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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
これは14日間のおはなし。
12/83

秘書の榊さん。








もうそろそろ授業が終わりかけた頃、焼け付いたトタン屋根の下に、学園をうろついていた3人がやって来た。


フィールドの中から目ざとく見付けた史隆が手を振る。


手を振り返したのはよつばだけで、リュカは和隆とこの屋根の下の酷さについて語り合っているし、都はコートの外で観戦していたスポーツ科の生徒に力任せに可愛がられていた。


リュカとよつばに中に入れと声がかかる。

リュカにはバカかと一蹴され、よつばには死んでしまうと泣きごとを言われると、史隆は遠くの方で頬を膨らませた。


あんな中で力加減なんかできるかよと小さくリュカがうなると和隆が鼻で笑う。


「俺を背負ってやったら?」

「どうして男を背負わないといけないんだ……キモチ悪い」

「だが、人を背負ってサッカーしているのも見てみたいものだな」



渋い声の出てくる人形を見て、それを抱える琴野に視線を移すと、私ではないと困った顔で首を横に振っていた。



間もなく授業の終わりの鐘が鳴り、全員がサッカーコートを後にする。


スポーツ専攻科の面々は汗だくで汚れたまま食堂へ行こうとしていて、特科御一行も誘われはしたものの、一度教室に帰る事にする。

よつばは片手では重たいくらいの荷物を抱えていたし、史隆はそのままウロウロして欲しくない、主に臭いからとみんなに言われ、特科に帰る道を歩き出す。


ほぼ1時間サッカーで走り回っていた史隆よりも、10分弱もみくちゃになっていた都の方が数倍疲れた顔をしていた。







教室に帰ると、今日も榊が待っていた。


入り口に背を向けた椅子に座り、背もたれの向こうに机に乗せた、まっすぐすらりと伸びた脚が見えている。


今日は史隆から靴の事を言われると、面倒くさそうにゆっくりと、足を使って器用に留め金を外し、黒いサンダルを脱ぎ捨てる。


「ぅおい!机の上に脱ぐなよ!!」


都が円卓からサンダルを拾い上げ、卓上とは段違いにきれいな床の上にきちんと揃えて置いた。


「もう。どうしてあなた達はいつもいつも、私が会いたい時にいないのよぅ」

「は?そっちが勝手に来たい時だけ来るくせに、何言ってんの」


椅子に深く腰掛けた体勢から、更に腰をずらし、可愛い生徒達を見上げる。


「おまけにいきなり靴を脱げとか。まず挨拶が先でしょうが」


その可愛い生徒達は、口々に挨拶を言う。

こういう時は素直に従った方が賢明だと充分に学んでいたから。


「ちーがーう。こんにちは。ご機嫌いかがですか、セクシー保健医、榊先生。でしょうが」


言う通りに声を揃えながら挨拶をし、それぞれ歩き出す。各々気の向いた方向へ。


史隆はシャワーを浴びに教室の外へ、都は卓上からゲーム機を手に取り電源を入れる。

和隆は『まったりするところ』へうちわを持って一直線、琴野は和隆の近くで床に座り、膝に乗せたコッティの髪の毛にブラシを当てようとしているし、リュカはお目当の雑誌を掘り出そうと机の周りをウロウロしている。


よつばはどうして良いか分からず、とりあえず買ってきた荷物を足元の床に置き、榊のすぐ隣の椅子に腰を下ろした。


その様子をしばらく大人しく見ていた榊は、脚を床に下ろすと、自分の手の届く範囲の卓上の様々を一気に床に払い落とす。


モノの落ちる音に全員が顔を上げる。

大きな音に驚いて外のホールから史隆が戻ってくる。


「だーかーらーーーー」

「うーわ、ナニこの人、情緒不安定?」


床の有様と榊を交互に見ると、苦いものを食べた表情で史隆はこぼす。


再びスカートから長く伸びた、見事と言える脚を卓上に乗せると、もう充分大人と言っていい年の女性は子どもの様に続ける。


「ほらー。珍しく2日も続けて来たんだから、このクソ暑い中をさぁ。もっとこのセクシー保健医をかまってくれよぅ」

「ワガママか‼︎」


瞬発力の効いた史隆のツッコミの後、持っていたゲーム機を静かに置くと、都は落ち着いた調子で言い放つ。


「いいから。今落としたものを拾いなさい」


榊は小さくため息を吐くと、白衣の下の大きく開いた胸元や、上の方まで切れ目の入ったスカートから覗く太腿を強調しながら、さっき自分で落として何もなくなった卓上に乗り、天板の上に立ち上がった。


