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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
これは14日間のおはなし。
20/83

なんちゃら大サーカス。





一番に、まず自分の事を考えなくては。

自分の身を守る為に、それは戦うべき相手からもだけど、何よりルカから身を守らなくては。


手の中のコレは、最悪、ルカに投げることになるかも。


その時は、後でたくさん謝ろう。

俺が死んだりしなければだけども。


それからあの女の子の事。

彼女を安全な所に連れて行ってあげないと。

10歩も離れていない距離なのに、そこを移動するのも怖いったらない。


うっかり動けば、すんごい速さで移動してるルカに、これまたうっかり轢き殺されるんだろうな〜。


せめて今どこにいるか分かれば、ふたりとも安全な所に移動できるのに。


「いまならだいじょうぶ。こっちに来たらいい」


え、今あの子がしゃべったの?



声がした気がする。

実際は遠くで派手にやり合う音が聞こえる以外は、自分の呼吸の音も静かに抑えている状態だった。

女の子は、近くのコンクリート製の壁際に歩いて行くと背中をつけて壁際に立った。


「あの金色のは、わたしたちから遠くでアレをやっつけようとしている。だから今のうちにこっちに来たらいい」


やっぱり、女の子の声は聞こえない。

でも何を言ったかは分かる。



周りを見回して、史隆は彼女の隣に駆け寄った。


「どうして声が?」


口の前に人差し指を立て、小さく首を横に振った。



「おまえのへんなちからと同じ。わたしにもへんなちからがある。だからしゃべらなくていい。わかるから。しずかにして、わたしがしゃべるから」


女の子は真っ直ぐ前を向いたまま、史隆をちらりと見ることもせず、そう言った。

口を開くことも無く。




能力者、か。

相手の考えを読み取って、自分の考えを相手に直接伝える事が出来……


「うるさい。しずかにして」


はい。ごめんなさい。


ん──?でもでもでもでもこの能力って便利じゃね?!てか、凄くね?!

