違えた道の結末
使節が到着したのは数日後の午後だった。
その日の空は、薄い雲に覆われていた。
王城の窓からアルディア王家の紋章を掲げた馬車が入ってくるのが見えた。
その紋章を見た瞬間。
胸の奥が小さく縮んだ。
懐かしい、そう感じた。
そして同時に、怖い、とも思った。
私は窓から離れた。
謁見の間へ向かう廊下に、自分の靴音が響く。
隣にはレオン王子。
何も言わず半歩前を歩いていた。
途中で彼が振り返る。
「大丈夫ですか」
反射的に。
「はい」
と答えた。
故国で染みついた返事。
でも、少し考えてもう一度言う。
「……はい。大丈夫です」
今度は。
誰かに求められたからではなく。
自分でそう思って口にした。
王子は小さく頷いた。
そして。
私に合わせるように。
ほんの少しだけ。
歩調を緩めてくれた。
◇
使者は私の知っている人物だった。
アルディア王宮に仕える。
年配の外交官。
王太子妃教育を受けていた頃。
何度も顔を合わせたことがある。
以前は私へ。
『次のお茶会の日程でございます』
『王太子殿下のご予定が変更となりました』
そんな知らせを運んできた人。
その人が今は私の前で深々と頭を下げている。
「エレナ・アシュベリー公爵令嬢」
その呼び名が妙に遠く感じた。
「アルディア王国国王陛下より、正式な書状をお預かりしております」
差し出された書状。
王家の紋章。
見慣れていたはずなのに、もう自分とは関係のないもののように見えた。
「内容を」
レオン王子が言う。
使者は書状を開いた。
アルディア国内で。
現在、多くの異変が起きていること。
リリアの治癒能力。
王太子ルークの政務能力。
行政。
軍。
復興。
どれも以前ほどの成果を出せなくなったこと。
そして。
聖庁国の記録から。
その原因がエレナの《星導》にある可能性が極めて高いと判断したこと。
最後に使者は顔を上げた。
「アルディア王国は」
一度。息を整える。
「貴女様の帰還を願っております」
やはりそうだった。
胸が、少しだけ痛んだ。
◇
「王家は」
使者は続ける。
「これまでのエレナ様の功績を、改めて認識しております」
功績。
その言葉が胸の中に落ちた。
ずっと欲しかった。
あの日。
リリアに。
『そんなこと当たり前じゃない』
と言われた時。
何より欲しかった言葉。
なのに。
思っていたほど。
嬉しくなかった。
「ルーク王太子殿下も」
使者が言う。
「殿下も?」
「はい」
短い返事。
「貴女様の帰還を強く望んでおられます」
少し胸がざわつく。
そして。
「リリア様も」
その名に指先が動いた。
「リリアは……何と?」
使者は一瞬。
言葉を選んだようだった。
「以前のように」
静かな声。
「お力を貸していただきたい、と」
◇
以前の私なら、きっと言っただろう。
大丈夫、ルーク殿下ならできます。
きっと、立派な王になれます。
リリアにも。
大丈夫よ。あなたならもっと多くの人を救える。
今、同じ言葉を言えば。
私はまた、二人を導くことになる。
私は静かに息を吸った。
「使者殿」
「はい」
「ルーク殿下へ、お伝えください」
自分でも驚くほど声は穏やかだった。
「リリアを王太子妃に望まれたのは、殿下ご自身です」
「……」
「リリアも、その道を望んだ」
使者が黙って聞いている。
「そして」
ほんの少し胸が痛んだ。
「私をヴァルグレンへ嫁がせることを決めたのは、アルディア王家です」
責めたいわけではない。
ただそれぞれが選んだ、それだけ。
「ですから」
私は。
ゆっくりと。
言った。
「どうか、自身が望んだ道を、自身で歩んでいってください」
「……お戻りには」
「なりません」
今度は迷わなかった。
「私は、この国に残ります」
言った瞬間、胸の奥のどこかが。
すっと軽くなった。
恨んでいるわけではない。
復讐したいわけでもない。
ただ。
もう。
道は分かれたのだと、自分の中で踏ん切りがついていた。
◇
使者が去った後。
私はしばらくその場に立っていた。
レオン王子が、隣から何も言わずに待っていてくれる。
「……あの」
私が声をかける。
「はい」
「少し」
自分でも。
可笑しくなる。
「外の空気を吸いたいです」
王子は笑いながら、私がつかまりやすいように、腕を差し出してくれた。
「喜んでお供いたします、導きの姫」