「みなさんこんにちは。……この複雑に入り組んだ現代社会に鋭くメスを入れる、探偵ナイ……んとかかんとかのお時間……私が秘書の榊 美和です」


色々自由だなという史隆の声は無視して、ほぼ半分は見えている胸元にしまっていた小さな紙切れを広げ、読み上げる。


「それでは最初のご依頼、一之宮学園理事長の一ノ宮さんからのお便りです」


よつばは条件反射でピクリと動くと、背筋を伸ばした。


「……なんだ、いつものやつか」


理事長は毎週特科に向けて、校内である様々な催し物や、特別な講習について律儀に、それと時々お小言を寄越してくる。


『特科の皆さんこんにちは』

「はいこんにちは」

『私は一之宮学園の理事長以外にも色々仕事をしているのですが、大変困った事が起きて悩んでいます』

「ほうほう、どんな事かな」


声色を変えながらひとり二役で手紙を読んでいる。史隆はそれが気に入らないらしく、持っていたタオルを頭にかぶると、生徒らしく手をあげる。


「センセー、ウザいからふつうにしてくださーい」


「書いてある通りに読んでるんだから、黙って聞けぃ。質問もツッコミも後だコノヤロウ」


コノヤロウと言う時に親指を立てると、首の前で横線を引き、その後親指を床に向けた。


『遺伝子の解析と研究を任せていたラボと、ここ数日連絡が取れません』

「ほう、そりゃ大変だ」

『やりたい様にさせていたら、本当に好き放題したみたいです』

「なんてこった!」

『そこで滅多に外に出ようとしない……』


「あー。ちょっと待った」


口を挟んだのは、今度は都だった。


「この保健医といい、理事長といい。何なの?バカなの?悪い予感しかしないんですけど」


再び地獄に落ちろの動作をしながら、黙れと言った。美人が台無しの顔だ。


『そ・こ・で!滅多に外に出ようとしない引きこもりの特科の皆さんに、社会見学も兼ねて、このラボの様子を見に行って欲しいのです』

「……というご依頼が届いております」


こういう事は前にもあった。

都が来た時もそうだった。学校経営だけではなく、手広くビジネスをしている一ノ宮は、ちょっとしたトラブルを特科に押し付けてはお手軽に解決しようとする。


トラブル自体はいつも大した事はないが、都の時は思わぬ方向に展開して、最終的に特科にやって来ることで決着した。


可愛い仲間が増えたので、結果オーライ、文句無しだが、その時に一番苦労した史隆が大きく、その次に苦労したリュカが小さく、同時に溜息をついた。


結局、機動力に優れていて、基本的には良い人なこのふたりが割りを食う。



榊は持っていた紙切れを放り投げると、仁王立ちになってひとりひとりの顔を見る。


「で?行くの?行かないの?」


リュカがパラパラとめくっていた雑誌を閉じる。


「………どうして分かりきってること聞くかな」


普段自由に出来るのは、この学園に居られるのはこういう時の為だと、皆、嫌というほど解っている。こんなふざけた手紙を寄越さなくても。


都は椅子から下りると榊を見上げる。


「先生さぁ。いいけと、パンツ見えてるよ」


その言葉に舌打ちをし、ようやくよつばの手を借りて机から飛び降りた。

想像の限界がきて史隆が尋ねる。


「例えば、どんな事があると、その、連絡が取れなくなるの?」

「うーん、そうね。遺伝子の研究所だから。……例えば人体に有害なウィルスでも研究してて、それが手違いで流出したとか、そんなところかな?」

「バ……バイオ……ハザード?」

「どっちがお好みかしら?ゲーム?それとも映画?ーーーーあら大変。先生ミラ・ジョヴォヴィッチ並みにセクシーだけど、バイクに乗れないわ……」


史隆の想像は最悪の結末まっしぐらだった。

都はその結末を振り払うように抗議する。


「ちょっと待てぃ、チビっ子に何させる気だ!!」