例えば例えば────


「はなれろ、うるさいな」







壁際にいる史隆から数メートル離れた壁に、どす黒く汚れた塊がぶつかって跳ね返る。

その震動が史隆の背中にまで伝わってくる。


塊はコンクリートの壁に沿って、史隆達の方に向かってくる。




史隆達を次のターゲットにして襲いかかろうとしているのではない。



逃げていた。


己の命を脅かす、自分よりも強いものから。

ずるずると這うが、攻撃を受けてはしばらく動きが止まり、また動き出す。

もう目に見えない程の俊敏な動きは取れない。


相手は目の前の床に転がっていた椅子をリュカに投げつける。


それを片手で受け取ると、受け取った状態のまま、振りかぶることもなくそのまま投げ返す。


防御をする暇もない相手に椅子はぶつかり、おかしな形に歪んで床に転がる。


相手の脚は、膝の所からありえない方向に曲がっていた。

立ち上がり逃げようとするが、思うように膝から下が動かず、這いつくばりながら、それでも遠く離れようともがく。


リュカはゆっくり近付くと、もう動かない膝を踏みつける。

そしてそのまま踏み抜いた。


もう相手は完全に戦意を喪失して見えた。

ちぎれた脚も、もう痛みは感じないのか、わずかに息を漏らしただけで、声を上げる事すらしない。


リュカは右手で相手の首を掴むと、軽々と自分の頭より上に持ち上げた。


もう少しでも力を込めれば、それで終わる。




女の子は壁から離れると、史隆の制止も聞かず、リュカとリュカにぶら下がるどす黒い相手に真っ直ぐ向かっていった。


そこで初めて口から声を出す。


「もういい。もう終わり。それはもう、ほうっておけばすぐにしぬ」


重そうな手錠で繋がれた両手を伸ばして、リュカの左手を握る。



そのリュカの視線は奪うべき相手の命を見ている。

右手に力は篭ったまま。

喉からは普段では想像も出来ないような低い唸り声が続いている。


もう少し、ほんの少しでも力を込めれば、命が尽きる。



女の子はリュカを見上げている。


「──………つかれた。ねむい……」


それだけまた声に出すと体から力が抜け、その場でゆっくりと崩れそうになる。


右腕一本で自分より大きな相手を遠くへ投げると、リュカは後ろに倒れていきそうな女の子を両手で抱えた。


ふたりはゆっくりと床にへたり込む。


近寄っていく史隆に、ひどく長い溜息が聞こえた。


「……な……なに?──大丈夫?どうなってるの?その子どうしたの?」


顔を上げたリュカがいつもの男前に戻っているのを確認して、小瓶を握りしめた手から力を抜いた。



「……危なかった──色々、全部。みんな殺すところだった………」


そうだろうなと想像していても、さすがに本人からそう言われると、背筋が寒くなった。

史隆はしゃがみ込んで、同じ高さに視線を持って行く。


「大丈夫?」


リュカは視線を落として女の子を見る。すうすうと小さく寝息を立てて完全に眠っているように見える。


「……うん。眠いから寝るってさ」

「あぁ……そう。……じゃなくて。ルカは?大丈夫、だよな?」


心配そうに覗き込む史隆の顔を見て、さらに緊張がほどけていく。

へらりと笑って、おかげさまでと小さな声で言うと、大きく息を吐き出した。


「アレ……放っといて平気?」


史隆は不安げな顔でリュカの向こう側に首を伸ばす。


「……ああ。いや、それだけど──実はあと2・3日ほど放っとけば、エネルギー切れで死んだらしい」

「ふぇ?」





彼女が邪魔をするなと言ったのは、そういう意味も含まれての事だった。


あれ程の常人離れした力を発するには、それなりの栄養を補給しなければならない。

しかし怒りに飲み込まれて、自分で栄養補給の術を絶ってしまったのだ、研究所と、その職員を滅茶苦茶にして。


では、死を覚悟してこのような事をしたのかといえば、それはもう、誰にも分からない。

当の本人にさえ、分からないだろう。






彼女の能力で、ほんの少しの時間で様々な情報を強制的に叩き込まれた。

本当に『叩き込まれた』という表現がふさわしい。




投げ飛ばした相手は、壁を背に座るような体勢をしていた。

喉を潰されて、呼吸もままならない。

体を動かそうにも、もう思うようにはならない。

ずるりと重力に負けて、腕が床に落ちる。



少しずつ機能が停止していく。

それをリュカと史隆は見下ろしていた。


怒りに飲み込まれ、能力に頼りきり、過信する事の悪い見本が、ここにあった。


哀れに思う。


その思いを全力で否定もする。

この光景を、この姿を、忘れないように心に刻む。


いつ自分達がこうなってもおかしくない。





不安定な場所に、かろうじて立っている事を忘れてはいけない。










皆の所に行く前に、とリュカは歩き出す。

後ろを付いて行った史隆がたどり着いたのは、ロッカールームだった。

中にはシャワー室があって、ロッカーを端から漁れば、クリーニング済みの洋服が出てきた。


それを史隆に投げてよこす。


受け取ってから改めて自分のシャツを見下ろす。

リュカほどではなくても、このまま皆に会えば、確実にドン引きされる程度に血が飛び散っている。


誰のものかは分からないが、これの持ち主にはもう用はないだろう。

さらにロッカーを漁ってふたり分の上下をなんとか揃える。


リュカは抱えていた女の子をロッカールームの長椅子にそっと寝かせると、クリーニングされた白衣の袋を破って、彼女に白衣を掛けてあげる。なぜ白衣かといえば、それぐらいしか適当なものがなかった。

ジャケットや防寒着のようなものはあったが、洗濯もされていない、誰のものかも分からないそんなもの、この子に掛けるのは、絶対にしたくない。


抱えている間にリュカの服についていた血が移ってしまった。


本当はこの子も着替えさせてあげたいが、各方面から怒られそうなので、そこは仕様がないと協議の上で諦める事にした。



そもそもこの子は両方の手を繋がれている。



よく見れば着ているものは入院患者が着るような、肩と腕の所を紐で結ぶ、下から穿いて着るものだった。

質素な生地の、ただの筒のような形で、とてもワンピースとは言えない。










シャワーの湯は、体に付いた色んなものをきれいに流していく。心の奥底に溜まった澱のように言葉に出来ない暗くて粘度の高い嫌な感情まで少しずつ。





あの子のおかげでリュカが平常運転に戻ったのはすぐに察しがついたが、どうやってあの一瞬の間に正気を取り戻したのかを史隆に聞かれて、リュカは自分の状況を正確に伝える言葉を探した。


「子どもの時サーカスに行ってさ。──史隆……猛獣ショーって、見たことある?」


史隆が想像したのは、きらきらしい派手な衣装をまとった美女が鞭を振り回す姿。


ライオンの着ぐるみを着たリュカに、火の輪をくぐらせようとしているシーンだった。



残念ながら史隆の想像力はそんな程度だったが。



猛獣ショー、まさにそんな感じだった。





実際にはほんの数秒の出来事だったと史隆は言ったが、リュカには何時間にも、何日にも、何年にも及んでいるような感覚だった。









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