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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
これは14日間のおはなし。
15/83

day 3 いっきまーす。









黒くて極悪な車は予定時刻よりもずいぶん早く、竜間研究学園都市に到着した。


広い敷地にはたくさんの研究施設や工場の大きな建物、その上大学がある。


学園と違うのはその規模と明るさ。

山の上でもないし、周りを取り囲む森もない。

どの建物も近代的な感じの白っぽい色で統一された、四角い箱のような造り。

建物に付いている駐車場以外の広場にはきれいに刈り込まれた芝生が地面を覆っている。


道路も見事に整備されていて、大きなトラックも余裕で通行できる広さがある。


建物同士も間隔が空いているので、どこにも風が通り、太陽の光が届く。








昇り始めた朝日を反射しながら、車は広い道路をゆっくりと進んで行く。




道路が交差した場所には、目の高さに据えららた銀色の案内板。

鈍く光って目当の建物の方向を教えてくれる。


いくつかの建物を通り過ぎて、何度か右に左に角を曲がる。

ゆっくりとはいえ敷地内に入って二十分、やっと目的の研究所に到着する。





ラボの入り口のロータリーに車は滑るように入って、優雅に停まった。


高い車体から飛び降りるようにして、助手席から都が1番に飛び出した。

両手を力一杯上に突き出して、伸びをしながら大きくあくびをした。


眠っている双子に声をかける。



よつばは榊と敷地内の話をしている。

自分のラボはあっちの区画にできる、あの建物は新しく建て替わっている、こっちの建物はもっと大きい……。そんな事を言いながら指をさしている。


そして、今目の前にある建物は見たことがないと付け加えた。


ここら辺には建物はなかったと思うと言った。


これからそうなるのか、とよつばの声が小さくなっていく。






エンジンを止めてリュカが外に出る。疲れたとつぶやきながら、自分の後ろに乗っていた琴野の為に外からドアを開けた。



琴野は自分の足元を見つめて、車から降りようとはしない。

コッティを両手で抱え、赤紫色のドレスを握った手が震えている。なるべく息をしないように、浅くゆっくりと呼吸をしていた。


開いたドアから琴野の顔色を見て、それから琴野が見ようとしないラボの入り口を振り返る。





ガラス張りのエントランスホール、真ん中には自動ドア。ここから見える建物の中に人はいない。


リュカは意識して優しい声で琴野に呼びかける。

何か居るのかと聞くと、時間をかけてゆっくりと少しだけ頭を下げた。

史隆に引きずり降ろされている和隆を呼んだ。


ダルそうに地面に足を投げ出して、されるがままになっていた和隆は、眠そうな顔を持ち上げて、声のする方を向いた。


リュカの顔を見て、自分の足で立ち上がる。

車を回って琴野のそばまで歩くと、手を差し伸べた。


「こっちにおいで、琴野」


和隆の手を握ると、琴野は肺に残った息を弱々しく吐き出す。

堪えていた痛みが楽になったように、強張っていた表情から少しだけ力が抜けた。



コッティは何も言わない。

琴野に何が起こって、何を恐れているか解っている。


解っていて何もできない。

可愛いお姫様としか言えない、自分で動く事のできない体。

守ってあげる事のできない、しゃべるだけのフランス人形。


自分の無力さに何も言えなかった。




ゆっくり車から降りると、コッティと和隆の腕を両腕で抱きしめる。


「本当に大丈夫なのか、琴野」


口元だけを少し持ち上げて、コッティにだけ伝わる言葉で大丈夫だと答えた。


さっきまで見えていたモノはもう見えないと言う。




この様子を見ていた全員が揃ってガラス張りの入り口、その中を見ている。





ひと気のないロビーには、正面に受付のカウンター。


入り口の左横の低いテーブル、その周りのソファー、細長い葉を派手に広げた観葉植物と必要最低限のものしかない。


ソファーの向こう側には磨りガラスのパーテーション、奥に1つだけ扉があった。



ひとり離れた場所で他人事のように腕を組んで眺めていた榊は、裏口に回ろうと声をかける。

どうせそこは開かないでしょ、と建物の左側に歩き出した。



全員で裏口に回り込む。

といっても、すぐに横にある駐車場の近くに、職員専用口とプレートの付いた頑丈そうな扉まで少し歩いただけだった。


榊を先頭にして、よつばと手をつないだ都、残りはひとかたまりで移動した。

リュカのすぐ後ろに和隆、和隆を真ん中にして史隆と琴野が両方の腕にしがみついている。




