day 11 ひろがる世界。
「みやこ、寝てるの?教えてほしいことがある」
ゆるく編んだみつ編みを背中の方に回しながら、『まったりするところ』をのぞき込む。
顔の上に雑誌を乗せていた都が、少しだけ雑誌をずらして、眩しそうに瞬きを繰り返すと、なに?という内容の単語をもぞもぞと言った。
わからない事は都に聞けと言われていて、その通りに夜は都の前にやって来た。
夜の知識にはかなり偏りがある。
日本語以外に何ヶ国語か話せる。
日本語を読む事は出来ても、字も数字も、書く事は全くできない。
足し算や引き算の算数は出来ないけど、都も解くのに時間がかかる数式を、見ただけで解答した。
榊やよつばの専門的な会話に割って入ったかと思えば、風呂上がりに全裸で歩き回ったりもする。
子どものようなしゃべり方で、老人のように悟りきった内容を言い放つ。
他人の知識を自分のものにすることは小さな頃からしてきても、自分から理解しようと学ぶ事はほとんどしてこなかった。
「これなに?どうやって使うの?」
やっと明るさに慣れた目で、夜の手にあるものを見ると、雑誌を元の位置に戻しながら、榊か琴野に聞けともぞもぞ言うと、都は昼寝を再開した。
「…わかった」
榊は午前中顔を見せたきり、持ち帰ったデータの整理をするからと、断りきれないよつばを拉致して行った為、ここにはいない。
残るは琴野だが、夜の質問に答えるのは、コッティの役目だ。
「…ーーーい、いや。待ってくれないか、夜。その質問に答えるのは、私には難し過ぎる」
琴野はコッティの陰に隠れて、笑をこらえている。
「それなら俺も知っている。どうやって使うか、俺が教えてあ!ああぁぁああ‼︎‼︎」
和隆と対戦中のポータブルゲーム機の真ん中辺りをリュカは掴み、紙くずみたいに握りつぶした。
「ぁぁぁあああ‼︎‼︎俺の‼︎限定カラー‼︎‼︎……バカ、早く離せ‼︎」
細くなった元ゲーム機を、机の上にぽろぽろと落としていくと、中身はこんな感じかと和隆が感心した声を出す。
和隆の関心ぶりが気になって、史隆の手元をのぞき込もうとする夜の手元には、繊細なつくりの布が心許なげに揺れている。
「夜。それはここでみんなに見せない方がいい。しまっておいで?」
さりげなく夜を階段にエスコートしながら、リュカが優しく手を引いた。
少し不満そうな顔をしている夜に、使い方は後で榊に聞こうねと笑いかける。
つられて笑顔になった夜は、わかったと素直に階段を上って行った。
机の上の小さくなった元ゲーム機たちをかき集める。史隆は合掌し、冥福を祈るとその手を離して手のひらを上に向けた。
「しかし。……なにアレ。ザ☆榊チョイスだね」
そう言うと、用の済んだ小さなゲーム機たちを横によせ、双子の片割れの持っていたお菓子の袋に手を伸ばす。
「……紫か〜。黒じゃないあたり、先生っぽいよね〜。…しかもレースて…」
同じ側の頬を膨らませて菓子を食べる双子は、今日の天気はといった感じの、のんきな雰囲気の会話をしている。
「ふーん。そうかぁ……夜はノーブラかぁ……」
リュカはゆっくりとした動作で自分の履いていた靴を脱ぐと、躱そうと避けた史隆の頭にきちんと靴底が当たるように靴を投げた。
きちんと当たった靴を持ち主の顔めがけて投げ返すと、持ち主は上手に手で受け取って、靴を履き直す。
机に腰を掛けると、悩ましげに短い溜息をこぼした。
「……琴野さん、今度もっとかわいいのを、一緒に買いに行ってあげてほしいんだけど」
にこにこ笑う琴野の返事に、コッティが返事を返す。
「その時は琴野……私も行かなくてはいけないのだろうか?」
2階の廊下でぱたぱたと聞こえると、そのまま足音は階段の途中まで途切れることなく続いた。
最後の5段ほど残した高さから、手すりを飛び越えて、夜が床の上に着地する。
少し前に史隆が階段から飛び降りたのを真似して、同じようにしたものの。
両足で着地したあと、重力に負けてそのまま膝を折り、両手をついて、『この世の全てに絶望した格好』のまま動けないでいた。
先ほどの服装とは少し変わって、学園の女子生徒の制服のスカートの下に、きちんとジャージを着用している。
「どうよ、夜。……それは『いいもの』?」
史隆はいじわるそうにくすくすと笑う。
小さな子どものように誰かの真似をして、それが自分にとって『いいもの』なのか、『わるいもの』なのかをひとつずつ試すことに情熱を燃やしていた。
はじめのうちは本当に何をしでかすかわからず、皆の気をもませていたが、加減をしなければいけない事と、ひとりで動き回らない事、これらを守らないと誰かに怒られる事を学習したようだった。
「ーーー………」
呼吸を整えて落ち着いた後、顔を上げた夜の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「今度はもっと低い所から跳んだら良いよ」
まだ痛みは続いているようで、見た目通り立ち直れない。
史隆のアドバイスにかくんと頷いた。
「散歩の時間か。行こう、夜」
差し出されたリュカの手にぶら下がりながらどうにか立ち上がり、ゆっくり歩き出すが、腰が引けてひょこひょことおかしな歩き方だった。
「少し、休んでから行く?」
痛みは深刻そうではないので、それほど心配はしていない。
返ってくる言葉は分かっていたが、それでも一応聞いてみた。
「さんぽに、行く」
大丈夫かと聞かれて、わんぱく小僧がもうダメだと答えないのと同じに、むすっとした表情でリュカの腕を引っ張った。
見ろ、みんな。なんて可愛いんだ、というリュカの顔を見ながら、史隆は手でもう行ってくれと合図を送る。
ふたりの楽しそうな声は玄関の扉が閉まる音と一緒に聞こえなくなった。
「……しかし。なんで学園のジャージじゃないんだろう」
散歩の途中であちこちの藪に突っ込んで行ったり、木に登ってみたりと、夜のわんぱく振りに、榊がスカートの下にはジャージをと渡したものを、素直に穿いている。
男子へのサービスも、脚にできる傷もこれでずいぶんと減った。
学園の豊かな森の深緑に対をなすあずき色のジャージは、何故か琴野にも好評で、榊におそろいで欲しいと発注してあり、現在入荷待ちの状態だった。
空になったスナック菓子の袋を丸めて、ゴミ箱に向けて放り投げた。
史隆が入れそこなったゴミを拾い、和隆が元の場所に投げ返す。
「そういえば、琴野も先生に欲しいって頼んでたよね?」
「えー?琴野さんはジャージなんていらないでしょ?」
「いや〜。いるかどうかは置いといて。俺は似合うと思うよ?琴野」
のんきにゴミを投げ合っている双子の会話に、うつむいた琴野の顔がみるみる赤くなっていく。
「………いや、琴野さん。イモジャー似合うって言われてるんだよ?」
もちろんサイドに白い2本線が入っています。
アレをカワイイと思うのは女子が多いですよねてか男子が良いと言っているのを聞いたことがないっていうか男子はそもそもジャージをはかれたくない。




