいのも、辛いのも我慢する。


だから、どうか。








どうかこの世界から、いなくならないで。



消えてしまわないで。






死なないで。









どこかで、生きていると、言って欲しい。











背中にある手は温かくて、張り詰めて強張った痛みを溶かしてゆく。


少しずつ力が抜けていって、温かさが広がってゆく。






大丈夫、怖くないよ。


大丈夫だよ、間違えないように気を付ける。


直せないかもしれないけど、きっと。





「どこかで、生きているから。わたしもリュカも。だからもう、なかないで」









肩に回された腕はとても細い。

自分より体も小さい。

年齢だって10以上も下のはずなのに。






大きな荷物を背負わせた。


とんでもない約束を押し付けた。



それでも。

どうしてでも。








だいじょうぶ。

今からなおせばいいんだよ。







何をしてでも、未来でこの約束を果たしてほしい。












ちょつと自分でもどうかしているんじゃないかと思うくらい涙が止まらない。

今までこんなに泣いた事があっただろうか。

冷静になるにつれて、恥ずかしさがこみ上げてくる。



どっと疲れたけど、でも気分は割とすっきりしていた。


目の前の夜は瞼が腫れぼったくて、月明かりではよく見えないけど、鼻は真っ赤になっているし、頬だって手で擦ったところが赤くなって痛そうだった。


ひどい顔をしている。

きっと自分も同じ顔をしているとよつばは自分の顔を擦った。


お揃いだと、嬉しそうに夜は笑う。






少し前から遠くで様子をうかがっては、必要の無い嫉妬でイライラしていた。

『見守っているんだ』と自分をなだめていたリュカは、とうとう我慢しきれなくなって、ふたりに近付いていった。



ふたりの顔に驚いて、校舎に急いで戻ると氷とタオルを持って帰ってきた。


よつばは男だからどうでもいいけど、夜はダメだと顔にぎゅうぎゅうタオルを押し付けている。



何故ふたりともそんなに泣いているのかと聞くと、タオルの下からもごもごと声が聞こえる。


「ーーーおわかれが、悲しいから」



リュカは夜の可愛さに、よつばは言葉の意味を何通りも深く受け取って、父子揃って心臓を鷲掴みされている。


ふたりから咄嗟に出てきた一言が同じ台詞で、お揃いだと、また夜は笑った。







この時間が愛おしくてたまらない。


この気持ちもお揃いなら、こんなに幸せなことはない。














エンターキー連打回。

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