榊はドアの横、顔より少し下の辺りにある小さな四角い箱の前に立った。

胸元からカードを取り出す。


「せんせー。なんでもそこから出てくるけど、その中どうなってるの?」


都が間延びしたいつもより低い声を出すと、にやりとしながら榊が振り返った。


「都がもう少し大きくなったら見せてあげても良いわよ?」

「いや、結構!」

「やだ、即答しないでよ。すんごいの持ってんのよぅ、わりと。四次元ブラなんだから」

「ブラの話か!!」

「そうよぅ。ナンの話だと思ったの?このエロちびっ子ちゃんめ!!!」


榊が都に襲いかかり、もみくちゃにしている。

途切れ途切れにどっちがエロいんだとか、離せと叫び声が聞こえるが、すぐに手を引くような榊ではない。


誰もこの状況を止めないのは、この嫌な予感しかしないドアの向こう側に行くことを少しでも先延ばしにしたいから。





表の道路を、コンテナを積んだトレーラ車が大きな音を立てて通り過ぎていく。

榊は都をからかうのをやめて、全員でトレーラーの音が聞こえなくなるまで見送った。


「さてと。行きますか」


不安そうな顔をしている生徒たちに微笑みかけ、再びカードを手にドアの前に立つ。


一度小さく息を吐き、カードをかざす。

小さな白い箱の前でカードを振ったり当てたりしても、なんの反応もなかった。


しばらく意地になって格闘した末に、いつかの猫の鳴き声のような叫び声をあげ、カードを放り投げる。


「ようし、史隆。やーっておしまいなさーい」


振り返りながら自分のいた場所を空けた。


和隆の腕に、琴野とシンメトリーでつかまっていた史隆は、いたずら坊主の顔になり、その腕から離れた。


リュカをわざわざ押し退けて、すぐ近くのよつばと都に、やあやあと手を振る。


榊に耳打ちされ、史隆は何度か頷いた。

口の中で、言われたことを何度か繰り返す。


外側は壊さない、中身だけを。


中身だけ、中身だけ……。



箱に右手を置き、集中し、神経を研ぎ澄ます。

もういいかなという所で、扉を開ける呪文を高らかに言い放つ。


「ばっちーーーーーん☆」


箱は壁との継目から、黒い煙を少し吐き出した。

史隆は素早く手を引いて、熱いと声を上げた。


「手加減しなさいよスカポンタン」


謎の単語を発しながら、榊はドアノブに手を置き回してみる。

が、カギは外れていない。


「うーん。……ーーじゃあ、しょうがない。次!ルカ!!やっておしまいなっさーい」


リュカの頭がかくっと落ちる。

毎度のことながら、こうして簡単に物事を押しつけてきて、史隆とふたり、その先頭に立っている。


ただドアを開けるだけで、これでは先が思いやられる。

でもどうしたって他の誰にも、この頑丈そうなドアは開けられそうにない。




顔を上げると、その名の通り、聖人のような慈悲深い笑みを浮かべてドアの前に立つ。

ドアノブを握りつぶさないように、その力を横に回転させる方向に傾けた。


リュカの背中越しに金属同士の擦れる嫌な音が朝の空気を震わせる。



振り返った顔はさっきまでと同じように微笑んでいて、その手の上にはドアノブが乗っていた。




最初にガマンできなくなったのは史隆だった。

吹き出して、漏れ出た空気を抑えようと口に手を当てても、それでもくくくと止まらない。

全員が顔を見合わせて笑い出した。

都はばしばしとリュカの腰を叩きながら、大喜びしている。


「どうしようか、これ」


リュカの手の上の丸いドアノブは、太陽の光を鈍くはね返す。


「ルカくーーーん。記念にもらっておきたまえよ♪」


史隆にそう言われるまま、リュカは自分の上着のポケットにしまいこんだ。


これでドアが開いたかといえば、そうではなかった。


都はドアノブがあったところにできた穴をのぞき込んで、その中に指をさし入れた。

眉間にしわを寄せて、何種類もの鍵の構造を思い浮かべて照らし合わせる。

外し方は解っても、自分の力では動かないとすぐにあきらめて、リュカに中で引っかかっているものを動かしてと頼む。


リュカは自分の指を入れる。

さっきの都のように眉間にしわを寄せ、都の説明に頷いて答える。


すぐにカシャリ、と重そうな音がした。


忘れていた事を、その音が思い出させる。

緊張がドアから近い順に伝わって、それぞれ背筋を伸ばし、顔から笑みが消えていく。




榊は短く笑うと、大きく息を吸い込んで、さあ、悪の秘密組織に潜入だ、とよつばの背中を力いっぱい叩いた。








次、悪の秘密組織内部に。



間違えた。

研究所内部に。

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