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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
これは14日間のおはなし。
28/83

ボス。



保健室は嵐が去った後の有様になっている。



机の上にはいたる所に紙の束が積まれ、新旧様々な記録ディスクが転がり、何台ものパソコンが榊の机や、部屋の真ん中に設置した大きな机に乗っている。


床には段ボール箱が散乱し、必要なものとそうでないものが置いた本人にしか分からないままに、整理されず雑然と置かれている。



まるで保健室の見た目ではないが、それでも休み時間ごとにスポーツ専攻科の生徒達がやって来ては喧しく散らかして帰っていき、時間が経てば経つほど部屋の中が荒れていく。


保健室に3台あるベッドの一番奥は榊が占有していた。


学園の外にある家には、最近ほとんど荷物を取りに帰るだけで、私物がどんどんこちらに移動してきている。


あらゆる所に『立ち入り禁止』と『さわったらシバく』等の張り紙がしてある。



今も熱があって休みに来ているはずの生徒が、保健室の主の命により、小さな流し台の前で他の生徒が飲み散らかしていったカップを洗い、榊とよつばにコーヒーを淹れようとコーヒーメーカーの前で、赤い顔をしてぼうっと立っていた。



ひと段落ついたよつばが慌てて生徒のところに行き、お礼を言って謝ると、笑いながらふらふらとベッドに戻って行った。





改めて保健室の様子を見回し、この散らかった部屋を整理して片付けることを考えて、うんざりした気持ちになる。


うんざりした気になって、よくよく考えると、別によつばが片付けるとは決まってない事に思い至って、首をかしげる。




何故、これをひとり片付ける羽目になると、思ってしまったのだろう。






出来上がったコーヒーをパソコン画面に向かっている榊に手渡すと、見もせず受け取って、すぐに熱いと返された。



今まで何度かこのやり取りをした事がある。







「……ーーー先生、……名字が違いませんか?」


「は〜?何言ってんの?よつば」








違う。


これから変わる。




とてもよく似た状況に何度も遭っていた。



締め切りに間に合わないからとか、納期に遅れているからとか、ちょっとそんな気分ではなかったからとか。


初めから人に手伝わせる事を織り込み済みで予定を組むやり方。



毎日コツコツ地道に出来なくて、夏休みの終了間際に全部の宿題を一気に終わらせるような、このやり方。




大きな波が打ち寄せるたび、余波がよつばにまで到達して、翻弄されていた。




断りきれない気の良い人間を見付ける目の良さ。


断れない空気を作る押しの強さ。


とてもよく似た人を思い出して、よく似た人ではなく、本人だということに気が付いた。






よつばを『ご奉公』しに行けと命じた人は、この人なのだ。


数十年後の榊。









頭では解っていなくても、心と身体が解っていた。


どうして榊の前だと落ち着かないのか。

怒られるんじゃないかと顔色を窺ったり、間違ったことをしやしないかと緊張したり、褒められれば嬉しかったり。



自分のボスならもう、それはもう、仕方ないとあっさり腑に落ちた。


今は自分より若かろうが、そんな事は関係ない。


この人は今までずっとこう有って、この先もずっとこう有り続ける人。




おかしくて堪らず笑い出す。


コーヒーをこぼしそうになって、榊にカップを手渡すと、熱いと文句を言いながら突き返したのが、所長らしくて、また笑える。

所長らしいって、この人所長だよと心でツッコミを入れてまたさらに面白くなる。



気の毒そうに見ている榊に、未来に関わることなので理由は言えませんと息を切らして言うと、楽しそうな未来で何よりと、ドン引きしていた。





所長が学園に居た事を、この時に初めて知った。

そんな事はひと言も聞いていなかった。


黙ったままで、学園に送り出した理由は帰った時に聞いてみよう。


まさか過去に来ると知っていて送り出した訳でもないだろうから。



でも、自分の事を思ってくれて、だと良い。

そうだと嬉しい。




過去に行って、若かりし頃のあなたに会ったと言えば、どんな顔をするだろう。


こっちを少しも見ずに、ああ、そう、で終わりそうだ。

昔から変わらず美人でしょう、と勝ち誇って笑う顔が目に浮かぶ。











手元が見えにくくなって、顔を上げると窓の外は暗くなり始めていた。

朱色と紺色の縞模様の雲がもうすぐ日が暮れると告げている。



部活で賑やかだった外の声もひと気もなくなっている。

時間を見て、また窓の外を見る。

日が落ちるのが早くなってきた。



よつばは強張った背中を伸ばして、うめき声を上げるとカップに残った冷たいコーヒーを飲み干した。


榊のカップを回収して、コーヒーを淹れなおそうと流しの前に立つと、すぐそばの入り口がからからと音を立てた。


「まだやってんの?………暗っ。電気くらいつけろよ」


「都さん、どうしたんですか?」


すぐ近くの壁にある電灯のスイッチを、都は勢いよく押した。


榊が顔も上げず、明るくなって見やすいと声を上げる。


都の顔には頼むからしっかりしてくれよと書いてある。


「どうしたじゃないよ。お腹が空いたって、双子がぴーぴーうるせぇんだよ」


「あ‼︎すみません。僕が当番だったのに」


「だから迎えに来た」




朝と昼はリュカが代わってくれたんだぞとよつばの腰にパンチを入れる。


作業にすっかり夢中になって時間を忘れ、年下にフォローされた上に、子どもに気を使わせた。

よつばは恥ずかしくなって両手で顔を覆う。



榊はふたりを見もせず、もういいありがとう、と心のこもらない礼を言うとひらひらと手を振った。




榊もよつばも朝からまともに食事もとってなかった。


遊びに来た生徒から取り上げた菓子パンの、空になった袋だけが机の上に放置されている。

さらに恥ずかしさが増して、座り込みたかったが、そこは少し頑張って堪えた。





食堂でご婦人方の愛情弁当を受け取り、再び保健室に戻って、榊に食事を分けた。

あの状態では休むのはずいぶん経ってからだと分かっていても、いい加減休んでくださいと声を一応掛ける。



止める言葉は簡単に言えても、実際に止められはしない。



榊は夜と離れてから今までの時間を埋めるのと、これから先の時間を考えるのに忙しい。


手を休めてはいられない。


始めたら終わりが見えるまでやめたくない研究者の性質も、どちらもよつばには理解できる。







特科の校舎に近付くにつれ、明かりが少なくなっていく。



暗い道を都と歩きながら、しっかり出来ない大人と自覚しつつ、食事当番は無理そうだと伝えた。











伏線回収装置、オーン。

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