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第3話/通算第83話「知らない記憶が、『次へ渡すな』と言った」

第9部『消せない選択編』




前書き




真実を知るために、誰かを犠牲にしてもいいのか。




《無職》と判定され、勇者学院の落ちこぼれとなった神谷悠真。




死んだ英雄百人を先生に持つ彼は、数々の戦いを経て、勇者制度の裏側に隠された謎へと近づいていた。




しかし、真実を追うほど、新たな疑問が生まれていく。




歴史から消された勇者。




名前を失った《欠損 一》。




そして、百人の先生たちさえ知らない過去。




王都の担当官は、悠真とセレスに問いかけた。




「何を守りながら調べるのか、条件を示せ」




過去を守るために、今を生きる誰かが傷ついてもいいのか。




未来を守るために、消された名前を忘れてもいいのか。




正しい答えを探していた少年は、やがて、正しさだけでは守れないものがあると知る。




そして、隣にはセレスがいる。




一人で背負わなくていい。




一人で答えを出さなくていい。




それでも最後に何を選ぶのかは、自分たちで決めなければならない。




第9部『消せない選択編』。




これは、英雄たちから答えを教わってきた少年が、大切なものを消さずに守る方法を、自分たちの手で探し始める物語。

「次へ渡すな」。聞き取れなかったはずの叫びが、突然、言葉になった。


俺は王都の資料室で、書きかけの筆を止めた。


斜面に沿った通路。段差のような石の線。その奥に立つ人影。


先ほど目にした地形の写しと、頭に浮かんだ光景が重なっている。けれど、そのどちらにも、今の言葉は書かれていなかった。


「……悠真?」


隣からセレスの声がした。


俺の指先が、帳面の端を強く押さえていた。紙に小さな皺ができている。


「さっき、聞き取れなかった声があっただろ」


「ええ。あなたが、誰かの叫びを思い浮かべたと言っていた声ね」


「今、その言葉が浮かんだんだ。『次へ渡すな』って」


セレスはすぐに答えなかった。


驚いたのだと思う。けれど、彼女はまず、俺の顔を確かめた。


「機構には?」


「接続してない。魔法も使ってない。ここに座って、記録を書こうとしていただけだ」


「体は大丈夫?」


「うん。少し驚いただけ」


それでも、胸の鼓動は速かった。


忘れていた言葉が戻った気がする。なのに、それが本当に誰かの記憶なのか、ただの夢なのかさえ分からない。


「今のうちに書きましょう」


セレスが自分の帳面を開く。


真相を当てるより先に、俺たちにはやることがあった。


石段の向こうの声


「どんなふうに聞こえたの?」


「遠くから、誰かが必死に叫んでいた。そう感じた」


「男の人? 女の人?」


「分からない。姿だって人影としか言えない」


「『次へ渡すな』は、確かにその声が言った言葉?」


俺は口を開いて、それから閉じた。


たった今、間違いないと思ったばかりだ。でも、思い返すほど、記憶の輪郭が崩れていく。


石の冷たさ。かすかな擦過音。見えない通路の先。


その場所で誰かが叫んだ、という感覚は残っている。


しかし、俺が実際にその声を聞いたのか、言葉を後から当てはめたのかは判断できない。


「……自信がない」


「それでいいわ。今の答えは、大事よ」


「首席に褒められたのに、全然うれしくないな」


「不合格にしてほしい?」


「それは困る」


彼女の口元が少し緩んだ。


俺もつられて笑う。机を挟んで、張りつめていた空気がわずかにほどけた。


「じゃあ、順番に分けましょう。資料で確かめたこと、あなたが感じたこと、まだ分からないこと」


セレスは三つの欄を引いた。


一つ目には、先ほど確認した《異界出身》《職業照合不能》という公的な照合分類。過去にそう分類された候補者の記録があること。


二つ目には、地形の写しを見たあと、俺が見覚えを感じた通路と人影。そして、今浮かんだ言葉。


三つ目には、発言者、場所、時期、言葉の意味、俺と記録の候補者との関係。


「『言葉が浮かんだ』と書くのか」


「あなたがそう経験したことは残す。でも、過去に誰かが実際に言ったとまでは書けないわ」


俺は苦笑した。


「前の俺なら、そのまま継承機構に飛び込んでたかもな」


「前のあなたなら、止めるために私が追いかけていたでしょうね」


「今回は、ちゃんと座ってる」


「ええ。そこは成長したわ」


百人の先生から剣や魔法の話を教わってきた俺が、今いちばん練習しているのは、分からないところで立ち止まることらしい。


難しい授業だ。


渡してはいけないもの


「でもさ、セレス。『次』って何だと思う?」


「次の人、次の時代、次の場所。言葉だけなら、いくつも考えられるわ」


「次の勇者、って可能性もあるよな」


「可能性はある。でも、それを選ぶ根拠はまだない」


俺は帳面の上の四文字を見つめた。


《勇者継承機構》。


過去の勇者や勇者候補の経験、戦闘判断、記憶の一部を次代に残す仕組み。


『渡すな』という言葉を聞けば、あの機構を思い浮かべずにはいられない。


けれど、連想した瞬間に説明ができた気になるのが、いちばん危ない。


「もし、機構への継承を止めろって意味だったら……」


「悠真」


「分かってる。『もし』だよ」


俺は言い直した。


「守るための警告かもしれないし、誰かの命令を拒んだ声かもしれない。そもそも機構と無関係かもしれない」


「そうね。それなら、どれも今は同じ位置に置ける」


セレスは一度筆を止めた。


「怖くないの?」


「何が?」