「そうだぞ!!チビっ子に毛が生えた俺だって何もできないからな!!!!」


下半身をチラ見しながら言う史隆に、リュカは持っていた雑誌を投げつけた。


「女の子の前で何言ってんだよ、バカ。琴野さんに謝れ、バカ」

「おい、バカって2回言ったぞ、今」

「黙らないか史隆。私の琴野の前で下品な口は許さないぞ」


説得力のあるバリトンボイスに史隆は勢いを削がれる。


「ええぇぇぇええ……?……ーー俺、そんなつもりでーーーー言いました。ごめんなさい」

「ちょっとぉ、琴野さんばっかり。先生は女の子の中に入ってないの⁈」

「榊はもっと女性としての慎みをお持ちなさい。我が姫、琴野のように」

「え?なになに?ツツシ…ミ?それってどこブランドのナニ?バッグ?靴?」


当の琴野はこのやり取りを楽しそうに見ている。渋々といった感じの声でコッティは琴野の言葉を伝える。

表情は変わらないが、もし変わるとすれば、苦味走ったおっさんの表情になっているはずだ。


「……榊は素敵な女性だ、琴野は憧れている……と、言っている」

「ヤダーん!琴野さん大好きーーーー!!」


円卓の周りをすごい勢いで半周し、膝に乗ったコッティごと琴野に抱き付いた。


「ダメだよ、琴野さん。こんなのはお手本にならない。もっと素敵な女性は沢山いるから……」

「んだとコラ。毛が生えた部分がちびっこの史隆に言われたくないんだよ!!」


リュカとコッティに気持ちの良いほど怒られる榊のそばで、琴野の口から細かく空気が震えて出ている。

声にはならないが、笑っていた。


話さない琴野の代わりに伝えるべき言葉はコッティが伝えている。そのおかげで琴野は孤立したりはしない。


でも代わりに話す者がいると、声を出して笑う事すら難しい。

榊はなんとか琴野に話をして欲しい。

みんなだって琴野の可愛い声が聞きたい。

諦めるつもりはないが、琴野の恐怖を拭うのは、まだ難しい。


「ーーーーそれで?その、バイオハザードとは、一体何なのだ」


コッティの質問に榊は立ち上がる。


「さ。じゃあ、それが何なのか、確かめに行きましょうかね。竜間研究学園都市に!!」

「竜間!ですか?!……まさか、第8……?!」


今度大きな声を上げたのはよつばだった。


「第8て……呆れた、どんだけ研究所作ってんの。心配しないで、今のとこ、研究所は第2までしかないから。……ーーーあーそれに、今回行くところは番号はついてないの」


よつばは自分が過去に来ている事を計算に入れずに口に出していた。


知っているのは自分の勤める所だけで、他のラボの事はほとんど知らない。

番号の付いてないラボの事は、そんな所があったかどうかすら分からない。


自分の勤めるラボは竜間にある中でも比較的新しい施設だった事をやっと思い出した程だった。


「で……すよね。そうか、まだ存在してないのか。しかももしあったとしても、僕の所はバイオハザードなんてありえません」

「アレ?……ちょっと待って、バイオハザードは確定なの?」


生徒達の不安そうな顔を見ながら、先生は悪代官の笑みを浮かべている。


「じゃあ、みんな。着替えて裏に集合ね、5分後に出発!急いで!!」


史隆が表の通路に走り出す。

無理だ、十分後にしてくれと言う声がだんだん小さくなって最後の方は聞こえない。


仕様がない、じゃあ十分後にという榊の言葉で、それぞれが立ち上がり、自分の部屋に向かってぞろぞろと歩き出した。


いつの間にかソファーで寝てしまっていた和隆をリュカが引きずっていく。


それぞれ好きな様に着崩している制服から私服に着替えて、裏庭に全員集合した時には、初めから予定されていたように、大きな黒塗りの車が用意されていた。












バイオハザードってなに?


美味しいの?

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