(6)
「ちょっとちょっと。急に何言い出すのさ小枝。口裂け女が実際にいたっていうの?」
流華は口でそう言いながらも小枝の次の言葉を楽しみにしていた。
無駄な所で回転する小枝の脳みそは今本領を発揮しようとしている。
「うん。だってさ、広まりすぎじゃない?本当に全くこの世にいない、誰も目にしてないものがそんなレベルで広がるなんておかしくね?」
「ただの噂だからこそ、逆にそうなるもんじゃないの。明確な形がないから余計に広まるとか。」
「本当に狭い空間だったらまだ分からなくもないけど、日本中だよ?信じてたり見た人間がいなきゃ割に合わないって。」
そう言われればそうな気もする。
誰も見た事のないものが話だけでここまで流布するものだろうか。
どこを起源として始まったかも分からないただの噂話レベルがそこまで広く浸透するか。
それは確かに難しい事だろう。
「るー、あんたUFOって信じる?」
口裂け女は知らないのにUFOは分かるのかと思いながら、流華は素直に答えた。
「UFO?ううん、私は信じてない。」
「あたしも信じてない。でもその存在は知ってるじゃん。それって本物かどうかは別として、実際に見たって言うやつがいるからでしょ。実際にそれを見たってやつがとる行動って何かね。」
「UFOを見たって言う?」
「そ。自分は見たぞーって。そっからどんどん広まって結果、あたしらのいらない知識に蓄積されていくはめになんのよ。口裂け女もそうなんじゃないかって思う訳よ。本当に見た奴がいるって。」
「うーん……。」
「でもそうなると、また納得出来ない所があんだよねー。」
大きくのけぞったかと思うと小枝はそのままベッドに寝転がってしまう。
「どうしたの小枝ちゃん。そう言いながらも頭の中で答えはまとまってそうね。」
「あくまで、あたしの中でだけどね。」
「口裂け女はいる、ってのがあんたの答えじゃないの?」
「そうだけど、そうじゃないって感じ。」
「何それ。よく分かんない。」
「一応確認だけど、かすみん。口裂け女の口が裂けた理由って何なのさ?」
「整形手術の失敗だったかしらね。」
「ふーん、なるへそね。まあこの際理由なんてあれなんだけど、それ聞いてますますって感じだわ。じゃあとりあえずさ、るー。あんたが口裂け女になったつもりでリアルに考えてみてほしいんだけどさ。」
「うん。」
「話聞いてる限りじゃ、口裂け女って口が裂けてる事を除けばまあまあいけてる感じだよね。しかも自分からきれいなんて聞いちゃうぐらいだからそこそこ自分のルックスに自信ありだね。」
「うんうん。」
「でもそんな彼女は何が不満か整形をしちゃうわけだ。そして待ってるのは残酷な結果。口が裂けるっていうね。」
「うん。」
「そんな女性がさ、不運で出来た最大のコンプレックスをわざわざ人前に出て他人に見せつけるもんかね。」
確かにそうかもしれない。自分の美貌を崩された彼女がわざわざそれを見せつける理由。
そんな事をする魂胆に視点を当てても、流華はそこに納得のいく答えを見つけ出そうにはなかった。
「普通に考えたらわざわざ自分から見せないっしょ。どうしてそんな事を自ら進んでやんのかってのが全くわたしにゃー理解出来ないね。ってかまず人に会うの嫌になると思うんだ。そんで人間関係とかも自然と遮断していって外の世界とも交わらなくなっていって。だからこの話に出てくる口裂け女は、本物じゃないと思うんだよね。」
「え、待って待って。どういう事?急に意味が分かんなくなっちゃったけど。」
「どういう事なの、さえちゃん。」
「この話自体に出てくる口裂け女ってのはコピーの方だよ。本物じゃなくて。」
「コピー?」
「口裂け女にはオリジナルとコピーがいるってのがあたしの答え。本当に口が裂けてしまったオリジナルの口裂け女。でも彼女自身はそんな事してないのよ。っていうか出来ないのよあたしの考えじゃ。じゃあ誰か。そんな話を知った誰かさんが口裂け女を演じたのよ。」
「何の為に?」
「さあーなんだろねー。彼女の美貌を妬んだ誰かさんのひん曲がったあてつけ行為か。はたまた整形失敗というこんな悲劇を沈めちゃいけないっていう謎の使命感でこの事実を拡散させようとしたのか。ただいずれにしても、そうなれば彼女を良く知った人物、はたまたその手術を行った事実を知っている病院の職員なんか怪しいわね。」
「それがそもそもの起源?」
「かなーって。んで、噂が拡散した結果、そこから更に噂を伝えるだけに留まらず自分も口裂け女になっちゃえなんてコピーキャットも出てきてますます増殖するわけさ。」
「え、コピーは一体じゃないの!?」
「だって社会現象レベルでしょ。日本各地に一体いるぐらいの感じじゃなきゃそんな広まり方しねーって。人一人の影響力なんてたかが知れてるわよ。スターだってそのスターの良さを伝えるファンがいるから広がるもんでしょ。」
「うーん、口裂け女が日本各地に……。」
大量に並んだ口裂け女が「わたし、きれい?」と問いかける絵を想像して流華は震える自分の両肩を思わず抱き込んだ。
「口裂け女はいるっちゃいるけど、誰かが見たそれが本物かどうかは分かんない。だからいるっちゃいるけど、いないっちゃいないみたいなもんなんだよ。ほとんどがオリジナルを見てないんだから。」
「あーなんかややこしい話になっちゃったなー……。」
「思ってもない方向に話が進んだわね。」
「はい、あたしの仮説はおしまい!」
「なんでこんな時だけそんな無駄な頭が回るのよ、あんたは。」
「えへへー。ここの出来が違うもので。」
「別にほめてるわけじゃないんだけど。」
「え、そうなの?残念無念。」
ぽりぽりと頭をかきながら小枝は自分の見解を喋り終えて一段落したのか、ぼーっとどこでもなく視線を泳がせていた。
そんな小枝を優しい笑顔で見守る香澄先生は今日も満足そうに見えた。
都市伝説オンチな小枝。都市伝説好きな香澄先生にとっては未知な存在で、それ故小枝は想像もしない答えを提供してくれる。人はどこかで自分にない何かを求めて枯渇している。だから目の前にあるそれを見つけたら、決して離さず自分のそばに留めておく。
それは小枝にとっても同じかもしれない。自分の知らない世界の話をしてくれる香澄先生。
たかが都市伝説、されど都市伝説。
「さーてと、そろそろおいとましますかねー。」
「あらあら、もうそんな時間。相変わらず時間は容赦ないわね。」
「失礼しましたー。さようならー。」
「はーい、さようなら。またねるかちゃん。」
「じゃあね、かすみん。また次の話の準備よろしくねー。」
「たんまりストックはあるからいつでもどうぞ。」
こうして三人の放課後は終わっていく。
そしてまた明日がくる。
明日には明日の都市伝説が待ってる。
流華は静かに保健室のドアを閉じ部屋を後にした。
ごねごねした何かを書きたかった。ただそれだけなんです。