さらに下へ。
到着したエレベーターの外は、真っ暗だった。
暗さに目が慣れると、通路の天井に、小さな星のような明かりが見えてきた。
黄色っぽい小さな明かりはぽつぽつと一直線に続いている。
お互いのシルエットは確認できても、顔はちゃんと見えない程度の明るさしかない。
エレベーターの扉が閉まり切る前に、榊は柱の陰になった所を手探りしている。
すぐに通路は明るくなった。
「で?ルカは何を思い出したの、せんせ?」
質問した都は、痛いほど握られた自分の手を見る。
見上げたよつばの顔は榊だけを見ている。
「このラボが、何を研究していたかって事。ーーーーまぁ、ヒト遺伝子の解析なんだけど。人の遺伝子なんて、国内でも国外でも色んな所で研究してるでしょ?それもこのラボが出来るずっと前からね……」
「榊、話に割り込んで済まない。……ーーーー琴野、目を閉じなさい」
優しいバリトンの声が静かにエレベーターホールに響く。
琴野は何もない通路の先を見つめて、目をそらせずにいた。
自分の腕にしがみついた琴野を見る。
和隆は空いている左手で琴野視線を遮ると、その手で頬を鷲掴みにして、自分の方に顔を向かせる。
「……はは。ヘンな顔。かわいい〜」
掴まれた顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
「ーーあぁ。こっちの方こそ、邪魔して悪いんだけど。すぐそこが所長室だから。……ここよりマシかはわからないけど」
エレベーターホールの通路は二手に分かれている。
琴野が何かを見た方ではない通路に向けて、榊は歩き出した。
「……ワザワザね。誰かのしてる研究を、しかも遅れてするわけないでしょ?そんな事に一ノ宮はお金を出さないしね。ここはあなた達のように、特別な能力を持った人の遺伝子を研究する所ってワケですよ」
この研究所に入って、初めて木の扉の前に立つ。
シンプルだが丁寧に装飾が施されて、明るい茶色の上薬が通路の照明を映している。
所長室は窓がない以外は、少し豪華な程度の応接間と変わらない、普通の部屋だった。
榊は構わずその部屋の奥に向かう。
机やソファーの向こうにもう一部屋あり、そこは書斎になっていた。
正面には重たそうな机があって、その上に広がった資料や転がったペン、少し後ろに引いて斜めの角度の椅子はまるで、ついさっきまでこの部屋の主がいたように見える。
机の後ろにあるガラス戸の書棚を開けて、榊は端から味気ない青い表紙のファイルを机の上に積んでいく。
「ルカは学園に来る前に、少しの間だけここにいたのよ。……その時には私はもうここの職員じゃなかったし、ルカ自身もここの事は覚えてないと言ってたから何があったかは知らないけど……ここの連中がルカに何をしたかは見当が付く」
机に資料を力任せに置き、心底嫌だという冷たい表情で、ここの連中、と言った。
その目は過去を見ていた。
「ルカはきっと、ここに居る間ひとりで自由に歩き回ることを許されていて、どこでも出入りができる。それを思い出したんだわ。だから迎えに行くからここで待ってろと言ったのよ」
積み上げたファイルの表紙をめくったところにポケットが付いていて、中にはディスクが入っていた。
榊は袋ごとちぎり取ると、資料は机の下に払い落としていく。
「よつば、そこのPCを持って帰れるようにしてちょうだい」
「コレ?面倒くせー。データだけ学校か一ノ宮に送ればいいじゃん」
都がよつばより先に返事する。
「……都さん、繋がってないですね、コレ。記録媒体も無さそうだし……」
「ハードディスクだけでもいいから持ち帰れるようにして。和隆と琴野さんはこっちを手伝って?コレも持って帰るから」
「はぁ?コレ全部……?」
書棚は壁一面にあって、そのほとんどにファイルが詰まっていた。榊は一冊にひとつ入っているディスクを全部持ち出そうとしていた。
「あ、違うわ。ちょっと待って、途中までで良いのか」
そう言うとファイルにある番号を確認していき、全体の半分の場所からいくつか抜き出して、ここから左側ね、と小首を傾げながら可愛らしくにっこりと笑った。
システムが新しくなってからのデータは、一ノ宮も管理しているはずだ。その気になれば榊がこの研究所の外からでも取り出せる。
無理でも都に任せればチョロい。
何よりこの量全部を持ち出すのは、頭数はいてもキツそうだった。
都はあーあ、と声を漏らしながら大量のそれらを持ち帰るための入れ物を探して、その辺りの棚を物色しだした。
うるさいな。
まだ寝ていたいのに、静かにしてよ。
うるさいな、大きいこえで、
そんなに一度にたくさん言わないで。




