day 7 空は思ったより青かった。
目を開けると、見た事のない天井があった。
実際に自分の目で見ている光景なのか、それとも誰かの記憶なのか、考えはきちんとまとまらない。
思い出そうにも何が邪魔をして、霧の中で手を振り回しているように、何の手応えもない。
邪魔をしているものの正体は知っている。
頭痛だ。
能力を使い過ぎると、いつも決まって数日はぼんやりとして、その上どうにか我慢できる程度の頭痛が続く。
このまま我慢していようか、それとも所員に話しかけて薬をもらおうか迷っているうちに、思い出したことがあった。
所員はみんな、殺されたのではなかっただろうか?
頭を横に向けると、壁があって、そこには窓が付いている。
窓の外には、薄い水色の空と、白い雲が見える。
自分が実際みているものなのか、誰かの記憶なのか、区別がつかない。
それでもずっと見たかったものだった。
絵でも写真でもない、例えそれが誰かの記憶だとしても、今見えているものは、空なのだ。
物音が聞こえてそっちを見れば、驚いた顔をして女の子がこっちを見ていた。
椅子から立ち上がり、隣に座っている人形を抱えると、慌てて部屋を出て行った。
ドアは閉じられずに、開いたまま。
かわいそうに、あの子は後で叱られてしまう。
ドアに鍵をかけなかったのを、ひどく責められるに違いない。
私が部屋から出る出ないには関係なく。
でも、誰があの子を怒るのか、怒る人はもう、居なくなってしまったのに。
思考は上手くまとまらない。
それが気持ち悪くてどうにかしたくても、自分でどうしていいかも分からない。
琴野が物凄い勢いで2階の廊下を走り、ホールの階段を駆け下りると、円卓でゲームしている榊の前にコッティを差し出した。
「榊、あの子が目を覚ました」
抱えられたコッティの声も、息が上がったように上ずって聞こえる。
都と対戦中のゲーム機を放り投げて、榊は跳び上がる勢いで立ち上がった。
同じように立ち上がった数人に、両方の手のひらを向ける。
「ちょっと!ちょっと待って。みんな落ち着いて。……いきなり大勢で行ったら、混乱するから。……待ってて、私が行く」
言われた通りに、各々椅子に座り直したが、リュカとよつばは立ち上がったままだった。
全員が冷静さを欠くのも無理はない。
あの研究所から帰って丸4日。
皆で交代しながら、彼女の側に付いて、彼女が目を覚ますのを待っていた。
ひとつ頷いて、颯爽と階段を駆け上がり、本棚の向こうへ消えていった。
見送ってようやくよつばは椅子に座ったが、リュカもよつばも、本棚の向こうが気になって、しばらく見上げたままだった。
都の部屋の辺りで急に足を止めると、後ろを付いて来た琴野を振り返り、どうしようかと白衣の襟を掴んだ。
「これ、脱いだ方がいいかな?どうかな……どう思う?」
なるべく研究所の事を連想させたくない気持ちと、脱いでしまえば自分とは気付いてもらえないのではという思いとで、白衣をひらひらさせている。
よつばが使っていた部屋の方にグイグイ榊を押しながら、琴野は通路を進む。
後ろからバリトンの優しい声。
「そんな事気にする前に、早く顔を見せてやったらどうだ」
少女はベッドに起き上がり、琴野が快く貸してくれた赤いギンガムチェックのパジャマのボタンを外したり留めたりしていた。
出来る限り落ち着いて、優しく、頭の中で何度か唱える。
声をかけながらゆっくりと近付いた。
「おはよう、……久しぶりだけど、私のこと覚えてる?」
榊はゆっくりと彼女の側へ行き、ベッドの端に腰掛けた。
「……頭が痛いんでしょ?すぐに薬を持ってきてあげるからね」
手を伸ばせば、少女は離れた場所から見ている琴野にもわかるくらい、びくっと体を震わせた。
不審そうに見ていた顔は、徐々に力が抜けていき、そのまま気が抜けた笑顔に変わる。
はたと思い出したように、パジャマをつまみ、両腕を榊の方に差し出した。
繋がっていた枷は、間の部品が取り除かれて、今は少々重たいアクセサリーになっている。
「……そう。両腕を自由に出来るようにしたんだけど、前と何か変わった感じはある?」
少女は自分の体の中身を探り、少し考え込んだ後、首をかしげる。
「………コラ。ちゃんと声に出して言いなさい」
自分の声が思うように出なかった事に驚いて、少し声を出す練習をすると、榊に顔を向けた。
「ま…えのと、そんなに、かわらないと思う。…………美和ちゃん、ここはどこ?」
起き上がれるようになってからは、ひな鳥のように榊の後ろをくっついて、特科の校舎の中も外もひと通り見て回った。
校舎の出入り口の近くにあったカフェテーブルは、陽当たりが抜群過ぎるからと、木陰のある森の方に移動した。
生まれて初めての外の世界を堪能しすぎて、熱中症になりかけたので、テーブルが移された。
木陰のほうはそこそこ快適だった。
日向に比べれば。
気に入ったのは、外にあるこのカフェテーブルで、朝になれば榊が来るのをそこで待ち、榊の後ろをついて歩き、誰とも口をきかず、榊が帰れば部屋に引きこもるのが日課になっていた。