「知らない人の言葉が、自分の中から出てくること」


俺は答えるまでに少し時間がかかった。


怖くないと言ったら、嘘になる。


誰のものか分からない記憶が、俺の判断をどこまで揺らすのか。いつか自分の考えと区別できなくなるのではないか。


《人格境界》が薄れる危険について知ったときの、あの嫌な感覚を覚えている。


「怖いよ。でも、それを確かめるために自分を危険にさらすのは、もうやめたい」


「……ええ」


「それに、俺の頭に出てきた言葉を、セレスが一緒に記録してくれた。今はそれが助かる」


彼女は俺から目をそらし、帳面の角をそろえた。


「私だって、あなたが一人で答えを出してしまったら困るもの」


「また厳しい採点?」


「今回は、私の都合よ」


その一言のほうが、百人の英雄の叱責より胸に残った。


先生たちの答え


「先生たちは、今の言葉に心当たりがありますか?」


俺が尋ねると、背後で剣聖ガルディオが腕を組んだ。


『「渡すな」だけでは何とも言えん! 戦場には、命令も警告も山ほどある!』


『「次」が人を指すとも限らない』


暗殺王クロウが短く言う。


『何より、悠真が聞いたという声を、私たちが同じように聞いたわけではありません』


大魔導師エレノアの指摘に、俺はうなずいた。


「ですよね。知っていそうだからって、答えを押しつけるところでした」


『珍しく賢明だな!』


「その褒め方、だいぶ引っかかるんですけど」


ガルディオが笑い、何人かの先生も顔を見合わせた。


そのやり取りを、セレスは見えない先生たちの声を聞く代わりに、俺の表情から追っていた。


「何て言ってるの?」


「今の言葉だけじゃ、誰にも断定できないって。あと、俺が珍しく賢明らしい」


「後半には賛成しておくわ」


「そこは否定してくれよ」


笑いが引くころ、窓辺のゼル先生が静かに口を開いた。


『悠真。君は、その声が誰のものか知りたいんだね』


「はい」


『なぜ?』


俺はすぐには答えられなかった。


分かれば、この世界へ来た理由が分かるかもしれない。


自分が《無職》と判定された理由につながるかもしれない。


そんな都合のいい期待が、胸の奥にある。


「……俺が何者かを、誰かの記憶に決めてもらいたいわけじゃないんです」


ゼル先生は黙って待っていた。


「でも、聞こえたかもしれない言葉を、なかったことにもしたくない。それを確かめたい」


『うん。それなら、急いで結論を出さなくてもいいね』


俺は、以前ゼル先生が口にした「君が知らない夜がある」という言葉を思い出した。


今の叫びと同じ夜のことなのだろうか。


問いかけかけて、踏みとどまる。


似ているから同じだと決めるのは、今日やめたばかりだ。


「先生。今の言葉が、あの夜のものだとはまだ言えませんよね」


『そうだね』


「先生が声の主だとも」


『それも、確かめられていない』


否定でも、肯定でもない。


だからこそ、俺はその返事を、都合のいい答えに書き換えなかった。


明日、確かめること


閲覧終了を告げる担当官に、俺たちは許可された範囲の調査メモを示して確認を受けた。原資料も写しも、資料室から持ち出さない。


「今日はここまでね」


セレスが帳面を閉じる。


「待って。最後に一つだけ、次の調べ方を決めたい」


「機構への接続以外なら聞くわ」


「先生たちの記憶を、ひとりずつ聞いてみるのはどうだろう」


セレスが俺を見た。


「同じ質問をして、誰が何を覚えているか記録する。答えが食い違っても、その場で誰かが嘘をついているとは決めない」


「証言を分けて残すのね」


「ああ。先生たち自身が、何を確かめられるかも聞きたい」


百英雄が覚えていない一夜がある。


記録と証言が食い違うこともあった。


だから、先生たちの記憶は大切でも、万能の答えではない。


「いいと思うわ。ただし、一度に答えを求めすぎないこと」


「分かってる。俺が先走ったら止めてくれ」


「もちろん。でも、止めるだけじゃないわ」


セレスは俺の隣に立った。


「私も一緒に、違いを確かめる」


俺はうなずいた。


見知らぬ叫びは、まだ意味を教えてくれない。


『次へ渡すな』という言葉が何を守り、何を拒んだのかも分からない。


それでも今日、俺は一つ選べた。


知らない記憶に従って走るのではなく、生きている相棒と、今ある証拠から始めることを。


俺が次に確かめるべきなのは、知らない誰かの声だけじゃない。


目の前にいる百人の先生たちが、何を覚えているのかだった。


第83話 完


次回予告


第84話「百人の先生が、消える前に」


「次へ渡すな」という言葉の出所を確かめるため、悠真は百英雄の記憶を一人ずつ聞こうとする。しかし、過去を受け継ぐはずの先生たち自身も、記憶を確かなものとして語れるのか。悠真は危険な接続に頼らず、向き合う道を探す。


この作品を第1話から読む


『勇者学院の落ちこぼれ、死んだ英雄たちにだけ教えてもらえる』第1話:


https://note.com/momokun1/n/n89f9dc02f838?magazine_key=m56c03e194176




なたなら、出所の分からない記憶に答えを見つけたとき、すぐに信じますか。それとも、誰かと一緒に確かめますか?

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

Tales https://tales.note.com/momokun1

なろう https://mypage.syosetu.com/3115683/

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